LAC参考文献


原文は、PH. Dreeszen Lab Animal 22 (8): 36-40 (1993) に掲載されています。
これは、アニテックス(研成社) 6巻(2号)、p99-103、1994 に掲載されたものです。
編集者に許可を得て掲載しています。




ミルウォーキー病 - 病める市水と実験動物に対する潜在的脅威

Paula H. Dreeszen

大沢一貴、佐藤 浩
長崎大学医学部附属動物実験施設

 研究施設では実験動物に市水をそのまま疑いもなく供給するのが普通である。それで安全といえるだろうか? 私たちのほとんどが、蛇口から流れ出る水の安全性について疑いをもっていない。しかしミルウォーキーでは、その信頼が揺らいでいる。
 1993年 3月下旬から 4月上旬にかけて、ある飲用水供給施設 (以下施設) のトラブルから流行がおこった。当局が、4月 7日に水を媒介としたクリプトスポリジウムが原因と確認し、水道水を煮沸してから飲むよう勧告した。それ以来、ミルウォーキーではこの原虫が、家庭内での日常単語となった。この原虫は、ミルウォーキーでは推計 37,000 人に感染し1)、激しい下痢や腹痛、吐き気、嘔吐、発熱をもたらす。
 " ミルウォーキー病 " が地方のトップニュースになった。実験動物は、感染しているものの発症はしていないようである。以下のような情報を提供する。1) クリプトスポリジウム事故を二度と起こさないために、2) この微生物に対する知識の必要性、3) 市水がいかに汚染され、動物実験のデータに影響を及ぼしかねないという事例。



ヒトのクリプトスポリジウム症
 水媒介性のクリプトスポリジウムは Cryptosporiosis (クリプトスポリジウム症) という下痢症を起こす。オーシストのステージで感染し、宿主の小腸の細胞内で増殖する2,3)。 感染後 4〜14日目になって症状が顕在化する。この疾病に対する特効薬はなく、対症療法として輸液が行われる。免疫系が正常であれば、3〜30日間下痢が続き、自然治癒するが3)、腫瘍、エイズ、移植患者や乳幼児、老人では生命を脅かしかねない2,3)。 ミルウォーキーAIDS研究班は、AIDS患者の 48%がクリプトスポリジウムに罹患していたと報告している4)。1993年5月の初旬には、ミルウォーキーでの死者の12人がクリプトスポリジウム症と関係していると考えられており、例えば 71歳の女性は、この病気による激しい下痢と脱水により死亡している5)。3カ月を経過した今日でも、ミルウォーキージャーナル誌は、エイズ患者のクリプトスポリジウム症による死亡欄を掲載している。総じて、クリプトスポリジウム症の経過と重症の程度は、年齢、免疫機能、過去の感染経歴に依存している。


    表1

魚 類
ハギ (Naso lituratus)
コイ (Cyprinus carpio)
は虫類
アカハラクロヘビ (Pseudechis porphyriacus)
アカダイショウ (Elaphae guttata)
Elaphae subocularis
マダガスカルボア (Sansinia madagascarensis)
ガラガラヘビ (Crotalus horridus)
鳥 類
ニワトリ (Gallus gallus)
シチメンチョウ (Meleagris gallopavo)
コリンウズラ (Colinus virginianus)
クジャク (Pavo cristatus)
クロハシキンセイチョウ (Poephila cincta)
ガチョウ (Anser anser)
アカボウシインコ (Amazona autumnalis)
哺乳類 
アカゲザル (Macaca mulatta)
ボンネットモンキー (Macaca radiata)
カニクイザル (Macaca fascicularis)
ウシ (Bos tauras)
ヒツジ (Ovis aries)
ヤギ (Capra hircus)
ウマ (Equus caballus)
ブタ (Sus scrofa)
シカ (3種)
リス (4種)
ホリネズミ (Geomys bursarius)
ジリス (Tamias striatus)
ビーバー (Castor canadensis)
マスクラット (Ondatra zibenthicus)
ウッドチャック (Marmota monax)
ウサギ (Oryctolagus cuniculus)
ワタオウサギ (Sylvilagus floridanus)
Exotic undulates (〜14種)
マウス (Mus musculus)
モルモット (Cavia porcellus)
イヌ (Canis familiaris)
コヨーテ (Canis latrans)
キツネ (Vulpes vulpes)
オオミミギツネ (Otocyon cineroargenteus)
ネコ (Felis catus)
シマスカンク (Mephitis mephitis)
アライグマ (Procyon lotor)
アメリカクロクマ (Ursus americanus)

