| 氏 名: |
中村 寛 (なかむら かん) |
| 役 職: |
社会人大学院生、大学病院医員 |
| 出身大学: |
平成16年 長崎大学卒 |
| 専門分野: |
内分泌・代謝 |
| 研究分野: |
1型糖尿病発症阻止法の開発 |
| 資 格: |
日本内科学会、日本糖尿病学会、日本臨床免疫学会の学会員 |
・ 一内での臨床や研究の指導は本当に手厚く、医師としての素養をみっちり叩き込まれます。ともすればその指導は、院内/院外(浜○町の赤提灯)を問わず夜遅く(朝早く?)まで、続くことがあり医師として人間として成長すること間違いありません。
・“由緒正しい”ナンバー内科ですが、自由闊達な精神に満ち溢れている医局です。 |
H16年(研修医一年目);長崎大学医学部・歯学部附属病院。
習得手技;点滴・採血、IVH。新臨床研修制度1年目であり、様々な科をローテート。1内では、医師としての考え方やプレゼンテーションをみっちりしこまれた。外科では、IVHを十数例穿刺し、小児科では、難度の高い点滴穿刺術を習得した。
H17年(研修医2年目);佐世保中央病院。
習得手技;心カテ。内科中心にローテートしたが、なかでも循環器内科で鍛われた。2ヶ月間の循環器内科研修中に体重が約5kg減少。そのおかげで、研修終了するころにはルーチンの心カテにおいて、右心カテを一人で完遂できるようになった。日本内分泌学会、糖尿病学会九州地方会、九州リウマチ学会で発表。
H18年(修練医1年目);佐世保中央病院(前半)、長大第一内科(後半)。
習得手技;一人救急外来当直。研修があけ、一人当直をするようになった。佐世保中央病院での、輪番日の内科当直で、救急外来前に救急車が列をなすこともたびたび。本当に忙しかったが、やりがいのある毎日だった。今でも妻に「あのころが、一番きつそうやったけど、いきいきしとったね。」と、微妙なコメントを浴びせられたりする。後半の大学病院では、重症患者を担当することが多く、頻繁に血漿交換をしていた。日本糖尿病学会、糖尿病学会九州地方会、内科学会地方会で発表。
H19年(修練医2年目);諫早総合病院。
習得手技;糖尿病外来。自分の外来枠(糖尿病メイン)を持つようになる。インスリン導入に関して、一筋縄でいかなかった患者さんを外来で熱弁をふるって、説得したことが忘れられない。あとで、隣のブースで外来をしていた先生に、「先生、熱かったね〜。」といわれた時は恥ずかしいような、うれしいような気分だった。日本糖尿病学会、糖尿病学会九州地方会、九州リウマチ学会で発表。
H20年(大学院1年目):長崎大学病院
習得手技;マウスの血糖測定。大学院へ入学し、1型糖尿病発症阻止法開発の研究を開始する。発表する場面が格段に増え、また、論理的な思考が必要となり、妻から「最近、理屈っぽくなった。」と、皮肉を言われる。それはさておき、研究だけではなく、臨床においても論理的に考えることが多くなり、自分のなかでは、脊髄反射でない診療が行えているのではないかと自己満足している。大学院2年目になったが、すこしずつデータもそろい始め、どきどきワクワクしながら、マウスの血糖測定をしている毎日である。
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