京都大学大学院医学研究科
皮膚生命科学講座(皮膚科学分野)
教授 宮地良樹
皮膚科を勧める4つの理由
天理病院の内科レジデントを終了したとき,26歳だった私は以下のように考えて,皮膚科を自らのスペシャリティーに選びました。今顧みても,我ながら26歳の選択は賢明なものであったと感心しています。おそらく生まれ変わっても,また皮膚科医になるでしょう。その理由を皆さんにご披露しましょう。
後ろめたさのない臨床医人生を歩みたい
父は内科の開業医でした。本来は呼吸器が専門でしたが,ひょんなことで開業を余儀なくされ,市井の実地医家として図らずもGPの道を歩むことになりました。父は勤勉な勉強家でしたが,「内科すべての臓器を網羅するのは至難の業だ」「できることなら呼吸器だけ診る臨床医でありたかった」と述懐していました。
26歳の私は考えました。「内科全般を不安混じりに診察するよりも,最初から専門臓器を狭める代わりに,その臓器であればなんでもできる臨床医の方が,患者さんに後ろめたさを感じない診療ができ,精神衛生上いいのではないか?」。
皮膚科医は,皮膚という臓器に専門性を特化しています。しかし,皮膚の病気であれば,皮膚の内科も外科も病理も何でもこなします。たとえば,胃癌の患者さんを診る場合,消化器内科医が内視鏡で生検し,病理医が診断を下し,消化器外科医が最終的に手術をすることになるでしょう。皮膚科医であれば,視診から皮膚癌を疑い,自ら生検し,自ら病理を読み,小手術であれば自分で切除できます。皮膚科は,いわば自己完結型の診療科なのです。もちろん,消化器内科を専門として一生専門医人生を歩むことも一部の人には可能です。しかし,通常の病院勤務や開業の場合,消化器内科しか診ないというのでは済まされません。結局,多くの臓器を未消化のまま診療することになる懸念を,26歳の私は払拭することができなかったのです。それで,まず臓器を皮膚に特化し,皮膚のことなら一応何でも自信がある,という臨床医人生を選択しました。そして,その選択は正しかったと今も確信しています。
一生、臨床医として楽しみたい
若い頃は,自分の臨床医人生はバラ色だと誰しも思うものです。ベンケーシーのように(ちょっと古いか?),第一線で颯爽と格好いい臨床医になりたいと考えるのは当然です。しかし,今の臨床医学のほとんどがチーム医療と医療機器に依存してことに気づくべきです。同僚スタッフやコメディカル,そして高価な医療器械がなければ最新医療はできません。大病院の部長や大学病院の教授になって,先端医療を恵まれた環境の中で継続できる人はほんの一握りです。開業した場合を考えてご覧なさい。眼科や泌尿器科などを除く外科系であれば,まず手術は一人ではできませんから,ほとんど保存的治療か理学療法に終始せざるをえません。「自分はあんなに大きな手術をしていたのに・・。まだ手術をしたい・・」。
そこで,開業すると皮膚科を標榜する他科医師が増えるのです,皮膚科学会の会員数は1万人なのに,全国で5万人が皮膚科を標榜しています。でも悲しいかな,トレーニングを受けていないので,十分な皮膚科診療ができていません。皮膚腫瘍を切除しようにもまず診断がつかないので術式が定まりません。埋没縫合をしないので傷は大きく残ります。皮膚病理も読めないので最終診断に至りません。かといって,自分の専門科を継続発展することもままならず,不本意ながら,sにわか皮膚科医を続けている人も多いはずです。
皮膚科の外来には大した器械はありません。せいぜい顕微鏡とデイサージェリー器具,CO2レーザー程度でしょうか。皮膚科医にとっては見る眼が究極の画像診断なのです。したがって開業しても一人医長でも,やる気と体力さえあれば,生検をして診断に至り,小手術で治療を完結できます。年配の皮膚科医であっても,学会発表や論文発表される開業医の先生が多いのはこのためです。
どうせなら,太く短く生きるより,細く長く一生臨床医として楽しみたい,将来開業しても最新の臨床から落伍したくない,26歳の私はそう考えたのでした。いま,私は大学で診療していますが,たとえ,開業していたとしても,同じように臨床をエンジョイしていたと思います。
研究もしてみたい
せっかく医学を学んだのだから,一度は研究に手を染めて,医学の進歩にいささかでも貢献してみたい,多くの人がそのように考えるのも当然です。長い臨床医人生で,数年間臨床を離れて研究に没頭したり留学しても,必ずその経験は臨床に還元され活かされます。
たとえば,卒業20年後を想像してみてください。20年間臨床一筋の人と,4年間研究をして臨床経験が16年の人とでは臨床能力に差はないでしょう。差があるとすればむしろ個人の資質の差に依存すると思います。しかし,4年間,研究をしたことで臨床の包容力が付加されます。患者さんを診る目も,奥行きのあるものになるはずです。その意味で,私は臨床医であっても研究をすることに賛成です。
しかし,研究は一人前の臨床医になってからはじめるべきです。研修医を終わってすぐに大学院に入り,30歳で学位を取って,病院に赴任したのでは使い物にならない医師になってしまします。30歳にもなると恥をかいて教えを請うことができなくなりますし,まして博士様になってしまうと周囲もそれを許しません。そうすると,何もできない,仕方ないからゴルフ三昧の医師に成り下がってしまう,そういう実例を何人も見てきました。内科であれば少なくとも5年の臨床経験が必要でしょう。私たちの教室では3年間の臨床研修後にはじめて大学院進学を許可しています。
