長崎大学病院第一内科 Department of Immunology and Rheumatology, Department of Clinical Neuroscience and Neurology, Department of Endocrinology and Metabolism, Nagasaki University Graduate School of Biomedical Sciences
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国内・海外「留学便り」
 
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一瀬 邦弘 (膠原病班)
Beth Israel Deaconess Medical Center (BIDMC ) : アメリカ・マサチューセッツ州
(2008年9月〜)

 
留学記
 平成12年入局、膠原病班の一瀬邦弘です。2008年9月よりボストンにあるBeth Israel Deaconess Medical Center (BIDMC) Rheumatology divisionというところに留学させていただいております。ボストンは多くの諸先輩の先生方が留学されているところですが、ボストン茶会事件やアメリカ独立戦争などアメリカ建国時の重要な事件の舞台となったところであり、またニューイングランドの経済的・文化的中心地でもあります。BIDMCのdivisionは研究部門と臨床部門に分かれており、ボスであるGeorge. C. Tsokos先生が両部門を総括されております。Tsokos先生は全身性エリテマトーデス(SLE)に関する著書を多く執筆されておりますが、ギリシャ出身のためか陽気で大変親しみやすく、そして何よりも親日家でいらっしゃいます。誰が教えたのかは分かりませんが「超越喬治」と自分の名前を当て字にした漢字を自分の部屋の表札にされています。2006年4月長崎で開催された日本リウマチ学会総会の際には来崎され、長崎の街並の印象を山の斜面に面して住居が立ち並び、また海に近いことからギリシャの町に似ているとおっしゃっておりました。ラボにいるポスドクは20人程度おり、ギリシャ人、台湾人、インド人、中国人、メキシコ人、ロシア人、カナダ人、アルメニア人、ハンガリー人と多国籍で構成されております。岡山大学から来られている日本人の先生もおり、留学のセットアップを行う際にはずいぶんお世話になりました。ポスドクの多くが、母国でM.DやPh.Dを取得した後、初めて海外で研究生活を開始する人が多いようで、お互い似た境遇同士のためか変な競争意識はなく、助け合いながら研究できる点が今のラボの良いところだと思っています。その一方で、研究に対するモチベーションが低かったり、周囲とのコミュニケーションがうまくいかなかったりして、ポスドクを解雇されるケースもあり、研究者(特にPh.Dのみの研究者)としてだけで生活していくのは生半可なことではないと感じております。研究のパートナーであるYuang(ヤン)先生は台湾人でこのdivisionのassociated professorです。日本食とビールがお好きだそうですが、最近持病の痛風が悪化して、お気に入りの日本料理店で刺身とビールをいただく機会が減ったと嘆いております。私の英語力不足でうまく伝達できない場合は漢字でのコミュニケーションも行ってくれます。私自身の英語が上手くないのは、あまり感心できませんが、時間が解決してくれますし、言葉の問題をクリアするのは、英語が話せるようになるということではなく、理解できないことを受け入れるということにあると思います。もし、英語が不得意であることが留学の妨げになっているとお考えになっている先生がおられれば、それは時間とともに大きな障壁ではなくなるのではないでしょうか。私のラボでは月1回20分程度、研究の進行状況を発表するプレゼンテーションがまわってきます。最初は準備が大変でしたが、研究が軌道に乗り、話す内容が増えてくると余裕が出てきました。しかし今でも自分の順番が来る週は少し憂鬱です。現在の研究テーマはSLEの自然発症モデルマウスであるMRL/lprマウスを用いた発症進展抑制効果の検討と腎臓のメサンギウム細胞におけるサイトカイン産生の検討について行っております。別にアメリカに留学しているからといって、何も特別なことはしておりません。ラボに置いてある機器も日本のものと大差ありません。ただ日本と異なるのは研究試薬などがすぐに手に入ること、研究に没頭できる環境にあること、そして何よりも多くの研究者に囲まれアカデミックな雰囲気を味わうことができることだと思っています。
