長崎大学医学部附属動物実験施設


生命科学研究の場としての動物実験施設はどうあるべきか

現時点での自己評価と近未来におけるあるべき姿

国立大学動物実験施設協議会
1994年     
目 次

    要旨

  1. 動物実験施設は動物実験指針を厳密に遵守して適正な動物実験を行なうた めに、あらゆる支援的機能を果たすべき施設であり、実験動物学を科学的基盤 とした包括的バイオサイエンス遂行の場である。
  2. 適正な動物実験の遂行には実験動物学を専門領域とする専任教官の役割は 大きく、それ故専任教官がその研究教育活動を十分に行なえるような教員組織 の整備と研究条件の確保が必要である。
  3. 動物実験施設の専任教官が管理運営(支援的機能)から完全に離れること は適正な動物実験の遂行に支障を来すが、専任教官が管理運営から一定の距離 を保ちつつ研究教育活動を行なえるよう、動物実験施設の管理運営に責任を持 つ部分の強化拡充が必要である。
  4. 適正な飼育管理を行なうべき設備、人、技術に関して現状を分析し多くの 問題点を指摘した。老朽化施設の早急な改善、ケ−ジサイズ、空調条件等に関 し科学的根拠に基づいた基準の確立の必要性、実験動物技術者の養成と、養成 された技術者を国家公務員として採用できる制度の改革、定員削減、週休二日 制、行二不補充等による人員不足の解消又は外注を実施しうる予算的措置等が それである。
  5. 実験施設運営経費と研究費の拡充・充実に対する適切な措置は、あるべき 姿を展望する場合不可欠な要件である。
  6. ライフサイエンスの発展により、動物実験は広い学問領域に於て重要な研 究方法となってきている。殆どの国立大学医学部(医科大学、付置研究所)に 動物実験施設が設置されるに至った現在、全学的、あるいは学際的ライフサイ エンス遂行の場としての動物実験施設が必要となっている。
  7. 専門技術者の養成、新しい技術の開発・普及、系統・遺伝子の保存、デ− タベ−スの蓄積と提供等はこの分野での国際貢献・国際交流も含めて、全国レ ベルあるいはブロックレベルでのセンタ−の設置が望まれ、各大学の動物実験 施設は夫々の特殊性を活かして、それに貢献するような態勢の確立が熱望され る。
  8. 序章

