長崎大学病院第一内科 Department of Immunology and Rheumatology, Department of Clinical Neuroscience and Neurology, Department of Endocrinology and Metabolism, Nagasaki University Graduate School of Biomedical Sciences
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国内・海外「留学便り」
 
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高橋 亮子 (代謝班)
University of Michigan : アメリカ・ミシガン州 (2004年1月〜)

 
ミシガン大学留学記
 この度は、同門会報に原稿を書かせて頂くという貴重な機会を頂きまして、本当にありがとうございます。そして、ミシガン大学への留学にあたり、いろいろとご配慮下さった先生方には、感謝の言葉もございません。この場をお借りして、深く御礼申し上げます。
 人々のライフスタイルに関わるような慢性疾患に興味があった私は、卒後4年目に大学院に進学し、代謝班で食欲を抑制するホルモン、レプチンのシグナルの研究を始めました。そして、2004年始めより、ミシガン大学(University of Michigan)医学部内科学内分泌部門のマイヤース研究室で、引き続きレプチンの研究をしています。
 ミシガン州は、アメリカ中西部に位置し、五大湖のうちオンタリオ湖を除く4つの湖に面しており、また小さな湖も数多く点在する、自然の美しい森と湖の州です。ミシガン大学があるアナーバー(Ann Arbor)は、車産業で有名なデトロイトから車で1時間程の小さな学園都市です。
 こちらは、北海道とほぼ同じ緯度に位置するため、11月から4月頃までは長く続く雪の季節です。この冬は、美しい樹氷がみられました。葉の落ちた並木道の樹木の枝全体が凍って、太陽の光を受けた氷がきらきら輝く光景は、忘れられません。雪が融けると、一気に花が咲き始め、すぐにミシガンの人たちが大好きな季節、夏を迎えます。あちらこちらの公園で、バーベキューをしたり、街中を流れるヒューロン川でカヌーを漕ぐ人々を見かけます。10月頃にごく短期間、美しい紅葉の時期を迎えたかと思うと、すぐにまた雪の季節が始まります。森や公園が多く、このような季節の移り変わりを感じながら生活できるのは、とても恵まれているといつも感謝しています。
 アナーバーには、いわゆるアメリカ人の他、中国人、韓国人、日本人、インド人などのアジア人、ヨーロッパ人など世界中から学生や研究者がミシガン大学に集まってきており、こういう人たち、その家族たちが次第に「アメリカ人」になって形成された国家がアメリカなんだ、ということを肌で実感します。また、ニューヨーク市に住んでいたことのある友人が驚くほど、小さな街にしては日本の食材が簡単に手に入り、街のレストランでは世界各国の料理が楽しめます。また、その多くがブッシュ大統領を支持する保守的な中西部の都市の中で、アナーバーにはリベラルで開放的な雰囲気が流れており、大学公認の同性愛者のクラブまであります。近隣の街に行くと、周り全部が白人で、自分だけが浮いているような感じを味わうこともありますが、この街では日本人だからと特別視されたことはまったくありません。とても住みやすくて、大好きな街です。
 日本ではあまり知られていませんが、ミシガン大学医学部、そして大学病院は、全米の医学部、大学病院のランキングの中でどちらもほぼ毎年上位十位以内に入るほど有名です。また、ミシガン大学は、フットボールが強いことでもよく知られており、アナーバー市民の数とほぼ同じ10万人の収容人数を誇る、世界最大のアメリカンフットボールスタジアムを所有しています。試合のある秋のシーズンには、まるで民族大移動のように小さな街が人の波であふれかえり、道路も大渋滞します。