皮膚科学は皮膚というアクセスしやすい臓器を扱い,分子生物学,免疫アレルギー学,細胞生物学などとの接点が多い点で研究面でも有利です。たとえばコールタールによる発癌実験,IgEの発見,線維芽細胞を用いた研究なども,最初は皮膚を用いたものでした。ですから,研究志向の人にも向いた臨床科ということができます。実際,皮膚科には研究皮膚科学会という研究に特化した学会もあり,PhDの会員も多くいて,国際的にも日本の皮膚科研究は世界をリードしています。宣伝になりますが,私たちの教室は二年連続で日本皮膚科学会賞を受賞しましたが,その論文は昨年がメラノサイトの発生研究をしたNature論文,今年がプロスタノイドとアレルギーを研究したNature Med論文でした。このように,皮膚科医は基礎研究でも大いに活躍しているのです。これらの受賞論文を書いた先生も決して研究だけに専念していたわけではありません。彼らも,水虫菌を顕微鏡でみたり,粉瘤の手術をしているのです。このように,皮膚科医は臨床と研究をある程度両立させて楽しむことができる,これも皮膚科の美味しい点ではないでしょうか?
なかなか臨床と研究を両立できる診療科は少ないものです。これも,皮膚科が専門臓器を特定していること,研究にもアクセスしやすいことなどが背景にあるからだと思います。
自分のプライベートタイムも大切にしたい
臨床医といえども自分の人生を愉しむ権利があります。
患者さんのQOLも大切ですが,医師のQOLも尊重されるべきです。他の科に比べると,皮膚科は重症患者さんや緊急患者さんが少ないので,自分のプライベートタイムをセルフコントロールすることが可能です。私たちの教室では,カンファレンスや回診などの公式行事はすべて朝9時から午後5時までの間に済ませています。あとの時間は,研究に使おうがデートしようが原則自由です。その人に課せられた責務を果たせば,評価されるべきはその人の業績でありライフスタイルではないからです。
太田母斑を最初に報告した太田正雄東大皮膚科教授は,また木下杢太郎というペンネームの文人でもありました。皮膚科の教授が学長や病院長を兼ねる頻度も確率から考えると高いと思いますし,皮膚科医の国会議員や日本医師会の理事など,本業以外で活躍されている先生も多いと思います。これは「皮膚科がヒマ」というのではなく,個性と能力を活かして存分に人生を謳歌しておられる方が多いのだと思います。これも,皮膚科医が自分のQOLを大切にしていることの現れではないでしょうか?私はあいにく今は本業で精一杯ですが,この「臨床研修プラクティス」の編集長をしているのも,ある意味では皮膚科医以外の人生を愉しんでいるのかもしれません。
皮膚科がいかに面白いかを述べてきました。しかし,すべての人が皮膚科医に向いているわけではありません。医師には内科系の人と外科系の人がいると思います。内科系の人というのは,予定の立つ生活をして,本も読みたい,と考えます。外科系の人は,一日中走り回って手術をして体を動かしていたい,と考えます。会社員でも内勤が好きな人もいれば外勤が好きな人がいるのと同じです。皮膚科医はどちらかというと,内科的な人が向いているかもしれません。もちろん,皮膚外科が好きで手術をこなしている先生も多くおられますが,彼らもやはり病理を顕微鏡で覗き,保存的治療も本で勉強したいという人たちなのです。このような適性と皮膚科医的な価値観,人生観,審美観が合致するあなたは,まさに皮膚科医に最適でしょう。そろそろスーパーローテーション終了後の専門科選択に悩んでいるあなたは,皮膚科の魅力に取り憑かれるかもしれません。
最後に,今は絶版になりましたが「The Official M.D. Handbook」という,パロディー本の一節を紹介しましょう。
Surgeons know nothing,
but do everything.Internists know everything,
but do nothing.Pathologists know everything,
and do everything,but all too late.
皮膚科医は皮膚のsurgeon, internist, pathologistを兼務しているのです。
皮膚科専門医のご案内
日本皮膚科学会認定専門医を取得するには,5年以上継続して日本皮膚科学会会員であること,初期研修病院を含む日本皮膚科学会の指定する認定専門医研修施設で5年以上の皮膚科の臨床研修を行うこと,学会発表,論文発表,講習会受講などで決められた単位を取得すること,という専門医受験資格を満たしたあと,専門医試験に合格することが必要です。
スーパーローテーションの間の研修期間も算定されますので,将来皮膚科に進むことが確定している場合は,早めに日本皮膚科学会に入会した方が有利です。詳細はホームページ
http://www.dermatol.or.jp/をご覧下さい。
臨床研修プラクティス(編集主幹:宮地良樹)2005年8月号掲載 ver1.1

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