LAC参考文献


原文は、Journal of American Medical Association, 267(10), 1349-1353, (1992)に掲載されています。
これは、「実験動物海外技術情報」: No.39 (1994) に掲載されたものです。
編集者に許可を得て掲載しています。




ある研究所でのヌードマウスに関連した
リンパ球性脈絡髄膜炎の集団発生

Lymphocytic Choriomeningitis Outbreak Associated With Nude Mice
in a Research Institute

Clare A. Dykewicz, MD, MPH; Virginia M. Dato, MD;
Susan P. Fisher-Hoch, MD; Marilyn V. Howarth, MD;
Gilda I. Perez-Oronoz, MSPH; Stephen M. Ostroff, MD;
Howard Gary, Jr, PhD; Lawrence B. Schonberger, MD, MPH;
Joseph B. McCormick, MD
(Division of Viral and Rickettsial Diseases, NCID, Atlanta, GA)
翻訳:佐藤 浩
長崎大学医学部附属動物実験施設

キーワード:総説、LCMV、人獣共通感染症

要 約

目的:ある癌研究所の職員の1人がリンパ球性脈絡髄膜炎と診断された。これを契機にこの研究所では職員間におけるリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(LCMV)感染の程度・規模と感染の危険要因を解明する調査が行われた。
 計画:病歴、職歴、作業内容、生活環境等の逆行的コホート研究
 場所:米国のある癌研究所
 対象:研究所職員90人のうちの82人
 測定:LCMVに対する血清抗体
 結果:
 7人(9%)がIgG抗体価16倍以上で明らかにLCMV感染と考えられ、この他1人(1%)はIgG抗体価が8倍で擬陽性であった。合計で検査対象職員のうち10%にLCMV感染が広がっていたことが明らかとなった。感染していた職員全員が動物もしくはその組織を取り扱った経験を持っており、動物種別ではヌードマウスの場合が多いという結果が得られた(P<0.02)。そこでこの研究所でヌードマウス関連の仕事を行っていた31人に絞りこんでその仕事内容を調査すると、感染者の仕事内容はケージの洗浄(P<<0.001)、床敷の交換(P<0.01)、給水瓶の交換(P<0.001)という結果となった。この研究所では今回の感染発症事故がおこる以前からLCMVに感染した腫瘍細胞をヌードマウスに接種する仕事を行ってきたが、最近になってヌードマウスの飼育数が増加し、さらに実験期間も長くなってきていた。これらの変化が飼育室内でのLCMVの量を増加させ、職員におけるLCMV感染の発生に一時的に関与したのであろう。
 結論:
 今回のLCMV発生は、1974年以降初めてのヌードマウスに関連したものである。これは研究室においては依然としてLCMV感染事故が発生する危険性が残っていることを示すものである。またヒトにおける症状は特徴的でないので、臨床医は実験用げっ歯類の取り扱いの経験を訴える患者の診察において、LCMの診断を考慮にいれるべきである。

本 論

緒言:
 LCMVはアレナウイルス属のウイルスで、研究室においてバイオハザードを引き起こすものの一つとして古くから認識されてきた。持続感染の原型とされるLCMVは免疫不全や免疫未成熟なげっ歯類に感染すると、無症状でしかも一生涯高力価のウイルス尿症を起こす。感染動物と接触した人は、無症状から重篤な髄膜脳炎までの幅広い症状を呈する。しかし、先天的感染や死亡例は希である。  1965から1974年までの間に、米国内研究施設で3件のヒトのLCMV感染の発生報告がある。いずれの発生もLCMVに感染した腫瘍細胞を接種されたハムスターを仲介としたものである。この他にも研究施設内で感染したリンパ球性脈絡髄膜炎の散発例の報告もある。一方1973年から1974年にかけては、市販のペットのハムスターを感染源とした一般人のLCMV発生の報告がある。このペットのハムスターからのLCMV感染と当時の研究施設におけるLCMV感染の流行とは疫学的関連性があったと報告されている。また当時の西ドイツで1968年から1971年にかけて起きたリンパ球性脈絡髄膜炎の発生は、感染したペットのハムスターとの接触が原因と考えられている。 1974年以降LCMの発生報告はない。これは実験施設におけるバイオハザードに対する管理体制が整ったためと考えられる。しかしLCMV感染と認識されない散発的ケースや、微生物学の知識に乏しい研究室で動物実験が行われる場合に、発生が起きる可能性は依然続いている。LCMV発生報告が少ないがために研究所自身も、また医師も研究施設職員への感染の危険性を過小評価している。このことがヒトのLCMV感染を見落とすことにつながっている。

