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教授贅言
「長崎のジェームズ・ワトソン」

増崎 英明

 

 1953年にDNA二重らせん構造を発見したジェームス・ワトソン博士は、そのとき若干24歳であった。1962年には、共同研究者であったフランシス・クィックおよびモーリス・ウィルキンスと共にノーベル生理学・医学賞を受賞した。ハーバード大学教授、コールドスプリングハーバー研究所所長を歴任し、後にヒトゲノム計画の責任者として主導し、ヒトの全ゲノム解析に結びつけた。
 ワトソン博士の教科書「遺伝子の分子生物学」「細胞の分子生物学」は、今でも分子生物学を目指す若い研究者のバイブルだし、二重らせん発見の物語『The Double Helix:二重らせん』は、研究者の日々を「きれいごと」ではないリアルな筆致で描いてベストセラーになった。研究者の孤独と人間関係の希薄を赤裸々にしたという意味で、それまでの「偉人伝」にはない暴露本といえる。
 今年は、二重らせん発見から60年であり、DNAは還暦を迎えたわけである。その記念すべき年に、長崎大学片峰学長の招きでワトソン博士が長崎を訪れた。学長室の昼食会では、片峰学長から長崎県において26年間続けられてきたATL母子感染防止事業についての講演Consequence of the 26-year-long intervention on mother-to-child HTLV-1 transmission in NAGASAKI, JAPANがあった。85歳の現役研究者は好奇心に満ちた目を光らせて、片峰学長の講演に聴き入っていた。
前列左からワトソン夫妻、片峰学長、著者は後列右から2人目
前列左からワトソン夫妻、片峰学長。後列左から下川医学部長、調副学長、
山下副学長、小路研究科長、松山教授、森教授、著者、森内教授

 昼食は長崎名物である「吉宗」の茶碗蒸しと松茸御飯である。左利きのワトソン博士は、やはり好奇の目を茶碗蒸しに注ぎながら、ゆっくりとスプーン(蓮華)を口に運んでいた。
前列左からワトソン夫妻、片峰学長、著者は後列右から2人目

 DNA構造の理解なしに現代科学は成り立たない。その二重らせんを発見した85歳の老研究者は、昨年ようやく還暦を迎えたばかりの産婦人科医(増崎)にとっては神様である。食事を終えたワトソン博士におねだりして『THE DOUBLE HELIX』にサインをしてもらった。これは一生の宝物だ。
サイン中のワトソン博士とサイン入り『二重らせん』
サイン中のワトソン博士とサイン入り『二重らせん』

 その後、長崎大学医学部キャンパスで記念植樹が行われた。寒い日であったが、ワトソン博士と夫人から挨拶があった。医学部の学生たちが大勢集まっており、植樹後にサインをねだっていたが、ワトソン博士はイヤな顔ひとつ見せずにサインに応じていたのが印象的であった。
植樹風景
植樹風景
ワトソン夫妻
ワトソン夫妻

 夜は長崎大学中部講堂において記念講演会が行われた。当初は医学部の良順会館で予定されていたが、参加者が予定人数をはるかに超えたため、800人収容できる中部講堂に変更されたらしい。題して「60 years of DNA」。まさにDNA二重らせん構造の発見から60年(還暦)に相応しい演題である。
 満員の会場をゆっくりとワトソン博士が入場すると、聴衆は一斉に立ち上がって拍手をおくった。最初に片峰学長から、ワトソン博士が長崎へ来ることになったいきさつについて説明があった。それによれば、前医学部長の松山教授は片峰学長と一緒だった高校生時代からワトソン博士を深く尊敬しており、何度もワトソン博士のもとを訪ねたことがある。そういう付き合いの中から、今回のワトソン博士の長崎招待が実現したとのことである。今回は東京で天皇陛下に謁見され、それから長崎へ向かわれたそうである。松山教授によれば、「東京でふたりでレッスンプロを相手にテニスをした。1時間半の打ち合いで自分はかなり疲れたが、ワトソン博士はびくともされなかった」そうである。まさに85歳の巨人といえるだろう。
 当初1時間の予定であった講演は1時間半を越えた。子ども時代からDNA構造発見に至るまでの自伝を、常に余裕の笑いを挟みながら、スライドを背景に話された。内容は『二重らせん』をなぞるものであったが、本人から直接に聞くと、遺伝情報伝達の秘密が解き明かされた60年前の、まさにその瞬間が躍動感溢れる物語として目の前に彷彿として、背筋を感動が走り抜けた。講演を聞いた人も、聞き逃した人も、もう一度『二重らせん』を紐解いて、ワトソン博士の研究者としての日々を疑似体験していただきたい。英語版『The Double Helix』であれば、当日使用されたスライドも掲載されている(残念なことに、日本語版『二重らせん』からはスライドが削除されているが・・・)。そして、学問に対するワトソン博士の真摯な情熱を感じていただきたい。
 今回、思いがけず「智の巨人」であるワトソン博士に身近に接することができた。おかげさまで、自分の還暦という年齢が若造のように感じられて、新たなパワーをいただいたような気がした。このような機会を与えてくださった片峰学長、松山前医学部長、小路医歯薬学総合研究科長および下川医学部長に深く感謝申し上げる。

 

2013.11.26