     第17回国立大学動物実験施設協議会(平成3年、千葉)資料集(保存板) に明らかにされているように、動物実験施設の在り方、目指す方向、改善策な どは当初より本協議会の重要課題であった。人獣共通感染症の蔓延、自然災害、 オイルショック等様々な試練に遭遇する一方、定員削減や、ゼロあるいはマイ ナスシ−リングという厳しい国家財政への対応等のなかで動物実験施設は実験 医学を支える重要な支援機関としてその役割を果たしてきた。平成2年度第1 回幹事会に於て、動物実験施設の「あるべき姿」を討議し一定の合意に到達す ることの必要性が提起された背景には、国の努力によってほとんどの国立大学 医学部に集中管理型の動物実験施設が省令化されてくる一方で、バイオサイエ ンスの飛躍的発展により、動物実験へのニ−ズが高度化するとともに極めて多 様化して来たことや、動物実験の安全性の確保、研究者の生命倫理への配慮が 強く求められるようになってきたことがある。  現在、全ての国立大学、研究機関は「実験動物の飼養および保管に関する基 準」(昭和55年、総理府告示)、「”動物実験ガイドライン”の策定に関す る勧告」(第80回日本学術会議総会決議、昭和55年)、「動物実験に関す る指針(およびその解説)」(日本実験動物学会、昭和62年)、「大学等に 於ける動物実験について」(学術審議会学術情報資料分科会学術資料部会報告、 昭和62年)、「大学等に於ける動物実験について」(文部省学術国際局長通 知、昭和62年)等に基づいて自ら遵守すべき動物実験遂行上の規範として、 動物実験指針を決定している。その内容はこれまでに蓄積された動物実験と実 験動物に関する基本的概念を反映しており、研究者にそれを広く周知せしめるうえで重要な役割を果たしている。それと同時に適正な動物実験を行ない得る 場としての動物実験施設の重要性もまたより明白になってきた。しかし、動物 実験施設の管理運営に直接かかわる施設長、専任教官、技術職員、事務担当者 等が指針を遵守した動物実験への支援責任と、乏しい人的予算的条件との狭間 で苦悩し続けたのも事実である。  幹事会が提起した「動物実験施設のあるべき姿討議」は動物実験施設の理想 像をイメ−ジしつつ、近未来におけるあるべき姿実現への展望を見出そうとす ることにあった。平成3年度協議会総会(千葉)では「運営および飼育設備等 の適正化小委員会(委員長佐藤徳光)」によって準備された資料を基に問題提 起がなされ、総会とは別に前日に討議会が開催された。その結果は総会に報告 され次年度から総会のテ−マとして討議会を行なうことが決定された。これを うけて、管理運営に関する事項については「運営および飼育設備等の適正化小 委員会(委員長:佐藤徳光)が、研究・教育に関する事項については「学術情 報資料交換システム小委員会(委員長:早川純一郎)」が予備討議と資料作成 を担当し平成4年度総会(新潟)では二つの分科会として討議を行なった。  平成2年度総会資料(長崎)に示されているように、理想像と現実との間の ギャップはどの側面を捕らえても甚だ大きく、このため討議は、遥かに遠い理 想像と足下にある現状打破の為の切実な要求との間の何処に着地点を求めるか 迷いつつ漂ったきらいがなきにしもあらずであった。  