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ごあいさつ

 産婦人科医の目指すべき道
長崎大学医歯薬学総合研究科展産科婦人科学分野教授増﨑英明
長崎大学病院 病院長
長崎大学医歯薬学総合研究科展開医療科学講座
産科婦人科学分野 教授
増﨑 英明
1.産婦人科の現状
 産婦人科医は、腫瘍医学、生殖医学、周産期学、それに更年期医療を含めた女性医学全般を診療の対象としています(表1)。このうち腫瘍領域では性器癌の診断および治療、生殖領域では内視鏡手術と不妊治療、周産期領域については帝王切開術や胎児診断の修得が求められています。しかし、これら三つの領域を不足なく修得することは必ずしも容易ではありません。新臨床研修制度発足以来、若い先生方は産婦人科全般を修得する前に、がんセンター、IVFセンター、周産期センターのような特殊な専門施設での勤務を求める傾向が指摘されています。産婦人科専門医制度委員会は、そうした研修医や専攻医が往々にして産婦人科全般についての知識を欠いていることを指摘しています。こうした事態は産婦人科に限ったことではなく、医師の長期的な教育を考える際には大きな問題であり、新臨床研修制度の有する脆弱性のひとつであるといえます。診療所が産科や婦人科疾患の一次スクリーニングを担っている現状を維持するためには(日本ではこの方式しかあり得ませんが)、すべての産婦人科医が広い領域についての知識を取得できるというシステムの保持が、とくに医師不足の現在はどうしても必要です。長崎大学産婦人科では、産婦人科全般の専門医である産婦人科専門医はもちろんのこと、それを取得後にはsubspecialityの領域について指導医を配置しており、諸種の専門医を目指した指導を行っています。ついでsubspecialityの領域における専門医制度とその現状について説明いたします。
1.腫瘍医学である → 性器癌手術、放射線・化学療法
2.生殖医学である → 腹腔鏡手術、不妊症の治療
3.周産期学である → 帝王切開術、超音波診断、臨床遺伝
4.女性医学である → 更年期医療、思春期医療、性教育
表1 産婦人科の特徴
2.専門医による診療
1)産婦人科専門医
 日本産科婦人科学会が認定する専門医で、産婦人科全般についての知識と実践、一定の学会や研修会への出席が必要です。古い先生方は試験を受けずに専門医になられていますが、最近はかなり難易度の高い試験になっています。若い産婦人科医の最初のハードルといえます。
 そして産婦人科専門医を得たのちには、以下のようなsubspecialityの専門医を取得するための教育を受けることになります。

2)婦人科腫瘍専門医
 日本婦人科腫瘍学会が認定する専門医制度があり、産婦人科腫瘍学の理論と実践、論文と学会発表、さらに一定数以上の子宮癌手術(広汎子宮全摘術の修得が必須)、卵巣癌手術および放射線療法や化学療法に関する経験と修得が求められます。その上で、筆記および口頭試問が行われ、総合評価されます。

3)生殖医療指導医
 日本生殖医学会が認定する専門医制度があり、婦人科内分泌や不妊症の理論と治療の実践、論文と学会発表、さらに臨床遺伝の知識が求められます。実際の臨床では内視鏡手術(腹腔鏡および子宮鏡)の修得が必須です。その上で、筆記および口頭試問が行われ、総合評価されます。