 研究室を運営しているマーチン・マイヤース先生(Dr. Martin G. Myers Jr., M.D., Ph.D.)は、ハーバード大学大学院時代はインスリンシグナルの研究をしておられましたが、卒業後、当時発見されたばかりのレプチンの研究を開始されました。そして、2004年にハーバード大学ジョスリン糖尿病研究所からミシガン大学に移って来られ、この時から、私も研究室に加わりました。マーチンは、2006年に40歳になったばかりの、サイエンスを心から楽しんでいる冗談好きの明るい方で、メンバーも20代を中心とした活気溢れるラボです。今のメンバーは、マーチンの他准教授1人、ポスドク2人、大学院生4人、アシスタント4人で、そのうち5人が男性、後は女性です。こちらに来てすぐ、女性のボスの多さに驚きましたが、マイヤース研究室も女性が多くて、私には居心地よく感じます。みんなの出身国は、日本人の私の他、ドイツ人2人、プエルトリコ人1人、中国人2人と、ラボの中も国際色が豊かです。非常にオープンでフレンドリーな人間関係で、協力し合って研究を進めています。あまりに雰囲気がよく、また割とコンスタントに論文を発表している研究室なので、周りの研究者からはよくうらやましがられています。
 マイヤース研究室では、レプチンのシグナル伝達を研究しています。その受容体は、主に脳の視床下部弓状核に発現しており、食欲に関係するペプチドの発現を調節していると考えられていましたが、私たちは、視床下部の他の核にも多数受容体が発現していることを明らかにしました。また、そのシグナル伝達のメカニズムや、肥満者に見られるレプチン抵抗性のメカニズムを解明するため、受容体の3つのチロシンリン酸化部位の役割を、培養細胞とマウスを使って研究しています。他にも、視床下部の個々の神経細胞が、どこにどのようにしてシグナルを伝達し、食欲を調整するのか、レプチンとインスリンのシグナルの関係はどうなっているのか、レプチンがどのように生殖機能に関係しているのかなどについて、メンバーの一人一人が異なるテーマを研究しています。私は、一般的なサイトカイン受容体のリン酸化に必須であるJak/STAT経路のうち、レプチン受容体のリン酸化で使われるJak2の機能解析を行い、その523番目のセリンがJak2の活性を抑制することを培養細胞で明らかにし、報告しました。現在は、レプチン受容体の変異体を発現させたマウスを作成中です。この変異体というのは、Jak2結合部位のみを持ち、チロシンリン酸化部位を含む他の部位を欠損させた受容体で、これまでに、非常に太った発現型を示すことが判りました。このマウスは、生体内でのレプチン依存性Jak2シグナルの役割を解析するモデルとなることが期待されています。
 私たちの研究は、まさに「メタボ症」の研究と言えますが、実はアナーバーからほど近いデトロイトは、全米で1、2を争う「肥満都市」としても有名です。どうしてアメリカ人はこんなに太れるのでしょうか。前から見ても、横から見ても、同じように見えるくらいにものすごく太った人をたくさん見かけます。きっと、軽く150キロは超えているでしょう。ここまでくると、日本ではピンと来なかった、男性の「リンゴ型肥満」、女性の「洋ナシ型肥満」という言葉にも納得です。日本では分かりませんが、アメリカの場合、低所得者層ほど太っている印象を受けます。例えば、研究者やドクターの間では肥満者はほとんど見かけませんが、清掃の仕事や、食堂の調理、レジなどの仕事の人たちは、ほとんど皆かなり太っています。
 新鮮な野菜や魚は高価であり、冷凍食品、ファーストフードを含む安価な調理済食品や肉類は総じてカロリーが高いこと、フレンチフライなどの油物や、極端に甘いお菓子・飲み物の味に慣れてしまっていること、大都会を除くと公共の交通機関が日本ほど発達しておらず車社会であるため、運動量が減っていること、などが私の考える理由です。日本で糖尿病を中心とした診療に携わっていた頃は、患者さんの食事内容や食事の動機について、このような経済背景、家庭環境、社会的な食文化の面などから考えたことはなかったのですが、これらも治療に利用できる興味深い視点だと思います。