背景:
 1989年、米国内のある癌研究所で職員の間にLCMV感染の発生が起こっていることが確認された。この研究所は動物モデルを用いて癌の免疫療法、化学療法、免疫学的診断のための試薬を研究開発していた。このような薬品は研究所の動物飼育管理施設で開発されてきたが、この施設では過去3年にわたって実験用動物の感染症の有無を定期的にセンチネルを使用して検査してきた。この時期、研究所には9つの飼育室があり、主にハムスター並びにBalb/Cとヌードマウスを代表とする数系統のマウスを収容していた。1989年前期には毎月約100匹のハムスターと800匹のマウスが導入されていた。飼育室、特にヌードマウス飼育室への入室は飼育管理のための職員と若手の研究者に限られていた。ところが不手際により1988年8月から1989年3月までの検査が行われなかった。このことに気がついて1989年3月に検査を再開したところ、いちばん古いセンチネルのハムスターがLCMV抗体陽性を示した。1989年5月、ハムスターと接触した経験のない飼育管理職員(初発患者)が無菌性髄膜炎と診断された。この時すでにセンチネル動物からLCMV抗体が検出されていたので、研究所ではこの職員にLCMV感染の検査を受けさせた。その結果、IgM抗体が検出されたこと、2週間後の再検査でIgG抗体が4倍に上昇したことから急性LCMV感染であることが確認された。
 その後の研究で1964年以来、研究所で実験に用いられてきた研究所独自の特許細胞株がLCMVに感染していることが明かとなった。さらに他の職員がLCMV感染と合致する症状を届け出てきた時、この調査が開始された。

方法:
 LCMV感染の実態を調査するために、1989年8月22日から29日の間に職員から採血し、LCMV抗体有無の検査を行った。加えて職員各々にペット、仕事内容、使用腫瘍細胞株や動物との接触、仕事上のけが、職歴並びに既往歴を調査した。間接蛍光抗体法(IFA)でIgG抗体価が16倍以上であれば明かなLCMV抗体陽性とし、8倍であれば擬陽性とした。罹患時期を知るためにIgG抗体陽性の場合には併せてIgM抗体もIFAで調べた。これらの検査は米国ジョージア州アトランタにある疾病管理センター(CDC)で行われた。
 退職職員にもかつて感染があったかどうかを調査するために個人記録を見直し、上記の特許腫瘍細胞株を取扱って動物実験を行った可能性のある職員および共同研究者を選び出した。この人達にも面接し採血を行った。一方、研究所外の一般市民のLCMV感染の状況を知るために研究所の近くの血液センターから145人分の血液サンプルの分与を受け、CDCで抗体の検査を行った。研究所の動物と細胞株がどれくらいLCMVに感染しているかを調査するために、各飼育室の動物の血清または腹水と腫瘍細胞株のサンプルも採取し、これらについてもCDCで直接蛍光抗体法によるLCMV抗原の検出またはウイルス分離を行った。この当該研究所及び以前共同研究をしていた研究所から得られた凍結保存中の特許細胞株についてもLCMVの分離を行った。動物実験の期間と1986年から1989年までの動物の使用数及び購入数についても調査した。
 腫瘍細胞株のウイルスの力価測定は、腫瘍細胞サンプルの10倍希釈材料と未希釈材料を各々100μlづつをVero/E6細胞に接種し、37℃30分吸着させた後、培地を加え5ないし8日間培養した。培養細胞は直接蛍光抗体法により抗原を検査した。IgG及びIgM特異抗体の検査には市販の抗標識グロブリン(英国ウエルカム社)を使用して間接法で行った。
 測定データは、Epi Info Version 5 Program(CDC)のソフトを使用し、Greenland-Robinsの公式を用いて relative risks(RRs)のための 95% confidence intervals (CIs)を計算した。RRs が定義できないときは、noncentral hypergeometric distributionを基にして odds ratios (ORs) に対する exact 95% lower limits が計算された。正確なo-tailed probabilities の算出には Fisher's Exact Test を用いた。non-normal distributionを持つ continuous variables にはKruskal-Wallis test が用いられた。統計学的有意差はP<0.05として定義した。