4)母体・胎児専門医
 日本周産期新生児学会が認定する専門医制度があり、母体と胎児に関する診断と治療、論文と学会発表、さらに帝王切開術など産科関連の手術について一定の経験が必要です。実際の臨床では、超音波胎児診断の技術が大事ですし、臨床遺伝の知識も必要です。
 現在では、産科および婦人科いずれについても臨床の現場で要求されるのは画像診断の修得で、超音波検査の操作とMRIの読影技術が必要です。また遺伝医学の知識は臨床でも研究でもどうしても必要です。そして手術としては、悪性腫瘍を除けばほとんどの婦人科疾患は開腹せずに腹腔鏡で行われるようになりました(図1)。
図1 腹腔鏡手術の症例数:長崎大学および長崎市民病院1982〜2008まで
図1 腹腔鏡手術の症例数:長崎大学および長崎市民病院1982〜2008まで
 このため、最近では上記四学会の専門医に加えて、5)日本超音波医学会、6)日本人類遺伝学会、7)日本産科婦人科内視鏡学会、以上合わせて七学会の専門医や技術認定医を目指す産婦人科医が増えています(表2)。
表2 産婦人科に関わる専門医制度
表2 産婦人科に関わる専門医制度
 これらの専門医を目指すには、それぞれの指導医が在籍する研修指導施設で専門的な教育を受ける必要があり、一カ所の施設ですべての専門医を取得することは容易ではありません。幸い長崎大学産婦人科はこれら七領域すべてについての研修指導施設であり、いずれの領域の指導医も在籍しているので、専門医を目指す産婦人科医にとっては絶好の医局といえます。最近では、防衛医大、富山大学、佐賀大学など他大学や病院から長期研修や短期研修にみえる医師や学生が増えてきました。


3.幅のある臨床、夢のある研究
1)産婦人科の臨床
図2 妊娠中に3次元MRIで発見された乳ガン(矢印)
図2 妊娠中に3次元MRIで
   発見された乳ガン(矢印)
 長崎大学産婦人科では、臨床に対する興味は広く持って、多くの方法論を手に入れるように教育しています。腫瘍、内分泌、周産期、病理診断、画像診断、内視鏡、学ぶべきことはいくらでもあります。糸結びがいつまでも手術の原点であるように、使えるツールを増やすことが診断の原点でしょう。産婦人科は外科系であり内科的でもあります。胎盤早期剥離のような超緊急疾患から子宮内膜症のような長い付き合いになる疾患もあります。他科との境界領域である泌尿器婦人科、新生児蘇生、産科麻酔も大事ですし、受診率向上が望まれる乳がん検診は妊娠中に施行すれば早期発見できる例が増えます(図2)。
 大学と関連病院を行き来し、何度か学会に参加するうちに、やがて自分が進みたい領域が定まってきます。あまり早くから方向性を決めることは、臨床の幅を狭めてしまいかねません。産婦人科臨床の三種の神器は、腫瘍、生殖および周産期であり、ツールとしての三種の神器は、広汎子宮全摘術、腹腔鏡下手術、超音波・MRI診断です(図3)。少なくともこれらの修得を目標として、臨床医としての腕を磨くべきです。目指した領域の専門医を取得したときにはじめて、第三者による臨床医としてのお墨付きを得たといえるでしょう。
図3 おなかの中も泣いたり笑ったり(3次元超音波)産科の画像診断は、胎児の声なき声を聞くための手段である。
図3 おなかの中も泣いたり笑ったり(3次元超音波)
   産科の画像診断は、胎児の声なき声を聞くための手段である。
図4 長崎大学産婦人科主催の市民公開講座
図4 長崎大学産婦人科主催の市民公開講座
 産婦人科医は受精から死に至るヒトの生殖全般に目を光らせる職業です。パピローマウイルスが子宮頸がんの原因だと分かれば、性教育や市民公開講座に積極的に関わって、少しでも不幸な女性を無くすことに努力すべきでしょう(表3、図4)。
 一人の医師が、これほど多方面の仕事に関わることができる。それこそが産婦人科医の誇りなので、私たちはこれ以上に小さく分かれることはできません。生殖、周産期、腫瘍、それに更年期医療などの女性医学を含めた産婦人科全般が、これまでも今後も守るべき領域なのです。いずれにしても、臨床については守備範囲を広く定めて、大いに幅のある医師になってほしいと思います。
1.生殖年齢層の罹患(妊孕能の障害)
2.検診受診率の低迷(特に20 〜30 代)
3.初交の低年齢化(パピローマウイルス)
     対策の鍵は
     がん検診と性教育とワクチン
表3 子宮頸がんの問題点
2)産婦人科の研究
 研究については大きく網をかけて次第に狭める方向へ進むことが大事です。しかし研究とはすなわち夢ですから、小さく物を見るのではなくて、最初はやはり「大きく見る」という姿勢が肝要です。良い医師になるには自信が必要です。自信を得るには、自分が他の医師より「できる」という認識が必要です。そういう自信は臨床で得るより研究で得る方がむしろ簡単です。研究で自分だけの成果を得たあかつきには、自分に自信のある良い医師になっているはずです。だから若い医師たちには、とくに卒後早期は、一定期間の大学での臨床や研究を勧めています。

