スタッフ紹介

助教: 塩澤 健
助教:塩澤健
塩澤 健 (しおざわ けん)
Ken Shiozawa, M.D., Ph.D.
卒 業: 佐賀医科大平成9年
出 身: 私立青雲高等学校
専 門: 消化器疾患、がん化学療法
研 究: がん薬物療法,薬剤耐性
資 格: 医学博士
略 歴:  平成9年 佐賀医科大学(現佐賀大学医学部)を卒業、医師免許を取得。長崎大学病院で研修。呼吸器内科で肺がんを多く担当、緩和治療の担当患者とのコミュニケーションを通じてがん診療に惹かれました。消化器内科、腎臓・循環器内科で研修ののち、長崎市民病院で内科研修。血液内科で難治患者を担当し症状緩和の難しさを痛感しました。国立嬉野病院(現嬉野医療センター)での研修時に良き指導医の先生に恵まれ消化器内科医を決意しました。
 平成11年 長崎大学大学院に入学。肺がんグループの岡三喜男先生にご指導を賜り抗がん剤薬剤耐性に関する研究。国際学会での演題発表など貴重な経験をさせて頂きました。米国から細胞株を譲渡して頂いたD.D.Ross教授を長崎に招き講演を拝聴する機会に恵まれました。
 平成14年 国立嬉野病院に消化器内科医として勤務。進行膵がんを初診から担当し共に過ごすうち消化器がん治療に強く興味をもちました。
 平成15年 大学院学位論文を準備しながら米国メリーランド州立大学キャンサーセンターへ留学。Ross教授の研究室で臨床検体を用いたり第Ⅰ相臨床試験に結びつくようなトランスレーショナルリサーチをさせて頂きました。血液内科医である教授からベンチ(研究)からベッドサイド(臨床)まで研究者としての医師の姿勢を教えて頂き、また貴重な海外生活の経験となりました。平成16年 医学博士号を取得。
 平成18年 長崎医療センター消化器内科勤務。外来化学療法センターの設立に準備段階から参加することとなり外来診療を多く経験することができました。症例を通じ医師会の先生方から在宅医療、病診連携について多くを教えて頂きました。がん診療連携拠点病院研修会で埼玉医科大学国際医療センター緩和医療科奈良林至教授の講演を拝聴し大きな感銘を受けました。
 平成21年 埼玉医科大学国際医療センター腫瘍内科勤務。多くの知識と経験をもつ専門医の考え方に触れ修練。開発中の抗腫瘍薬の治験や消化器以外他癌腫の貴重な診療経験をさせて頂きました。緩和医療科、精神腫瘍科の先生方からは臨床に則したものの考え方を教えて頂きました。薬剤師、看護師、栄養師、社会福祉士など他職種の方々から医師からは見えにくい問題をチームで解決する大切さを学びました。また、当直帯などでがん救急を多く経験できたことは大きな宝となりました。
 平成22年12月 再び長崎大学へ、今に至ります。
 平成23年4月 長崎大学病院消化器内科助教
抱 負: 2010年より大学病院に戻り3年が経ち、臨床研究などで臨床と研究を両立させることを4年目の目標として精進して参りたいと思っております。関連病院の先生方からのご紹介やご支援、医局員や修練医、研修医の先生方の日々の支えが賜となっており、紙面をお借りして御礼申し上げます。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
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国内留学記 -埼玉医科大学国際医療センター腫瘍内科-

塩澤 健

 