結果:
 1989年8月において勤務していた職員90人中82人(調査率91%)に対し、面接とLCMV抗体の検査が行われた。82人中7人(9%)が明らかなLCMV感染陽性で、1人(1%)は擬陽性を示し、合計10%の職員にLCMV感染があった。抗体陽性の8人の職員の平均年齢は32才(23才から40才の範囲)で4人(50%)が女性であった。年齢、性別、人種は抗体陰性の職員と特に差がなかった。抗体陽性職員の勤務年数は動物施設で平均1.6年間(4ヶ月間から6年間)であり、また研究室勤務が平均4.9年間(1年間から15年間)であった。この数値は抗体陰性職員と差がなかった。過去6ヶ月から9ヶ月の間に感染したことを示唆するLCMVのIgM抗体価の16倍以上が初発患者を含む2人に認められ、3人目の患者は16倍であった。計8人の抗体陽性職員の内6人(75%)は風邪またはインフルエンザ様の症状で一日以上仕事を休んだ経験があった。抗体陰性の職員では74人中37人(50%)(RR=2.7; 95% CI, 0.6, 12.7; 有意差なし)であった。 最近に感染した3人の患者から届け出られた症状はいずれも呼吸器、消化器、筋肉・骨格系統の不調を含む非特異的なものだった(表1)。8人の抗体陽性職員のうち、2人は急性の発熱で入院した経験があった。逆行的調査で見つけられた患者の場合は、1988年の8月に二相性の病状をもって発病し、強い頭痛、おう吐、下痢、倦怠感、咽頭痛、腹部の圧痛、不快感など様々な症状を呈した。結局、この27才の職員は軽い脱水症状を伴った胃腸炎だと診断されて病院から退院したが、1年後の1989年8月の検査時点でIgG抗体価は64倍であった。2人目の入院患者(初発患者)は1989年5月に無菌性髄膜炎で入院した(表1)。抗体が確実に陽性であった7人は動物飼育管理職員と若手研究者であり、擬陽性を含め8人全ての抗体陽性者は当該研究所で動物もしくはその臓器に直接触れたり取り扱った経験を有していた。このような仕事経験を有する職員53人中8人(15%)が抗体陽性で、逆に接触したことの無い職員29人には抗体陽性者はいなかった(exact 95% lower limits for the OR, 1.30; P<0.05)。飼育管理職員と若手研究者10人に限れば実に7人(70%)が感染していた。研究所の管理職9人中1人が疑陽性であった。この職員は過去に広囲 にわたる動物取り扱いの経験があった。これらの結果から動物の取り扱い経験の無い29人はLCMV抗体陰性であったので、これ以後の解析は中止した。
 抗体陽性の8人はいずれも研究所内でヌードマウスとBalb/Cマウスを取り扱った経験があると報告した。しかしながら、動物及び臓器を取り扱った53人中で抗体陽性の職員はヌードマウスに関連した仕事により多くの時間(週平均10時間)を 過ごしていた者に限られていた。一方、抗体陰性の職員はヌードマウスと接触した。時間は、週平均1時間と短時間のグループであった(P=0.001, Kruskal-Wallis)。さらにヌードマウスに関連する仕事の職員31人中8人(26%)が陽性、ヌードマウス以外の動物の場合は22人中陽性者はいなかった(exact 95% lower limits for the OR, 1.84; P=0.01)。これに反し、Balb/Cマウスに焦点を絞ると、それに接触する仕事を行っていた職員では45人中8人(18%)が陽性、関連の無い8人には陽性者はいなかった(exact 95% lower limits for the OR, 0.39;有意差なし)。同様にハムスターにスポットを当ててみたところ、接触した23人中5人(22%)が陽性、関連の無かった30人中3人(10%)が陽性であった(RR=2.2; 95% I, .6,8.2;有意差なし)。