図5 産婦人科の仕事は生命と文化伝達のお手伝い
図5 産婦人科の仕事は生命と文化伝達
   のお手伝い
 周産期はいのちの誕生を、腫瘍はいのちの終末を、そして生殖はいのちの創成を扱います。研究も同じように生命に直結した命題を選ぶことができます。ヒトは生殖細胞と体細胞からできていて、前者は遺伝子、後者は文化を後世に残すために産まれてきます。産婦人科では、体外受精で生殖細胞、分娩で体細胞を扱い、それぞれ遺伝子と文化をつないでいくことのお手伝いをしています(図5、 6)。バトンタッチの途中でガン化して壊れかけた体細胞を修理することも私たちの仕事です。
図6 父親と母親は胎児を介してDNAで情報を伝達する。
図6 父親と母親は胎児を介してDNAで情報を伝達する。
 臨床医のひとつの目標が専門医であるように、研究者としての医師の目標はまずは博士号でしょう。臨床はしたいが研究はしたくないという考えの若い医師に言いたいことは、試験管を振ったり、ゲルを流すことだけが研究ではないということです。臨床をコツコツ続けることで得られる博士号もありますし、それもまた基礎研究で得られたものと同じように立派なものだと思います。臨床も研究も目的はひとつ、良い医師になることなのです。
4.良い医師をつくるために
 さて良い医師は必要でしょうか。わたしは良い教師ほどではないが、良い弁護士よりは必要だと思っています。では、どうすれば良い教師や医師ができるのでしょうか。それを考えて実行するのは国の責任です。国の有する資産をどこにどのように分配するか、それを決めることこそが政府の仕事だからです。医師や教師の尻をたたくだけではなく、将来、良い教師や良い医師になろうと思う人材が必然として必要な場所に集まるよう、資産を分配すれば良いのです。そうすれば人材は水が上から下へ流れるように必要な場所に集まることでしょう。将来に対する責任は現在を生きる者にあります。現在医師であるわれわれもまた、そういう視点で政府の政策を見張っておく必要があるでしょう。
 子どもを産むことに喜びのない世界は滅びるしかありません。同じように、他人を救済することに喜びを感じない人は医師になるべきではありません。医師に向かない人を医師にするようなことがあれば、医師の世界が滅ばないという保証はありません。人材の選択という意味では、医学部の責任は重いものがあると思います。
5.職人としての医師
 最後に医師は職人であるということを述べて終わることにします。医師はある種の職人です。「守破離」という言葉がありますが、医師は先達の教えを守ることから始まり、殻を破って独り立ちをし、やがてそこを離れて新たな領域へ向かっていかなければなりません。私ども産婦人科医がなすべき仕事は、生殖という、個体が新しい個体を産みだす営為のみならず、そこに必然として生じる疾病についても知らなければなりません。疾病を持った人に対峙することは医師の勤めではありますが、そのこと自体辛いこともあるでしょう。そういうときはジッと耳を澄まし目をこらし、相手の想いをくみ取ることを自分に強いてみることも必要です。そうすれば声はなくても気持ちは伝わることもあるでしょう。たとえ伝わらずとも背中を見せてはなりません。逃げ出すことは自分の誇りを放棄することでしかありません。医師は責任と、職人としての誇りをも背負っていると思うからです。