しかし、参加者一同の熱意に支えられ、また主催校の努力によって基本的な 問題点が明らかにされ、それらを中心に討議が続けられた。二つの分科会への 参加者からは、ともに他方の分科会の主題抜きには結論に到達できないので合 同の討議が更に必要であるとの意見が多く出され、平成5年度(名古屋)は全 体会議の形で討議を行った。以下、第1〜第3章においては動物実験施設の機 構、教育・研究、管理運営に関する実態と改善目標について、第4章では将来 のあるべき姿について記述し、これまでに基本点での合意は得られたものと考 え、討議の内容を踏まえた上で現時点での総括とした。

    第1章 機構  

      第1回討議会(千葉)では討議の為の素案として下記の様な提案がされた。  科学的、倫理的観点から適正な動物実験を遂行する為に動物実験施設が基本 的に担っている機能には、研究、教育、管理運営の三つの柱がある。各柱の内 容をさらに詳しく吟味してみると、そこにはそれぞれに施設固有の機能と学内 における動物実験の支援機関としての機能との二重性があるのが特徴である。  討議を進めるに当たり支援機能のうち「教育・訓練」「系統・遺伝子等保存」 「情報提供」については他学部との共同利用の形でセンタ−化した方が効率的 であり、大学によってはそのような構想が追及されている。また、全国的視野 で見た場合特定大学(機関)に全国共同利用センタ−を設置する構想も可能で ある。討議素材としては全国的センタ−、ブロック別センタ−、学内センタ− と動物実験施設との関連をそれぞれA,B,C案として提案した。一方、学内 に於ける動物実験施設の位置付けに関する機構としては、現状を整理して部門 化し研究・教育と管理運営とを現状より少し離したD案、数部門からなる研究 施設として構想し、管理運営は完全に独立した機構とするE案、管理部門を独 立させ研究・教育は別のセンタ−とするF案を提案した。  討議の中では、教育・研究機能と管理運営機能とを現状より距離を置いたほ うがよいと言う点ではほぼ合意が得られたが、完全に分離することについては 多くの疑問が出された。適正な動物実験を行なうための管理、即ち実験動物の 遺伝学的、微生物学的制御を基本とした飼育管理、検収・検疫による汚染防止 や疾病管理、空調・差圧・気流・光コントロ−ル等は実験動物学の重要課題で ありそれ自体研究テ−マとなるものである。実験動物学の専門家である専任教 官がこれらの管理から完全に独立することは適正な動物実験の遂行を不可能と する。しかし、事務管理や建物設備保守等はもっと距離を置くことが出来るで あろう。  第4の柱として、「社会的活動」の機能があるとの指摘があった。国立大学、 国立研究機関等はその地域における研究、教育、診療等の中心的存在であり、 共同研は全国的な、付置研は大学における研究遂行の中枢である。従って、動 物実験施設もマスコミ等による取材、市民への啓蒙・教育活動等は機関の一構 成施設としてその責の一部を負うべきものである。また、自治体から譲渡され る実験用動物確保の為の行政との折衝や動物実験に反対するグル−プのはたら きかけにも的確に対応しなければならない。
表1 動物実験施設の機能
    研究
    教育
    管理運営
    社会的活動