 研究所の調査対象82人中31人(38%)のみが当該研究所のヌードマウスを取り扱った経験を有していた。これらの31人中、抗体陽性の職員が行っていた仕事はヌードマウスの床敷交換、ケージ洗浄、給水瓶の交換でこの3種類の任務は特にLCMV感染と関係が深かった(表2)。これら3種の仕事は通常同時進行の性質のものであり、各々別々に感染との因果関係を評価することは出来なかった。抗体陽性と診断された職員のその他の経験、行動、生活環境についても調査した。ヌードマウスに噛まれたとか爪でひっかかれた、研究所内の実験中の刺傷、切傷、農家育ちとかペットを飼った経験とLCMV感染との関係は認められなかった。さらに全ての抗体陽性者は動物、動物の臓器および細胞株を取り扱うときは手袋とマスクを着用していたと 回答した。
 すでに退職した職員34人中21人(62%)と共同研究者12人中8人(67%)について採血と面接が行われた。これらの人達も1972年以降動物実験で特許細胞株を扱い、LCMV感染の危険にさらされていたことになる。調査した29人中2 人(7%)がLCMV抗体陽性であった。2人ともIgG抗体価は16倍であったがIgM抗体は陰性であった。2人ともヌードマウスに関連した仕事の経験があり、1人は1983年から1984年、もう1人は1986年から1987年にかけて働いていた。血液センターから得られた一般市民145検体中1検体だけ(0.7%)がIgG抗体価が16倍で陽性であった。退職者の抗体陽性率が7%であったことは、一般人の0.7%よりかなり高く(RR=10.0; 95% CI, 0.9, 107; P=0.07)、最近の職員の陽性率10%に匹敵する(RR=14.2; 95% CI, 1.8, 111; P=0.001)ものであった。
 当該研究所の動物の血清80検体をCDCで検査した結果、5検体(6%)が抗体もしくはウイルスが陽性であった。この5検体はすべて担癌動物由来であった。このうち2検体はBalb/C由来で、IgG抗体が陽性であったが、ウイルス分離は陰性であった。残り3検体中少なくとも2検体はヌードマウスから採取した材料でウイルス分離陽性であった。
 細胞株70検体中13検体(19%)が、培養または抗原検出法により陽性であった。抗原陽性の細胞株全てが過去ヌードマウスを含む動物で継代されていた。また凍結保存されていた特許の腫瘍細胞株の8検体中5検体からもLCMVが分離された。LCMVが感染していた一番古い細胞株は1975年の細胞であった。1975年から1978年にかけ共同研究のため別の研究所に分与された細胞株はLCMV陰性であった。
 腫瘍研究の記録を再調査したところ、特許の腫瘍細胞株は当時組織培養系で継代出来なかったために、1980年代の半ばまでの約20年間はハムスターの頬袋で継代 していたことがわかった。そのあと研究者たちはハムスターとヌードマウスとを相互に継代するようにした。この変更は職員の被爆の危険を減らし健康を守るために行われた。というのは、ヌードマウスはハムスターより体重が小さいために腫瘍の転移を追跡するための放射性同位元素ラベル抗体の量が少量で済むメリットがあったからである。1988年迄には特許の細胞株を含むいくつかの腫瘍細胞株はヌードマウスで良く増殖し継代出来るようになった。その結果、導入されたヌードマウスの数が1986年に760匹であったものが1989年には4,176匹に急増した(図1)。1988年の後期までには、数の増加と時期を同じくして研究所ではそれまでヌードマウスを使用した実験期間を3週ないし4週としていたものを最長3ヶ月ないし4ヶ月に延長する措置をとった。この措置によって職員がヌードマウスに接触する年間の累計時間は1986年の22倍となった(図2)。

