LAC参考文献


人獣共通感染症

これは、岡崎国立共同研究機構 生理学研究所における講演の要旨です。
生理学技術研究会報告 19:13-14, 1997

長崎大学医学部附属動物実験施設  佐藤 浩

人獣共通感染症(以後ゾーノーシスと略)は約100疾患数と多数あるが、わが国でライフサイエンス関係で問題となるゾーノーシスはかなり限られている。しかし地球環境の変化や、ヒトと動物との共存が深まるに伴い新しい問題を提起しており、昨今、エイズ、エボラ、ニューハンタ感染症、プリオン病(ウシ海綿状脳症、ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病)、サルのBウイルス感染症、ボルナ病、Q熱等々エマージング、あるいはリ・エマージング感染症関係が世界的に話題を呼びつつある。これらのものの多くはウイルス性のゾーノーシスであるので本研究会ではまずゾーノーシスの概要を総論的に紹介したのち、各論として主としてウイルス性ゾーノーシス、特に動物実験に関連した1)げっ歯類のハンタウイルス感染症とリンパ球性脈絡髄膜炎(LCM)ウイルス感染症を、2)サルのゾーノーシスとしてBウイルスとその予防対策及びサルのエボラ様ウイルス感染症を、3)イヌ類及び野生動物関係としての狂犬病を、4)その他、を紹介する予定である。

1)げっ歯類由来のハンタウイルス及びLCMウイルス感染症について
(1)ハンタウイルス群による疾患は腎症候性出血熱「HFRS、旧名(韓国型出血熱)」と呼ばれ、世界各地、特にスカンジナビア半島、中国北方、元の旧満州や朝鮮半島等で報告され、また日本でも関西を中心として発生例があった経緯は衆知のことである。最近ではバルカン半島における内戦発生に関連しても発生が報告されている。わが国の実験動物界ではSPFラットコロニーの樹立等に努力してきた結果、ほぼ実験動物としては清浄化されたといえるが、港湾ラット等では未だ感染が存在しており注意が必要である。
 ここではエマージングということもあり、1993年から昨年も引き続き発生報告がある米国の野鼠由来ニューハンタ病(最初、ナバホ病あるいはフォーコーナー病と呼ばれた)について紹介する。
(2)アレナウイルス群による疾患の一つにLCM(リンパ球性脈絡髄膜炎)ウイルスがある。動物種の中ではハムスターやマウス(特にヌードマウス)等において持続感染を起こし、高単位のウイルスを一生排出し続ける意味で要注意である。また癌細胞継代に伴い感染事故が起きた報告もある。

2)サル由来Bウイルス及びエボラ様ウイルス感染症について
(1)サルのBウイルス感染はヘルペス属の一種であるHerpesvirus Simiae(α型)によって引き起こされる。旧世界(特にマカク属)サルにおいてウイルス感染が従来から知られており、1932年に米国でウイルス分離報告があるが、わが国でも1960年にタイワンザルから分離報告がされている。このウイルスは自然宿主であるサルにおいてはほとんど発症せず潜伏・持続感染する。ウイルスの排出は抗体陽性サルの約2〜3%程度といわれている。咬傷等によりヒトに伝播するが感染した場合致死的である。世界的にはこれまで23/36(64%)の死亡例が報告されているが、近年、ヘルペスウイルス感染症に対する治療法の進歩により減少している。
(2)1989年米国においてフィリピンから輸入したカニクイザルにおけるエボラ様ウイルスによる感染死亡が起きた。例の“ホットゾーン”である。現在、エボラウイルスには数種類の株がありそれらの病原性は各々異なっている。米国レストンでの流行例では、輸入カニクイザルの163/403(40%)が死亡したが、管理していた人では4名の感染を起こしたものの幸い発病しなかった。このようにレストン株とザイールやスーダン株とでは病原性に大きな違いがあり、前者では後者のような高い病原性が無いことが明らかになっている。

3)イヌ類及び野生動物由来狂犬病について
 先進国ではむしろ狂犬病が増加している。狂犬病が存在している最大の理由は野生動物が宿主になっているためであり、最近では都市型よりも森林型が増えつつある。ヨーロッパでは狐が、北米大陸では狐、スカンク、アライグマ、マングース、コヨーテ、吸血コーモリが宿主になっており、捕獲野生動物を使用した動物実験において注意が必要である。わが国においては狂犬病が根絶されており、海外からの狂犬病の侵入も厳重なイヌの検疫で十分に対応しているといわれているが、最近のペットブームで海外からのアライグマの輸入が増えており、前述のサルの場合と同様に無検疫状態なので注意が必要である。

4)その他
(1)異種移植:最近、米国において「異種移植(Xenotransplantation)」に伴うゾーノーシス「新しい言葉としてゼノーシス(Xenoses)という言葉が使い始められている」の危険性が真剣に検討され始めている。近未来的には我が国でも実情に応じた対応が必要であろう。
(2)ニューモルビリウイルス感染症:1994年9月にオーストラリアで新しいウマ・モルビリウイルス(現在コウモリ・パラミクソウイルスという名前が提唱されている)が出現し、ウマ14頭が死亡、さらにヒト2人が発病し、その中1人が死亡した。モルビリウイルス属には、人のハシカ、イヌのジステンパー、ウシの牛疫ウイルスが含まれている。中和抗体陽性コウモリの存在やコウモリからのウイルス分離も報告されており、野生コウモリ、特に輸入コウモリを使用する動物実験については注意が必要であろう。
(3)ボルナ病:ウイルスは当初ウマやヒツジの脳炎起因病原体としての扱いのみであったが、最近ウイルスやその抗体がヨーロッパを始めわが国でも精神異常者や精神異常ネコから検出されるようになってきた。今後の研究の進展に注意しなければならない。
以上 ライフサイエンスがらみのウイルス性ゾーノーシス(特にエマージング感染症)について簡単に紹介する予定である。