長崎大学病院・長崎大学医学部 産婦人科電話でのご予約・お問い合わせ:095-819-7460
教授贅言
「男と女の役割分担」(山邊徹名誉教授追悼)

増崎 英明

 

 御主人、奥様の懐妊おめでとうございます。初めてのお子さんですか?二人目ですか、それとも・・・。最初であれ、何人目のお子さんであれ、産まれてくる子供に対する想いには、他人には計り知れないものがあるはずです。産まれてくる子の遺伝子(DNA)の半分はあなたのものです。残り半分は奥様ですね。妊娠中は喜びを分け合い、出産後は子育てを分け合い、子供が成長するにつれて、子に対する責任と義務とを分け合わなくてはいけませんね。それが家族を作るということなのでしょうから。ところで妊娠するという経験は、決して御主人にはできません。母親になる権利は女性だけに与えられているのです。「母」という漢字は、「女」という字に乳房をくっつけたものだと言われます。女性が子供のために乳房を大きくする、それを母と呼ぶのですね。「父」という漢字は斧という字に似ています。斧を振るって食物を家族に与えるという意味でしょうか。「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」古い民話はこのように始まります。昔から男と女には役割分担があるのです。苦しい陣痛を乗り切る御褒美に、母親は自分の身体の中で9ヶ月間子供を独占することができます。父親は、悲しいことにどうしても子供を身体の中に取り込むことはかないません。父親は子供と離れたところで、母親とは違う形の愛情を注ぐことが義務づけられているのです。そして、そのことが子供にふたつの愛情について教えるのではないでしょうか。おそらく「母親」がふたりでも、「父親」がふたりでも、どちらも十全ではなく、「父親」と「母親」という異なった愛情から「幸福」というものは育まれるのでしょう。

 最初は母親のことから話しましょう。母親の定義は、父親より単純です。子供を産んだ人が母親ですね。医学が進歩して、代理母というものができて、遺伝的な母親と出産した母親が違う場合が出てきました。医学的な理屈で考えるなら、遺伝的つながりで親子は決まりそうなものですが、実際は産んだ女性がその子の母親であると法律で定められています。外国で代理出産を依頼した夫婦が親権を求めて裁判を起こし、敗訴したことは、両親がタレントだったこともあり有名ですよね。この母親は子宮がんで子宮摘出を受けており、子宮がないので自分で出産することはかないませんでしたが、卵巣は残っていたので、自分の卵子と御主人の精子で体外受精を行い、別の外国の女性に受精卵を移植して産んでもらいました。遺伝的には100%自分たちのDNAを継いでいるにも関わらず、出産後は裁判を起こさねばなりませんでした。こういう場合、法的には養子縁組を行うことになります。法的な母子の関係は、無機質なDNAによるのではなく、子供が9ヶ月間を母親の胎内で過ごしたことを重視しているように思えます。ですが法律は情動を相手にしないので、実際は、決して間違いようのない母子の関係を「出産した」という事実に求めたというのが答えなのかも知れません。考えてみると、母親の定義は一応それで明らかなわけですが、父親はどのように定義されるのでしょう。おしどりは夫婦仲の好いことで知られており、いつも一緒に行動しているそうですが、親子のDNAを調べてみると7割は実の父親の子ではなかったという研究が報告されました。人の世界はどうでしょう?DNA多型を使って容易に個人識別が可能になって、「親子鑑定」が商売として成り立っているのは、人もやはり動物であることを証明しているのでしょうか。不安になります。