  1. 専任教官固有の研究
  2.  ・実験動物科学その他の領域での研究
     ・学会活動、論文・著書等
     ・共同研究・国外からの招聘
  3. 研究計画、論文作成に関するコンサルテーション
  4. 他の領域からの要請による実験動物科学領域の技術開発
  5. 実験動物に関する情報提供等のサービス

  6. 実験動物委員会その他の各種委員会等
  7. 学生教育
  8.  ・講義、実習、セミナー、卒業生等
  9. 院生・留学生教育
  10.  ・院生・留学生受入れ
     ・研究生受入れ
     ・動物実験技術
  11. 利用者教育
  12. 技術者教育
  13. コメディカル養成教育
  14. 学内外非常勤講師
  15. 他の教室の技官、パート、アルバイター等への実験動物取扱技術の訓練サービス
  16.  
  17. 飼育管理
  18.  ・検収、検疫
     ・各種モニター
     ・飼養・管理
     ・系統維持、供給
     ・飼育関連サービス
     ・実験補助
     ・実験室、手術室の保守管理
     ・死体、汚物処理
  19. 事務管理
  20.  ・受付、庶務、経理、人事、用度等
     ・自治体との折衝、渉外
     ・外注管理
     ・事務サービス (呼出等)
  21. 営繕・施設管理
  22.  ・建物、空調設備、エネルギー供給系統の安全保障設備 (警報、自家発)
     ・設備サービス (配線増設等)
  23. 研究に関するマスコミ等の取材への対応
  24. 講演会、シンポジウムの依頼 (市民対象)
  25. 一般書籍、雑誌等への執筆
  26. 国内外学会活動への貢献等
  27. 動物実験反対運動への対応
  28.  現在大学や国立研究機関は新しい時代のニ−ズに応えた研究・教育を担い得 る機構へと大きくかわりつつある。例えば:−

     これらのいわゆる「改革」は、何らかのモデルや定型が提示されているわけ ではなく、大学(機関)毎にいかに独自性を出すか、ユニ−クなものにするか といった点で模索しつつ検討が進められているのが現状である。こうした中で 学部や研究施設、研究所等の統廃合、改組に当たってその中に動物実験施設も 含められることもあり得るであろう。従って動物実験施設の「あるべき姿」を 画一的な機構図として提示しても現実にはその形態は大学(機関)毎で異なる 可能性があるので、どのような場合にも「この点だけは欠かせない」と言う基 本点で合意を形成しそれを提示することが重要なのではないかと考える。  第2回討議会(新潟)で出された意見を集約すると下記のようになる。
      (1)どのような機構の中に置かれようとも動物実験施設はその大学(機関)で定められた動物実験指針を遵守して実験が遂行される場であり、専任教官が置かれる立場は研究・教育が行なえる場所と時間が保障されると同時に、適正な動物実験の遂行に専門家として関与できるものでなければならない。
     (2)動物実験施設が教育・研究上果たす支援的(サ−ビス的)機能のうち、技術職員に対する教育・訓練、遺伝子・系統保存、情報提供などは何等かのセンタ−構想の実現によって無駄を省き、合理化されることが望ましい。
     (3)管理運営機能を機構的に多かれ少なかれ独立させるためには、これを支える技術職員の質的、量的充実と専任の事務官の配置は欠かすことの出来ない条件となる。大学(機関)における動物実験施設の管理運営はそこで行なわれる研究と不可分であり、現場に於ては研究者と技術・事務職員の相互の信頼関係と援助が重要である。これを欠いた場合には適正な動物実験の遂行に重大な支障が生ずることが予測される。
     研究機関に於ける動物実験施設の性格は、その機関が動物実験施設をどのよ うに位置付け、何を期待するかによって大きく変る。研究に用いる実験動物の 生物学的特性や適正な動物実験の方法論を専門の研究領域(実験動物学)とす る研究者を、後継者養成をも含めて必要と考えるならば、さらに学生・院生等 に対する実験動物学と動物実験の基本的事項の教育を重要視するならば、それ に相応しい研究・教育組織と研究の場が保証されなければならない。もし、動 物実験施設が、研究者になり代って動物の面倒を見、飼育しているだけでよい とするならば、専任教官は不要であり、飼育技術を有する技官だけが居ればよ いこととなる。逆に、実験動物の飼育管理は研究者が行い、専門的知識、技術 を有する技術者は不要であると考えるならば、専任教官だけが居ればよいこと になる。  国立研究機関に動物実験施設が設置され、専任教官が配置されてから二十数 年が経過した。この間により高度な信頼性の高い動物実験を求める研究者と動 物実験の専門家との協力により実験動物学が成熟してきた。一方、医学生物学 の飛躍的な発展により、その方法論の一つである動物実験には、国際的にも国 内的にも高品質な実験用動物の使用、適切な動物の選択、動物の適正な飼育管 理等に高い水準の知識、技術、経験が求められるようになってきた。これに応 えるためには、動物実験施設の諸機能が存分に発揮されることが必要である。