動物に対する影響
クリプトスポリジウムは、1907年 Tyzzer によって実験用マウスから分離された3)。それ以来、他の多くの動物種でも感染していることが証明されている。クリプトスポリジウムの感染は、家畜のほか、野生の哺乳動物、鳥類、は虫類、魚類でも知られている3,6)。(表1)。多くの哺乳動物が、ヒトへの感染の中間宿主の役割を担っている可能性がある。ヒトを含めた動物が水源を汚染することが、クリプトスポリジウム感染症の異種間感染の危険を助長しているともいえる。
 この原虫は宿主域が広く、実験動物のほかにペットや輸入動物への感染も危惧される。宿主動物種の多くは、若齢個体や免疫系に異常のある個体が発症のリスクを負っている3,6)。ウィスコンシン州ミルウォーキー医科大学では、免疫抑制剤を投与したヒヒに与える水を、いったん煮沸した水に変更した7)。ヌードマウスには、すでにオートクレーブ滅菌水が与えられており、クリプトスポリジウムに汚染された水が供給されることはない。同大学では、他の動物は免疫系に異常もなく、水道水を供給していたこれまでにも臨床症状を示すことはなかったので、特別な予防措置をとらずに連続して症状を観察するにとどめた。さらに、ミルウォーキーの 4つの動物実験施設では、免疫力の低下した動物を飼育しておらず、煮沸勧告の後もなお水道水の供給を続け、症状をモニターしているところである。ミルウォーキー郡立動物園では、多くの哺乳動物への水道水の供給を止めて、より安全な水を与えている8)。ペットの飲用水も煮沸するよう勧告されている。
 これら 5つの動物実験施設と動物園では、クリプトスポリジウムによる臨床症状は、これまでのところ認められていない7-9)。しかしながら、感染を否定するだけの検索を行ったグループがなく、今日まで感染が起きていなかったかどうかを確かめることができない。ヒトでみられるような感受性の違いが、クリプトスポリジウム症の発症を抑えているのかもしれない。免疫機能の成熟した実験用マウスに Criptosporidium parvum のオーシストを接種すると、発症に充分な原虫数に達することなく排除されてしまう10)。免疫機能の低下した動物に対する上記の予防措置が、発症を抑えている可能性もある。感染を受けたペットの数を知るに充分な記録は、まだ報告されていない。

ミルウォーキーの市水に含まれるクリプトスポリジウム
 誰でも抱く疑問は、゛クリプトスポリジウムがどうやって市水に混入したのか ?゛ということであろう。゛飲用水供給施設の一つで濾過過程にトラブルが発生した゛というのがその一つの答えである。鉛の混入を解決するために講じられた処理行程の変更がその遠因となった。
 ミルウォーキーでの水処理は、多くの自治体と同様に凝集と濾過の行程からなり、これらにより、病原体を含むほとんどすべての粒状物を取り除くことができるはずである。しかし、春になって雪解け水や雨が大量にミシガン湖に流れ込み、処理行程のトラブルがかさなって、クリプトスポリジウム汚染が発生したようである。
 当局が病気を追跡調査した結果、ミルウォーキーの市水がクリプトスポリジウム症の原因であることを突き止めるとともに、煮沸勧告をだし、まもなく、この水質問題は終焉を迎えた。

