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長崎大学産科婦人科における生殖内分泌医療の取り組み

はじめに
 体外受精・胚移植は生殖補助医療の根幹をなす治療技術で,現在の不妊治療ではなくてはならないものです.当科でも1980年代から施行しており,本邦において生殖補助医療を早い時期から行っている教室のひとつです.2011年には大学病院の増改築・移転にあわせて体外受精室を完備し,最新の設備で診療を始めました.また,腹腔鏡や子宮鏡を用いた内視鏡手術は,生殖補助医療と並ぶ不妊治療のもうひとつの柱であり,当科では,不妊女性へ腹腔鏡・子宮鏡手術を積極的に適用し,術式の工夫に力を入れています.

妊娠の可能性を最大限に引き出す生殖医療の実践
 女性の晩婚化や出産年齢の上昇が新聞などで取りざたされています.高齢女性では,子宮筋腫や腺筋症を合併する方も多く,そのなかには難治性不妊症の方がいらっしゃいます.筋腫や腺筋症合併不妊症に対する機能温存外科療法は当科の得意とする手術手技ですが,子宮に大きくメスをいれるため,手術を行った後は一定の期間避妊する必要があります.また外科療法に先行してしばらく内分泌療法を行うことがあるため,妊娠を試みるまでの期間が長くなり,高齢の不妊女性では加齢による妊孕性(妊娠できる力)の低下を考慮する必要があります.
 当科では,外科手術が考慮される高齢不妊女性では,まず体外受精・胚移植を外科療法に先行して積極的に行い受精卵を保存し手術前の年齢での妊孕力を担保したうえで,外科療法に取り組み,筋腫や腺筋症の治療を行ったのちに,凍結胚を融解移植し妊娠を期待するハイブリッド療法に取り組んでいます.

がん治療などで早発閉経になる女性での妊孕性温存
 加齢による妊孕性低下についての話題が出てきましたが,女性は通常10代前半で初経が発来し,多くは20才から40才のあいだに妊娠・出産を経験し,50才前後で閉経します.一方で,通常より早期に閉経し生殖機能が喪失する早発閉経例が存在し,それらは原因不明のものもありますが,手術による卵巣摘除や放射線治療,薬物治療などによる性腺機能低下から医原性閉経を呈する例が存在します.
 近年の悪性疾患に対する診断法や治療法の発達から,悪性血液疾患や乳癌などの治療成績は著明に向上しています.悪性腫瘍と診断される患者さんのなかには,生殖年齢にあたる若年者もおり,米国では,年に70万人の女性ががんと診断され,うち約10%は45才未満であるとされます.一方,若年がんの多くは放射線療法や抗がん剤化学療法を組み合わせた集学的な治療法が適用されます.放射線照射野に卵巣が含まれる場合,線量に依存した不可逆的な組織障害により卵巣機能が著明に低下することがあります.また,抗がん剤の種類によっては,卵巣に対する毒性の非常に強い薬剤が存在します.このような治療を若年女性に適用した場合,症例によっては早発閉経に至り,妊娠・分娩の可能性が絶たれ,がん克服後の女性のQOL(quality of life, 生活の質)を著しく低下させることになります.
 一方,悪性腫瘍でなくても,全身性エリテマトーデス(SLE)では大量のアルキル化剤による治療を行うことがあり,治療後の卵巣機能低下が問題となります.腰仙骨骨腫瘍では骨盤放射線照射が必要な症例があり,このような症例では,照射野の外へ卵巣を腹腔鏡下に移動させることが方策として挙げられますが,必ずしも卵巣機能が温存出来るわけではありません.
 近年の生殖補助医療の発達により,早発閉経の女性が妊娠を望む場合,提供卵による妊娠が可能な場合がありますが,本邦では法的あるいは倫理的な事項など多くの未整備の問題があり,あまり拡がっていません.
 治療の前に治療後の妊孕性について適切な評価とカウンセリングを行い,可能であれば妊孕性温存策を講ずる必要があります.

当科での妊孕性温存治療とその未来:私たちの考える再生医療
 治療による早発閉経のリスクが高い女性に対する妊孕性温存手技として,受精卵(胚)凍結,未受精卵凍結および卵巣皮質の組織凍結が挙げられます.
 胚あるいは卵凍結は不妊治療として現在行われており,いずれも体外受精の治療手技の一部として確立されたものです.卵凍結は,以前は実験的なものと見なされていましたが,近年凍結法が改良され治療成績が著明に上昇しています.とくに若年女性では非凍結新鮮卵とほぼ同等の成績を報告している施設もあり,妊孕性温存手技として臨床的に認められてきています.
 一方で,胚および卵凍結ともに採卵を効果的に行う場合には排卵誘発は必須で,排卵誘発は,診断から採卵までに少なくとも2-3週間が必要です.治療を急ぐがん患者によっては,そのための待機は予後に影響することもあり得ます.また,若年乳癌のなかにはホルモン感受性を示すものもあり,女性ホルモン値が著しく上昇するような排卵誘発はリスクと考えられます.最近では,乳癌患者の妊孕性温存のために,女性ホルモンの上昇が緩徐な排卵誘発法が開発されています.胚凍結にはパートナーが必要なため,未婚女性では適用が困難です.また,胚や卵凍結は体外受精での妊娠・出産のみが治療の目的であり,治療により廃絶した卵巣機能を元に戻すような治療にはなりません.
 卵巣組織の凍結保存は,診断から比較的すぐ施行することができ,パートナーの有無や初経の有無によらず施行することが可能です.卵巣から皮質組織を採取するために全身麻酔下の腹腔鏡手術が必要になります.原疾患を克服し妊娠の希望が出てきたときに凍結していた卵巣組織を融解し自家移植を行います.この方法では自然妊娠が期待できます.また,移植したのち比較的長期間卵巣機能が維持できる場合もあります.
 一方,組織の自家移植では,原疾患の再発のリスクが少なからず存在します.卵巣組織の凍結が可能であっても,移植することが困難な症例もあるかもしれません.近年,「再生医療」として,自分の細胞を用いて細胞シートなどを作成し,疾患の治療に用いる試みが行われています.長崎大学でも食道がんなどの治療に応用しようと研究がすすんでいます.将来的には,凍結保存していた卵巣組織から原始卵胞と周囲間質細胞のみを抽出し,バイオマテリアルで作成した人工組織骨格(スカッフォールド)を用いて卵巣皮質組織を再構築した「人工卵巣」による妊孕性温存治療が可能となる日がくるかもしれません.


 当科では,医原性卵巣機能不全(早発閉経)のリスクが高い乳癌や血液疾患などの患者さんで,治療による卵巣機能への影響を適切に評価し,その患者さんの状況にあった妊孕性温存手技を選択して行えるよう治療を始めました.結婚されていてパートナーがいらっしゃれば受精卵を凍結します.未婚のかたでも排卵誘発と採卵を行い未受精卵を凍結します.あるいは排卵誘発にリスクの高いかたは腹腔鏡下手術を行い卵巣組織を採取して凍結することができます.まだ研究段階の治療手技ですが,治療により閉経していまい将来の妊娠の可能性が奪われる方のお力に少しでもなれればと考えています.

(文責:北島道夫)