コメント:
 今回の発生ではLCMVの実験室内感染が未だに潜行し、継続している問題であることを認識させられた。全ての研究機関特に腫瘍の研究のための動物を使用する研究所では動物や腫瘍細胞株がLCMV感染していないかを注意深く定期的に調査して、人への感染の危険を少なくしなければならない。不幸なことに微生物学的知識に乏しい研究機関では動物から人へのゾーノーシス感染の危険性を正確に評価できず、計画性のない検査をしたり、場合によっては全く検査をしていない場合さえある。
 当該研究所の腫瘍細胞株には少なくとも過去15年にわたってLCMV感染があり、過去に職員に感染していたことも明らかであるが、1989年までは職員に集団の感染があることすら分からなかった。この集団発生は皮肉にも職員の健康を考えて、腫瘍細胞を用いた動物実験をヌードマウスに変更したため起こったと考えられる。ヌードマウスにLCMV感染腫瘍細胞株を繰り返し接種したことと、ヌードマウス間での水平感染の成立が相俟って、急膨張したヌードマウスコロニーは持続性のLCMV尿症の状態を形成したと思われる。こうして研究所内のLCMV量が爆発的に増加し、ひいては職員へ感染する結果になった。研究所での職員のLCMV感染の主たる危険要因はヌードマウスとの接触であった。このことは生物学的に考えても妥当である。それは新生仔マウスや免疫抑制状態の成熟マウスと同様にTリンパ球の欠如したヌードマウスではLCMV感染は無症状でしかも持続感染の状態であったと予想され、ヌードマウスが感染源になったものと考えられる。感染マウスは糞便、唾液、鼻汁および尿にLCMVを排泄する。さらに尿中に排泄された高単位のウイルスが床敷やその他の器材を汚染し、非常に危険な感染源となったと考えられる。
 当該研究所の職員への正確な感染ルートの解明は不能であった。感染した職員全てが感染した動物との直接的接触、及び感染動物や汚染器材からのエロゾール暴露の間接的接触の両方の機会を有していた。以前からげっ歯類から人への感染ルートとしてこの2つが考えられてきているが、いずれも不適切な排気と換気、不適切な消毒薬の使用による施設での生物災害に対する安全管理の落度によって感染機会が増強される。しかし飼育管理以外の職員に感染がなかったことは、飼育室内のエロゾールが飼育室外に出て感染源とならなかったと考えられ、飼育室に入室する人を制限している施設の方針が有効に働いたものと思われる。
 血液センターから分与を受けた検体(一般市民由来)のLCMV感染率(0.7%)が研究所職員の10%に比べはるかに低い陽性率であったのは、職員が研究所内で感染したことを示唆している。しかしながら二つのグループは統計学上は直接比較できるものではないのでその評価には注意が必要である(例えば1989年の血液センターから分与を受けた検体は、おもに白人の男性で年齢は17才から65才と研究所職員のものに比べ年齢層は広かった。R. Koshyからの私信。1989年8月22日)。事実、米国の都会在住献血者由来でのLCMV抗体陽性率というのは、他で調査された人口での2.2%から11%という範囲の抗体陽性率よりもずっと低かった。しかしこれらの報告の多くは対象とした人、測定方法が異なるために単純比較は出来ない。米国内、特に研究所におけるLCMV感染の発生率と健康への影響は現在不明である。この点を明らかにするため、今後さらに血清疫学的な調査が必要である。