この問題はミルウォーキーに限ったことではない
 ミルウォーキーの市水が、クリプトスポリジウムに汚染された最初の例ではなく、1984年以来、テキサス、ジョージア、オレゴンの各州とカナダのオンタリオ州で発生している2,3,11)
 クリプトスポリジウムのオーシストは水のある環境の広く分布している。この原虫の最大の汚染源は、人間の生活排水と乳製品工場や牧草地などからの農業排水である。有史以前の湖や河川の地層の 83%からクリプトスポリジウムが発見されていることから3)、人間以外の動物も重要な汚染源であることがわかる。ペンシルバニアにある 132カ所の表層水処理施設を調査したところ、原水のほぼ半数の処理水からクリプトスポリジウムが検出された。EPA (環境保護局) 基準に則って管理されている処理水でさえも、汚染が見つかっているのが現状なのである。

クリプトスポリジウムに有効な水処理法
 クリプトスポリジウムのオーシストは頑丈な卵形の 殻を持ち、水処理業界が遭遇する最も厄介な微生物のひとつである。塩素処理にもかなり抵抗し、不活化するには塩素濃度 80 mg/l で、25℃、2時間暴露する必要がある13)。市水の塩素濃度 0.5〜1 mg/l や、一般の実験室で殺菌に用いられる濃度 2〜10 mg/lと比べても、かなり濃いことがわかる。紫外線処理も効果がない14)
 口径 1μm 以下の濾過処理で完全に除去することができる。直径 4〜5μm のオーシストは、多少柔軟性があって、3μm の濾過膜を通過してしまう。
 逆浸透膜は有効である。これは、浮遊物質や細菌、発熱物質、分子量 200 以上の有機物、不溶性無機物を除去することができ、クリプトスポリジウムに有効な他の処理方法と異なり病原微生物以外の多くのコンタミをも除去することが可能である。
 逆浸透膜を利用している数カ所の施設は、実験データを左右するような水の汚染を効果的に除去することを証明した。逆浸透処理は、特定のコンタミ防止に加えて、飲用水の水質向上および立地条件や季節によっても影響されない、より均質な水の供給を可能にする。

米国民の飲用水の安全性
  EPA によって "wake-up call" と名付けられたミルウォーキーでの今回の事故は、飲用水の安全に関する条例 (Safe Drinking Water Act) についてのヒアリングでも大きくとり上げられ、飲用水の問題を米国民全体に注目させる結果となった。1993年、GAO (会計検査院、General Accounting Office) が以下のような項目を発表した15)

  • 5つの州で施設を調査したところ、4州で欠陥が見つかった。
  • そのうちの 60% の欠陥は直ちに改善されることなく、以前に指摘された箇所がそのまま放置されていた。
  • 大半の州で、水質異常を予防できるような査察を定期的に行っていなかった。
  • EPA は 3年ごとに査察することを推奨しているが、10年以上も査察を受けていない施設もあった。
  • 施設査察員のほとんどが、正規のトレーニングを受けていなかった。

1993年の EPAレポートによれば、水源の河川・湖沼が病原微生物に汚染されているにもかかわらず、15州、およそ100の都市に供給する施設で、その侵入を防止するためのフィルターを設置していなかった15)。Water Technology の論説でうたわれているように16)、この統計値からすると水は安心できないもののようである。安全な飲用水を提供するという宿命を抱えた施設では、予算の削減に直面しており、このような現状では、ミルウォーキーでの被害が他の場所でも繰り返される可能性が高いといえよう。