 厚生労働省の統計で"がん"が日本人の死因の1/3を占めるといわれて久しいですが、全がんの5年生存率は80%以上にまで上がってきています。しかし、年間約100万人超のがん死亡数を考えると、がん薬物療法、緩和医療に携わる内科医の責務は大きいと思われます。
 平成18年春、国立病院機構長崎医療センターに赴任し、外来化学療法に携わることを通じて"がん対策基本法"と"がん対策推進基本計画"、"がん拠点病院"について知りました。その基本理念では'がん研究の推進とその成果の活用'、'居住地域によらない適切ながん医療'、'患者本人の意向尊重'が謳われており、重点課題として'放射線および化学療法の推進'、'治療初期からの緩和ケア'が盛りこまれています。がん対策基本法は平成19年4月に施行、同6月にがん対策推進基本計画が策定され、その後都道府県が"がん拠点病院整備指針"を立案し流布され、長崎医療センターでも外来化学療法センター運営会議の議題に挙がりました。埼玉医科大学国際医療センターは同時期の平成19年4月に開設されました。同年夏、長崎大学病院がん診療センター主催の地域懇話会で、長崎県のがん死亡率が全国6位であることを聞き、真摯に取り組むべきことを再認識させられました。平成20年11月、長崎県がん診療連携拠点病院研修会に参加した折、埼玉医科大学国際医療センター緩和医療科奈良林至先生の講演で同院の現況を拝聴しました。埼玉医科大学国際医療センター腫瘍内科では、緩和医療科、精神腫瘍科と連携しながら、実地診療から臨床試験、新規抗がん剤の開発を目的とした治験まで"がん対策基本法の基本理念"がまさに実践されています。その高名な教室での研修はとても有益なものとなりました。
 埼玉医科大学国際医療センターは埼玉県日高市にある、がんセンター、心臓病センター、救急救命センターで構成される600床の医療センターで、がんセンターとしては300病床の規模があります。がんセンターの専門診療科には腫瘍内科、精神腫瘍科、緩和医療科のほか、脳・脊髄腫瘍科、小児腫瘍科、頭頸部腫瘍科、骨・軟部腫瘍科、造血組織腫瘍科、婦人科腫瘍科、泌尿器腫瘍科、乳腺腫瘍科、皮膚腫瘍科、病理診断科などがあり、サブセンターとして消化器病センター、呼吸器病センター、内視鏡検査・治療センターがあります。外来治療は40床の通院治療センターで行われます。腫瘍内科は平成14年に埼玉医科大学病院に新設されました。腫瘍内科では肺がん、乳がん、胃・大腸・食道などの消化器がん、頭頸部がん、子宮・卵巣などの婦人科がん、精巣・前立腺などの泌尿器がん、骨・軟部肉腫、原発不明がんなどの固形がんを対象として抗悪性腫瘍薬(抗がん剤)による治癒、延命、症状緩和を目指した化学療法が行われます。教授を含め医師は10名で、平成21年度には600人超の新患患者を受け入れ、延べ600人超の入院診療を行いました。
 腫瘍内科での一年間の研修で、消化器領域はもちろん、それ以外の癌腫も多く担当させて頂きました。在任期間を通して受け持った患者症例を紹介して研修報告とさせていただきます。
 60歳代の女性が腹痛でかかりつけの消化器内科医院を受診し、近隣の病院でCTが撮像され、肝両葉に多発する腫瘤と膵尾部の腫瘤にて消化器病センターへ紹介となりました。当初は膵がんとその肝転移が疑われましたがCA19-9等の腫瘍マーカーは陰性で腫瘍内科外来へ紹介されました。肝腫瘍からの経皮生検で内分泌癌の肝転移との病理組織診断に至りました。検査に伴う苦痛や結果に対する不安からか鬱々とした気分から抜け出せず、外来での悪性腫瘍の告知時から精神腫瘍科を併診となりました。入院し化学療法が導入されましたが抗がん剤治療に効果なく、二次化学療法にも不応で腫瘍が進行したため、開発段階の分子標的薬の第Ⅰ相治験を提示し同意を頂きました。投薬開始数日目に発熱、腹痛と肝障害、貧血、播種性血管内凝固、腫瘍崩壊症候群を疑わす血液検査値異常を認めたため治験薬は休止となり、CT画像で多発肝腫瘍の壊死と腫瘍内出血の所見がありました。自他覚症状と血液検査値の回復ののち、効果安全委員会の承認を経て治験薬を減量して再開し、最良で部分奏功を得ることができました。残念ながら、後の1、2ヶ月で腫瘍は再増大し治療は中止となりました。この頃より腹痛、食欲不振、全身倦怠、るいそうのほか、頭痛、動悸、熱感などの辛い症状が顕在化しました。身体症状に併せるように鬱病が悪化し、メンタルサポートの強化と向精神病薬の投薬を調整頂きました。自宅での食事摂取が思わしくなく入院療養を開始、直後の夜間に吐血、多発胃十二指腸潰瘍からの出血でした。救急救命医にて内視鏡止血処置。血中のガストリンが高値でZollinger-Ellison症候群が疑われました。頭痛、動悸などはホルモン症状と思われました。プロトンポンプ阻害薬と中心静脈栄養に加えオクトレオチドを開始したところ、随伴症状は軽快したものの腫瘍は進行しPerformance statusは低下していきました。腹痛、腹部膨満に対し塩酸モルヒネの持続静注を開始するとともに緩和ケアチームに介入を依頼しました。自宅療養を目指していたためモルヒネを皮下投与へ変更し、在宅中心静脈点滴と在宅酸素を導入、訪問看護との調整を進めながら在宅医との連携を模索し、試験外泊を繰り返しました。自宅外泊中にせん妄が悪化して緊急帰院、不可逆のまま全身状態が悪化、病院での看取りとなりました。死亡診断は私が行い、家族のご厚意で病理解剖に協力頂きました。
 この症例から沢山のことを教えられました。専門医を紹介する能力は治療と同等の価値があること;通常の膵がんらしくないことを気づくことで多くの薬物療法を提供することできました。がんには臓器、部位や型によって異なるそれぞれの特徴があること;内分泌腫瘍の治療ガイドラインに基づいた診療を心がけました。がん化学療法の安全性と有効性を正しく評価することの難しさ;第Ⅰ相試験ではリスクを最小化して安全性を担保することが最低条件となりますが、予期しない有害事象に遭遇した場合にも被験者のベネフィットを最大化することが求められます。治療のことだけではなく、患者(家族)の心の奥に何があるのかを考えることの大切さ;精神腫瘍科・臨床心理士ほかスタッフの皆に裾野を広げていただきました。まず痛みを取り除くことの大切さ;痛みをコントロールすることで精神的なケアに良い効果が現れることを実感しました。療養の場をシームレスに地域へ移行することの難しさ;がん治療は専門医療機関で完結するとは限りません。最期まで希望に沿うよう検討しましたがせん妄が加わったことで患者本人のインフォームドコンセントが取りにくい状況となりました。
 私にとってこの症例は深く印象に残るものとなり、腫瘍内科在任中にはカンファレンスや抄読会の議題とさせていただきました。読者の皆さんはどのようにお感じでしょうか。ともに考えることができれば幸いです。
 おわりになりますが、今回の研修にあたり、水田陽平先生、竹島史直先生、中尾一彦消化器内科教授、河野茂長崎大学病院長をはじめ沢山の方々にご助力を賜りました。また、埼玉医科大学国際医療センター佐々木康綱腫瘍内科教授、奈良林至緩和医療科教授、大西秀樹精神腫瘍科教授をはじめスタッフの皆様に多くのご指導とお力添えを頂きました。この機会に誌上を借りて厚くお礼申し上げます。