 LCMVが研究所の特許腫瘍細胞株にいつ、どの様にして入り込んだかは不明である。遅くとも1975年にはこの細胞株はLCMVに感染していた。事実、退職した幾人かの共同研究者達は今回とは別のLCMV集団発生があった時期、すなわち1973年までには細胞株が汚染していたと信じている。今回の発生からたとえ1回でもLCMVが研究施設に入り込むと、細胞株や動物にひそかに感染が広がり20年後職員に感染の集団を引き起こす可能性があることを示した。1970年代に少なくとも2人の共同研究者にLCMV感染腫瘍細胞株が分与されていたので、最終的には感染者の数は増える可能性がある。今回のLCMV感染事故の様な不注意による拡大を防ぐためには、研究所間で分与するにあたっては細胞株が迷入因子によりなんらかの感染をしていないかをスクリーニングする必要があることを強く示している。
 動物コロニーにおけるLCMV感染を研究所内モニターシステムが約3年間有効に検知できなかったことは、LCMV感染がヌードマウスで無症状であること、さらに人が感染しても特異的な症状を示さないことも手伝って不安を募らせる。実際、抗体陽性だった職員で入院した2人の内1人は胃腸炎とおそらく誤診され、もう1人もLCMV感染の検査を研究所が勧めたために診断できたにすぎない。重症のウイルス感染や無菌性髄膜炎、とりわけ職業上実験用げっ歯類に暴露した経歴があるときにはLCMVによる感染が鑑別診断で考慮されるべきである。的確な診断は患者への迅速な療に必要なだけでなく、LCMV感染が他の人や動物に広がるのを防ぐためにも必要である。
 実験動物におけるサーベランス指針は既に設けられているが、特に免疫抑制動物と免疫不全動物に関しては、より感度の高い検出方法の開発が必要である。それまでの間は全ての研究所は動物及び細胞株の迷入因子による汚染を定期的に検査すべきである。LCMVの発生は当該勤務先の「血清銀行」に保存している職員の血清を検査すれば検出可能であるが、研究所の調査委員会は秘匿事項、インフォームドコンセント、プライバシーを保証するため血清を注意深く管理しなければならない。
 もしLCMV感染が疑われ、もしくは証明されればその感染源を調査する必要がある。腫瘍細胞や動物のLCMV感染を見逃すと以後長期に渡って職員の健康と実験結果に悪影響を及ぼすことになりかねない。今回の感染事故の反省から、細胞株、免疫抑制動物、免疫不全動物を取扱うためのバイオセーフティ指針の再検討が計画されている。

        表1.IgM抗体陽性職員についての詳細


特徴 IgM抗体陽性職員
1(初発患者) 2 3
年齢 23 35 33
人種 白人 アジア アジア
性別
人種 白人 アジア アジア
感染時期(月/年) 5/89 6/89 6/89
発病期間 8週 10日 16週
IgM抗体価(1989年8月) 64 ±16 16
IgG抗体価(1989年8月) 256 256 256
発熱
二峰性発熱
悪寒
筋肉痛
関節痛
踝から先の腫脹
倦怠感
疲労感
激しい頭痛
咽喉痛
胸部痛
呼吸困難
発咳
嘔吐
腹痛及び腰痛
肋骨・脊椎部圧痛または背痛
脱毛


  表2.ヌードマウス関連業務の職員(31人)におけるLCMV*感染の危険要因


ヌードマウスとの接触 接触した職員の感染率(%) 接触していない感染率(%) Exact 95% Lower Limitsfor the Odds Ratio P**
床敷交換 8/17(47) 0/14(0) 2.60 P=0.003
給水瓶交換 8/15(53) 0/16(0) 3.69 P<0.001
ケージ交換 8/12(67) 0/19(0) 3.69 P<0.001

* リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス、** Fisher's Exact Test (two-tailed)