実験動物の飲用水の安全性: 誰がコントロールするのか ?
多くの実験動物施設の飲用水は、水質が均一で、EPA基準をクリアーした水を供給しているはずのその地域の水処理施設に依存している。このクリプトスポリジウムの流行は、市水がいかにして汚染され、その結果、動物モデルなどの研究データに影響を与えかねないという事例の一つにすぎない。
 ミルウォーキーでは、この問題が原虫に起因するものであったが、読者の皆さんの地域では他の微生物であったり、有機溶媒。農薬、重金属が原因となるかもしれない。施設は、飲用水が健康増悪物質を大量に含むことが明らかになった場合、速やかに報告する義務がある。今回、ミルウォーキーでは水か消費された後になって当局が通知を受けた。この事故は、施設の専門官が述べているように ゛ことが水質に及ぶと、施設は充分にコントロールできない゛ということを露呈する結果となった17)
 実験動物の飲用水の安全性をコントロールするための一つの方策は、動物実験施設で水を精製することである。逆浸透処理のように多種多様のコンタミに対応できる "point-of-entry" の精製システムが、動物用飲用水の安全確保のために必要となろう。
 クリプトスポリジウム汚染を経験したミルウォーキーから、何を学ぶべきであろうか ? 私たちは、市水や井水は安全性に乏しく、動物を管理するにあたって充分配慮すべきであること肝に銘じなければならない。




引用文献

1) Hoxie, NJ, Machenzie, WR, and Davis, JP Massive Water Outbreak of Cryptosporidium Infections, Milwaukee: Results of Random Digit Dialing Survey #2, Wisconsin Division of Health, Madison WI, May 19, 1993.
2) Sterling, CR Cryptosporidium: The Water Industry's New Stomachache. Water Technilogy; 13 (7): 50-52, 1990.
3) Rose JB Occurrence and Control of Cryptosporidium in Drinking Water. In: McFeters, GA Drinking Water Nicrobiology. Springer Verlag, New York Inc., New York, 1990.
4) The Milwaukee Journal; April 14, 1993.
5) The Milwaukee Journal; May 2, 1993.
6) Current, WL Cryptosporidium: Its biology and potential for environmental transmission. CRC Critical Reviews Environmental Control; 17: 21-51, 1987.
7) Miller, DB (Director, Animal Resource Center, Medical College of Wisconsin, Milwaukee) Private communication to PH Dreeszen, April 1993.
8) Pedriani L (Director of Public Affairs, Milwaukee Country Zoo) Private communication to K. Schmitz, April 1993.
9) Forman, BR (Associate Research Animal Veterinarian, Department of Environmental Health and Safety, University of Wisconsin Milwaukee) Private communication to PH Dreeszen, April 1993.
10) Current WL and Garcia LS Cryptosporidiosis. Clinical Microbiology Reviews; 4 (3): 325-358, 1993.
11) The Milwaukee Journal; May 1, 1993.
12) Superbug Survives Disinfection. Water Technology; 16 (4): 18, 1993.
13) Korich DG, Mead, JR, Madore, MS, Sinclair, NA, and Sterling, CR Effects of ozone, chlorine dioxide, chlorine, and monochloramine on Cryptosporidium parvum oocyst viability. Applied and Environmental Microbiology; 56 (5): 1423-1428, 1990.
14) A Cryptosporidium Waterborne Disease Outbreak Occurs In Milwaukee, Wisconsin. Water Quality Association Newsletter; No. 581/93: 5, April/May 1993.
15) The Milwaukee Journal; April 16, 1993.
16) Norton, G. ed. Water Technology; 16 (6): 6, 1993.
17) Norton, G. ed. Water Technology; 16 (4): 6, 1993.


参考文献

1) Current, WL and Garcia, LS Cryptosporidiosis. Clinical Microbiology Reviews; 4 (3): 325-358, 1991.
2) Current, WL and Garcia, LS Cryptosporidiosis. Clinical In Laboratory Medicine; 11 (4): 873-897, 1991.
3) Fayer, R and Unger, BLP Cryptosporidium and Cryptosporidiosis. Microbiology Reviews; 50 (4): 458-483, 1986.