    第2章 研究・教育に関する現状と提言

    近代実験医学の発達とともに、動物実験は医学研究の重要な方法論の一つと して、不可欠な領域となってきたが、実験動物そのものの生物学的特性に関わ る研究、即ち「実験動物学」が医学の基礎を支える体系化された一つの学問領 域と考えられるようになったのは比較的近年のことである。実験動物学の確立 に優れた業績を残された先達の多くは医学研究者であったにも拘らず、現在な お医学の研究・教育の場での実験動物学の位置付けに関する認識は、残念なが ら未だ充分であるとは言い難い。  動物実験施設の設置に当たっても、その学内的位置付けは各大学の実験医学 の研究を支援する設備としての位置付けのみが強調され、実験動物学の研究・ 教育・後継者養成の場であり、動物を用いる実験医学のセンタ−(場所的セン タ−ではなく、学問的センタ−)としての位置付けは弱かったか、もしくは無 かったと言わざるを得ない。このことは幾つかの点に具体的に表れている。
     研究・教育に関する「あるべき姿」の検討のポイントは、動物実験施設に対 する従来のこのような位置付けに対し、実験動物学研究の場であると共に動物 を用いる実験医学のセンタ−としての位置付けを明確にし、この点での協議会 構成員の合意を得ようとする所にあると考える。
  29. 研究について
  30.  研究領域は現時点では何等かの形で実験動物その物に関する内容に限定され ざるを得ないし、教官の選考に当たってもそれが重視されていると思われるが、 将来、支援的サ−ビス的部門と研究・教育部門がある程度距離を置くような機 構が実現した場合にはこの制約は現在より緩いものとなりえよう。しかし教官 がどのような研究分野を専攻していようとも、教育者としては実験動物学の教 育を担当し得る資質を供えている事が求められる。そうした意味では、たとえ ば、研究に於いては実験病理学の専門家が教育に於いては人体病理を指導し、 臨床病理に関わるとか、分子レベルの形態を専門とする研究者が肉眼解剖学の 教育を担当するように、研究内容と教育とをある程度切り離して考える必要が ある。  学術情報システムに関する小委員会が行った動物実験施設専任教官の研究分 野に関する調査では、領域は遺伝学、病理学、微生物学等から施設の管理法、 飼育環境制御の研究まで極めて広い範囲にわたっているが、何れも何等かの形 で実験動物を直接研究対象にしていると言う点で共通している。これら領域は また、日本実験動物学会総会のセッションをも反映しており、歴史のある学問 領域ほど整然と体系化されていないとしても「実験動物学」と言う独自の学問 領域が存在しており、動物実験施設教官はそれを専門としている教官集団であ る事は明らかである。  現時点で動物実験施設のあるべき姿を考える時、実験動物学が医学研究の一 翼を担う一つの学問領域である事が医学研究者全体の共通認識となることが必 要である。
  31. 教育について
  32.  教育については第5回施設長会議(1979)にすでに議題として取上げられ、大 学院教育と学部教育に分けて議論されている。第12回総会(1986)にはカリキュラム 作成の必要性が指摘され、第14回総会(1988)にも大きな課題として取上げら れた。また、第17回総会(千葉)資料のアンケ−ト報告によれば、講義を行 っている大学は60%を越え、予定ないし計画中まで含めると75%に達する。 ただ、その実施時期、時間数、内容などは様々である。この総会資料には教育 実践に基づく山内忠平氏、古川敏紀氏の総説が載せられているし、学術情報小 委員会の討議の中でも、実験動物学が必修科目として専門課程の一年目で実施 されている阪大の例、昨年度からの教養部の改組と一貫教育制の導入に伴って 低学年で実施されている京大の例、専門課程最終年度で選択科目として実施さ れている浜松医大の例が紹介された。以上述べたような経過の中で、今日生物 系学部へ入学してくる学生が必ずしも生物学を学習しているとは限らない事、 高校までの生物学教育の中から生物種の特性を系統立てて示すようないわゆる 自然史的内容が希薄になっていること、大学院や卒後の早い時期には動物実験 指針の適切な実践に必要な基礎的知識、技術の教育が必須のものとなりつつあ る事が明らかである。こうした内容の教育を直接行うかまたは中心となってア レンジする専門家が動物実験施設の専任教官である事もまた明らかである。  以下に学部、大学院、後継者、技術者等を対象とした教育について、これま での討議で出された意見を集約しておくが、具体的教育内容の検討と確立につ いては、これまでの協議会で討議された記録、会員校専任教官等によって書か れた総説、著書等も多くあり、現在尚新しいカリキュラムの中で実践的な経験 が蓄積されつつあるので、これらを研究し継続的に審議を行う小委員会(例え ば研究教育訓練に関する小委員会)に委ねられるよう要請する。