 洋の東西を問わず、古くから英雄譚には父親を持たない主人公が頻出します。イエスも仏陀もそうです。いずれも名目上の父親はありますが、イエスの母親は天使から受胎告知を受けますし、仏陀の母は像が脇の下から入り込んで受胎したとされています。親指姫は花から、桃太郎は桃から産まれました。花や桃が母親ということでしょうが、父親はやはり不在です。果たして父親は必要なのでしょうか?
 まだ医学生であった1975年頃のことと記憶します。産婦人科の特別講義で山口大学小児科の梶井正教授の話を聞きました。産婦人科は山辺徹名誉教授の時代です。その時に「雄性発生」ということを初めて聞いて不思議の感に打たれました。その時の講義を要約すると、女性の遺伝子の関与なしに男性側のみで受胎すると胎児は育たずに胎盤のみが発育する、それが「胞状奇胎」という病気である。そういう話でした。学生ですし胞状奇胎というものも目にしたことがないので、具体的に理解できたわけではないのですが、梶井先生の話には摩訶不思議な雰囲気があって、その後も頭の隅に居続けました。産婦人科医になったあとも、胞状奇胎を見ると「雄性発生」を思い出しました。ついに梶井先生のオリジナルの論文も読みました。Kjii T, Ohama K: Androgenetic origin of hydatidiform mole. Nature 268:633,1977という論文です。私が初めて読んだネイチャーです。1977年は私が医学部を卒業した年です。今ならDNA多型解析でもっと簡単に証明できますが、当時は染色体レベルの実験で胞状奇胎の「雄性発生」を証明されたことは素晴らしい業績だと思います。山邊名誉教授の書かれた図が分かりやすいので参照してください(図1,2)。

図1:胞状奇胎の発生機転(山辺徹名誉教授より提供)
図1 胞状奇胎の発生機転(山辺徹名誉教授より提供)

図2:胞状奇胎(胎盤だけで胎児は発生しない)
図2 胞状奇胎(胎盤だけで胎児は発生しない)

 雄性発生androgenesisのことを先に話しましたが、動物界ではむしろ雌性発生parthenogenesisの方が古くから知られていました。17世紀から18世紀にかけて発生論争というものがありました。生き物の子孫は卵子の中に成体の形を保ったまま小さく折りたたまれて入れ子状態になっているという説がありました(前成説)。当時の著名な科学者はこの説を支持しましたが、それはアリマキ(梅の新芽にうようよしているアブラムシ)のように、メスだけで発生する小動物が知られていたからでした。単為生殖とか処女生殖とか訳されています。
 同じ頃に顕微鏡で精子が発見され、精子の中にこそ次世代の生き物が潜んでいるとする説が有力視されるようになりました。精子は卵子より能動的に動くので、より信憑性があったのでしょうが、この論争はその後100年程続いた挙げ句、いずれも間違いであることがヴォルフによって証明されました。この論争で分かったことが二つだけあって、そのひとつは、生き物の大部分はオスとメスが両方合わさって次の世代を組み立てている(後成説)ということ、もうひとつは、メスだけで発生する生き物はあるが、オスだけではありえないということでした。この時点で生き物の原型はメスであることが半分は証明されていたわけです。「生き物の原型はメスである」ということが人に当てはまるかどうか、について突き詰めて研究されるようになるまでには、その後長い年月が必要でした。ダーウィンが『種の起源』を出版した1859年から、メンデルが再発見される1900年までの40年間は、発生学が「進化」という視点から見直され、生殖細胞が発見されたり、優生思想がはびこったり、面白い時代だったのですが、これについてはここでは触れません。

 ヒトは精子と卵子から発生します。一方で、胞状奇胎の発生から、精子と精子が受精すると胎盤になることが分かりました。ということは、卵子と卵子が受精するとどうなるだろうという疑問が芽生えました。もしかするとヒトができるのではないか、という疑問です。卵巣の腫瘍に皮様嚢胞腫(奇形腫)があります。腫大した卵巣に脂肪や歯や毛髪がつまっています。これは処女生殖parthenogenesisではないのか?卵巣奇形腫にはヒトの一部が封入されています。しかし、手塚治虫が『ブラックジャック』で登場させたピノコのように、ヒトの全身がそろっている腫瘍は見たことがありませんでした(図3)。

図2:胞状奇胎(胎盤だけで胎児は発生しない)
図3 ピノコは奇形腫だった(手塚治虫『ブラックジャック』より)

 長崎大学産婦人科の三浦清徳准教授は新川詔夫名誉教授の大学院で卵巣奇形腫の由来を調べました。卵子にも発生過程があるので、どの段階から腫瘍が発生したのかについて研究をしたのです。結果だけを申し上げると、卵子発生の様々な時期から奇形腫が発生していたのですが、成熟した卵子から発生したものは見つかりませんでした。しかし、それから長い時間が過ぎて、ある時、新潟の先生からヒトになりかけとしか思われない奇形腫が届けられました。そして、その解析結果は驚くべきものでした。半倍体の卵子が2倍体化したものだったのです。つまり、もし卵子と卵子を受精させると、胎盤は発生せず胎児だけが発生する可能性が示されました(図4,5)。