 ところで、アナーバーから車で1時間程北西に、イーストランシングという街があり、ここにミシガン州立大学(Michigan State University)があります。ミシガン州立大学医学部は、M.D. Schoolの他に、優れたD.O. Schoolを有することで知られています。日本の医師免許の種類には、M.D. (Medical Doctor)しかありませんが、アメリカには同じ年数医学部に通って得られるD.O.(Doctor of Osteopath)という資格があります。どちらも同じように薬の処方や、外科手術などを行いますが、M.D.は、私たちが日常診療で行うように、「病気」に焦点を置き、最新技術を使って病気を治す、対してD.O.は「健康」状態を増進することで、病気を治しやすい身体を作り、結果として健康を取り戻す、というアプローチをしているような印象を受けます。例えば、多くの人に見られる第一肋骨の上方への亜脱臼(第一肋骨が第一胸椎横突起の上方に変位した状態)を治療すると、肺の動きが自然な状態に戻り楽に呼吸ができるようになるだけではなく、その部位で圧迫されていたリンパ管が解放されるため、全身の免疫状態の改善ももたらします。ミシガン州立大学医学部の教授が、授業で教えているMuscle Energy Techniqueという手技療法を医師や作業療法士らに指導するセミナーがあり、私も参加してみました。この方法では、ずれている骨に力をかけて一気に押し込むというような、カイロプラクティックなどに見られるテクニックとは違って、関節の可動域や骨の位置を診察した後、異常があればその理由を探り、主に筋肉に対して働きかけてマイルドに治療していきます。関節の診断も治療も、すべて自分の手を使って行うシンプルなもので、椅子とベッドの他は特別な設備や道具も必要なく、メカニズムを知れば誰にでもできそうな手技です。実際に私自身も治療して頂きました。私の場合、診察を受けると、左第一肋骨の亜脱臼があり、その下の何本かの肋骨の動きも制限されていました。これまで、深呼吸をした時に、肺の一部がどこかでひっかかって、最後まで息を吸い込みきれない感覚がずっとあり、長い間気になっていましたが、これはこういうものなんだ、と自分を納得させていました。でも、治療直後から、吸気時に肺が奥までしっかり広がって空気が入っていくのが自分でもはっきり判って、すごく気持ちが良くて感動しました。その後1ヶ月経っても、ずっとその状態が続いています。
 検査技術が格段に進歩し、簡便でかつ精密な検査が可能となっていく中で、私たちは医師として自分自身の五感を使って患者さんを診察することがだんだん不要になってきました。一般的な社会生活においても、コンピュータに囲まれて生活している現代の中で、画像や数値化されたデータを用いていろいろな判断を下す習慣が定着してきた結果、自分の身体や周りのモノや出来事に対する人間本来の感覚がだんだん鈍くなってきているようにも思います。このMuscle Energy Techniqueでは、ごくわずかな骨の位置の歪みや出っぱりを指で触れて診断、治療します。自分がこれまで使って来なかった感覚を使うので、始めはさっぱり触知できませんでしたが、だんだん判ってくると、レントゲンなどの検査器具がなくても、ここまで診断できるのか、と感動しました。逆に、これだけ微小な異常は、画像には映らないかもしれないとも感じます。
 ところで、たまに日本に帰国すると、コンビニエンスストアに立ち寄っただけでも、「日本って素晴らしい」とつくづく思います。ジュース一本買っただけで、あんなに感謝されて、丁寧におじぎまでされたら、もっと買いたくなってしまうくらいです。これはほんの一例ですが、日本という国の美しさ、素晴らしさを、日々改めて認識するアメリカ生活でもあります。
 常日頃感じていることを、拙文ながら書かせて頂きました。最後まで読んで下さって、ありがとうございました。また、私の留学生活は、家族の協力と理解によって支えられてきました。最後に家族のメンバーに感謝して、筆を置かせて頂きます。


 
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