     (1) 学部教育
     動物実験に多用される高等脊椎動物と人の生物学的位置、動物の生物学的特 性などはどこかで必ず教えなければならない。また実習に実験動物を用いるに 際し基本的知識の教育が必要である。どの時期に行うのが適切かは医進課程と 専門課程の枠が無くなったことは考えやすい条件かもしれない。
     (2) 大学院教育、卒後教育(動物実験を行う研究者の教育)
     研究方法として動物実験を行う者には、前記の総論に加えて更に実践的で徹 底的な教育が必要と考える。
     (3) 後継者養成
     後継者養成を意図した教育は、専攻する研究領域が何であれ優れた研究者で あると同時に教育者としての資質も求められることから、これまでに蓄積され てきた「実験動物学」の学問体系を系統的に学習するとともに、これが深く関 わる医学に関しての幅広い知識と理解が培われるようなものでなければならな い。こうした教育は医学部の大学院課程の中で、研究組織としての動物実験施 設において行われるのが最も望ましいと考える。もし動物実験施設が大学院教 育の場として整備されるならば、単位互換制度を活用するとか、非常勤講師に よる施設専任教官相互の援助等により、より幅広い教育を展望することが可能 となる。
     (4) 技術者教育
     実験動物の飼育管理に関わる職員は、動物実験指針に従えば、必然的に高度 な知識、技術を有する技術職員として位置付けるべきであり、行(二)職員と して位置付けらるべきではない。しかし、現在、新規採用者は公務員試験合格 者であることが必須であるが、現行の制度では公務員試験で実験動物について の知識技術が活かされることはない。従って、公務員試験科目の改定を要求す る必要がある。一方、今一つの方策として、日常の業務の中で徹底した教育を 行ない、動物実験技術者の資格認定を取得できるようにすることも必要である。 そして取得した資格によって公務員に採用される道を開くとか、大学(機関) において何等かの評価を受ける方途を検討しなければならない。
  33. その他の教官の任務について
  34.  動物実験施設の専任教官は以上述べたような教育や研究以外にも様々な任務 を負っている。以下それらについて簡単に触れておきたい。
     (1) 情報提供、コンサル テ−ション等
       動物実験施設の専任教官はその専門が何であろうと実験動物に関する専門家 として、実験計画法、動物の生物学的諸特性、文献的情報、論文のMaterials and Methodsの書き方等多面的な情報提供や相談を持込まれる。(学術情報小 委員会では施設教官が連絡をとりあい、助けあってこうした任務に当たれるよ うアンケ−ト調査を行い、その結果をデ−タベ−ス化した。)
     (2) 広報、講演、学協 会事務局等の社会的活動
       各地方における学協会、研究会等の講演や事務局としての任務、マスコミな どへの対応も国立大学がそれぞれの地方での中心的存在になっている以上否応 なく持込まれる任務となる。
     (3) 大学教官としての一般的任務
       他の講座の教官と同様、学内の各種委員会への参加、他学部、他大学等から の講師依頼等もあるが、とりわけ動物実験委員会の委員としての任務は重要で、 第15回施設協議会資料(平成元年)によれば設置された大部分の動物実験委 員会に施設専任教官が参画している。動物実験委員としての任務はおそらく、 単に委員として参加するだけではなく、動物実験指針が適切に運用されている かどうかを現場において確認するとか、実験計画が指針に合致するかどうかの 判断をも求められる立場に立たされる事が多いと推定される。
     以上述べてきた事はこれまでの「あるべき姿討議」の中で発言された内容を 整理し、理論的裏付を行うべく準備された小委員会としてのまとめである。機構的に研究・教育と管理運営とがある程度分離されたとしても、あるいは 大学、学部、研究所等の機構改革の中に組込まれたとしても、適正な動物実験 の担い手としての専任教官の任務はある程度明らかにしえたと考える。現実の状態を改善し少しでもあるべき姿に近づけるための方策は様々あろう が基本的には、   
      ☆動物実験施設の専任教官ポストを研究と教育を担うに相応しい形に整備する事。   
      ☆飼育管理、設備管理などサ−ビス業務を少なくとも教官に過重な負担をかける事なく遂行できるよう人的、予算的措置を講じる事
    の2点に集約される。これらの要求は施設協議会(最初は施設長会議)が当初から取り組んできた 最重点課題であるが、「あるべき姿討議」によって、要求にはっきりした将来 的目的と、実現した時のイメ−ジを現在の医学の発展の中ではっきり位置付け ると言う点で重要であると考える。