 生活面についても少し書こうと思います。ボストンには邦人人口が5000人程度おり、インターネットの掲示板ではボストン在住者向けの情報交換が頻繁になされております。日本人が経営する食料品店や寿司屋なども存在し、日本の食材も手に入れることも可能です。刺身はサーモンやホタテ、マグロなど品数は限られますがイタリア人が経営する魚屋などで手に入れています。ボストンはクラムチャウダーやロブスターが名物ですが、それでもやはり日本食にかなうはずもなく、医局や実家から送ってもらった品々は何にも変えられない貴重品です。またボストンは住居費が高いことでも知られています。家賃は長崎の同程度の部屋の大きさで比較すると3-5倍はするかもしれません。入居してすぐにアパート全体でエアコンの一斉取り換えとアスベスト除去工事が行われ、それが半年間続きました。エアコンの工事は春先までかかり、2月には零下20℃まで気温が下がるにも関わらず、暖房のない生活を送る羽目になりました。これにはさすがに頭にきて、弁護士を介してインド人の大家と交渉してもらいました。大家もなかなかしぶとく、裁判も辞さない状況でしたが、最終的には大家が折れて、工事期間の家賃の減額と更新時の家賃の増額(こちらでは年次更新の際に家賃の増額は当たり前だそうです。)免除を勝ち取りました。それから、生活に必要なため、運転免許証もこちらで取得しました。アメリカ入国審査の際に入国審査官が書類にスタンプを押し忘れたため、運転免許に必要な書類の基準を満たすことができず、総領事館、アメリカ移民局、空港など方々を回ったこともありました。運転免許の筆記試験は日本語版があり、手書き印刷の日本語で表裏10問ずつ計20 問の4択問題でしたが、印刷はところどころ擦り切れて不鮮明であるうえに、人によっては裏面の10問が印刷されず10問で採点されていた人もいました。日本人がいかに正確にきちんと仕事をしているかがよく分かり、中からでは分からない日本の良さを再認識することもしばしばです。この他、第二子がこちらで生まれたので、アメリカの医療の一面も垣間見ることができました。産科病棟には10名程度のスタッフが常在し、医師を中心としたチーム編成でひとつのお産につき4名が立ち合いました。2泊3日と短い入院でしたが、お産を無事に終え、個室管理で食事メニューも豊富、しかも医療保険ですべてカバーされたので、留学前の不安を一掃してくれました。アメリカの医療は分業が完全に進んでおり、採血だけをする看護師、また診察、処方のできる看護師などがいて、医師は診断、治療に特化できる本当の専門職になっています。医師の社会的地位だけでなくQOLもきわめて高いようで、同じ研究室に出入りする研究者と比較すると身なり恰好で区別がつけられることもあります。その反面、人件費の高騰(専門分野によりますが、医師の年収は日本の3-5倍)が医療保険料に跳ね返り、国民皆保険が実現できない要因となっているようです。
 少し長くなってしまいました。私自身、昨今の医療情勢から臨床を離れることに対する懸念もあり、留学をためらった時期もありました。しかし、多くの先生方にアドバイスをいただき、留学することを決心しました。アメリカに来ても思うように事が進まないことや言葉の壁などいろいろとありましたが、不自由も自由を知るためには必要ですし、せっかくいただいた機会ですので、何か役に立つものを見つけて帰りたいと思います。最後になりましたが、留学を御承諾いただいた江口教授をはじめ、また日本からの応援物資を何度も送ってくださった有馬和彦先生ほか多くの先生方に感謝申し上げます。

Fox教授来訪時に。
(一番右)ボスであるTsokos教授、(一番左)岡山大学から留学されている砂堀先生

ラボの中です。各人のベンチがあり、その横にはデスクワークができる机とパソコンが与えられています。窓から大リーグレッドソックスの本拠地であるフェンウェイパークが目の前に広がっています。

ラボの玄関口。民間の建物ですが、BIDMCがこのビルを借り上げています。不況のあおりで、一部のラボがテナント料が支払うことができず撤退しています。

 
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