図1:胞状奇胎の発生機転(山辺徹名誉教授より提供)
図4 卵巣奇形腫は卵子のさまざまな発生過程から生じる(三浦准教授より提供)

図2:胞状奇胎(胎盤だけで胎児は発生しない)
図5 処女生殖でできた子供?(新潟市民病院倉林先生より提供)


 メンデル遺伝はオスとメスの遺伝への貢献度は等価であるというのが前提です。その意味で、ヒトの卵子と精子は等価ではないことが証明されました。女性(卵子)はヒトを、男性(精子)は胎盤を、それぞれを作るための偏った遺伝情報がアプリオリにすり込まれていたのでした。

 私は産婦人科医として常日頃思うのですが、ヒトはなぜ一回の生殖でひとりだけの子供を作るのでしょう(1+1=1)。たまに双子ができますが、男と女の二人で子供を作るのですから、常に双子を生んではじめて人口は保たれるのではないでしょうか(1+1=2)。たとえば、アルマジロは受精卵が四分割した段階で、それぞれが一匹のアルマジロに育つので、常に四つ子が産まれるそうです。日本の人口問題も、ヒトが常に双子を産むのであれば、これほど騒がれないだろうにと思うわけです。いろんなことを考えていると、ついひょんなことを思いつくものです。自分でもおかしいとは思うのですが、次のように考えてみたのです。胎児と胎盤は同じ遺伝子から生まれた双子だという考えです。胎盤は子宮の中の9ヶ月を主役として過ごし、その間は付属物である胎児を「守る」のですが、「破水」して胎児が母体から「離れる」瞬間に、まるで二段ロケットのように胎盤から胎児へと主役の座が移るのです。ここには「守、破、離」が隠れていることにも注意してください。まさに出産とは、子供にとっての「守破離」なのだと思います。
 ヒトをヒトとして成り立たせる役割は、父親ではなくて母親にゆだねられていること、それは、おそらくヒトの原形は女性であって、男性は女性より後に生まれた生き物であることの証左であるように思われます。その証拠のようなものは、いくつも挙げることができるように思いますが、それは読者のみなさまの想像におまかせしたまま、この項を閉じることに致します。私たち生き物の身体には、面々と連なってきた生命の保存と変異の歴史が綴られているのでしょう。今回は、男と女には究極の役割分担があることについてお話し申し上げました。男女の役割分担の行き着く先が「家族」なのだと思うのです。

 付記:上の文を書き上げて昼食のために医局へまいりました。今日の読売新聞のトップ記事は、「父子」血縁より法優先―DNA鑑定訴訟最高裁が初判断、というものでした。毎日新聞、朝日新聞、長崎新聞、いずれもトップ記事は同じ内容です。本文中で母子関係の法的取扱いについて触れましたが、今回は父子関係についても嫡出推定(婚姻中の妻が妊娠した子は夫の子と推定する)が最高裁で適用されました。裁判官5人のうち2人は反対したことが書かれていましたが、「氏か育ちか」の問題は、DNAによる親子鑑定が確実になった現在、今後もさまざまな波紋を呼びそうな気配です。

2014.7.18


 付記その2:この項の執筆にあたり山邊徹名誉教授からいただいた教科書『絨毛性疾患の診断と治療』を参考にしました。久しぶりに開いた本の間から、山邊先生直筆のメモが現れました。(平成8年)9月28日の日付けがあります。「いささか無礼ですが」という言い回しに、思わず山邊先生の苦笑いの顔が浮かんできました。その私の恩師である山邊徹名誉教授が逝去なさいました。専門医試験の監督で大阪にいた私は、急遽、長崎へ帰りました。夜中に医局へ来ると、本編の校正刷りが机の上にありました。それを見た途端、何か、先生から話しかけられたような気が致しました。84歳の大往生でございました。

山邊先生直筆のメモ

 

2014.7.29