    第3章 管理運営に関する現状と提言

     国立大学においては、昭和42年以来、医学部および医学系付属研究所を中 心に動物実験施設の整備が進められ、大学についてみれば平成6年1月現在4 1大学49施設を数えるに至った。現在、運営経費の不足や定員不足という二 重のマイナス要因を抱えながらも、一応当初の目的(近代的施設の設置と実験 動物の中央管理)は果たされているかに見える。しかし、先の第16回協議会 総会(長崎)の資料ならびに第17回協議会総会(千葉)、第18回協議会総 会(新潟)における「あるべき姿討議」でも指摘されたように、現状の動物実 験施設には量的のみならず質的にも極めて多くの問題があり、このままでは今 後に予測されるバイオメデイカルサイエンスの発展に寄与できないのではない かとの危惧を抱くものである。今後21世紀にむけて、バイオメデイカルサイ エンスの新たな展開を求める時、その支援基盤としての動物実験施設の適正な 在り方を考え、思い切った改革を断行する時期にきていると思われる。  以下には先の調査資料およびこれまでに行われた「あるべき姿討議」の内容 を踏まえ、動物実験施設の現状を分析すると共に、主たる問題点を抽出しあえ て管理・運営面からの思い切った改善目標を設定し今年度の討議に素材を提供 しようとするものである。
  35. 動物実験施設運営の実態と改善目標
  36.  動物実験施設の設置率は、国立大学医学部付属ならびに医学系研究所所属と して、現時点で約92%の設置率となっている。既設置施設の平均像について は従来の総会資料に掲載されている国立大学医学部長会議資料を参照していた だきたい。
     (1) 運営経費
       適正な動物実験遂行の為の環境制御にとって温湿度調節は最も重要な要素の 一つであるが、そのランニングコストは極めて高額にのぼる。調査によれば施 設平均で年約3,200万円(1u当たり年間約8,000円)が光熱水料と いう結果が出ている。文部省配当の動物実験施設運営経費(施設平均31,9 17,000円)は、ほぼこれに充当されることとなる。施設運営には他に人 件費や一般消耗品費(清掃用具、洗剤、消毒剤など)を含むので、年間総予算 は約7,200万円となり、施設平均で年間約4,000万円(1u当たり年 間約1万円強)が不足している結果となっている。その補填は結局の所、利用 者負担という形で主として研究者にしわよせがいっている。「光熱水料+人件 費+一般消耗品費」は施設運営の基本経費と思われるので、動物実験施設は必 要経費の約4割の予算で運営を強いられていることになる。この現状は一般的 にみて、他の研究・教育施設の全国平均から遠く隔たっており、適切な姿とは 思えない。研究者によっては高額の利用者負担に耐えられず研究を中断したり、 または整備の行き届かぬまま居室の一部を割いて動物を飼育するといった事態 に発展している例も見られる。  動物実験施設の適正な運営に必要な予算はどれくらいであろうか? 動物実験施設は付属病院の形態によく似ているが、研究・教育施設であるため 収入財源は無く、基本的には消費型施設である。建物の管理運営経費、即ち 「光熱水料+人件費+一般消耗品費」は国家予算で賄わなければならず、これ らの費目に要する額は基本的な必要経費と考えられる。即ち、研究・教育者は 「実験動物代+餌代+実験消耗品費」を支払えば十分な研究・教育が出来るよ う配慮することが大切である。従って、現状分析を踏まえて必要経費を割り出 すと1u当たり18,000円となり、これに将来は学術情報活動を充実させ るため1uあたり2,000円を付加するとすれば、「計2万円/u」という のが今日の適正な運営予算額と見積もられる。
     (2) 設備
       動物実験施設は共同利用施設であり、医学、歯学、薬学、農学、生物学、生 命工学など多種多様な研究に対応しなければならない。施設設置当時、空調設 備、動物の飼育設備、洗浄滅菌設備、手術室など、基礎的整備はなされたが、 消耗の激しい空調機器や大型オートクレーブなどについては更新が差し迫って きており、旧い施設ではその財源確保が深刻な問題になっている。また、最近 の動物実験指針の整備により、サル、イヌ、ネコ、ウサギなど個別飼育ケージ の狭さが問題にされており、国際的水準に近いものに将来改善してゆく必要性 が起こっている。一方、学問の進展ならびに適正な動物飼育への配慮の問題か ら、新たに必要になった設備類の補充も要求され始めている。一例を示せば、 トランスジェニック動物の作成・維持管理室、臓器移植実験室、専用麻酔装置、 安楽死装置、共同臨床検査室、教育研修室、学術情報処理ネットワーク機器な どである。  動物実験施設の構造と機能の特殊性に鑑み、上記の設備改善には緊急を要す る場合が多いので、特別枠設定による設備費の確保が特に望まれているところ である。  週休2日制の導入、連休時の飼育管理に関連して飼育装置の自動化が要求さ れてきている。当面する解決策として切実な要求となっていることは事実であ るが、自動飼育が適正な飼育に該当するかどうかの科学的検討は本小委員会の 重要な検討課題である。
     (3) 人
      a) 専門的技術者としての職員
       各種法規ならびに指針に準拠して実験用動物を適正に保管管理し信頼性のあ る動物実験を可能ならしめるため、良質な実験動物の調達、それらの一般的検 収・検疫業務、ならびに日常の適正な飼育管理の指導や適切な動物の取扱指導 等に関し、それ相当の専門技術者を必要としている。これら業務の遂行には、 1級実験動物技術師、衛生検査技師、臨床検査技師などが適任である。さらに 「実験動物の飼養及び保管に関する基準」に示される実験動物の健康及び安全 の保持の為には獣医師の活躍が期待されているし、将来的には米国の施設にお けるように、実験動物の獣医学的管理(治療、術後管理、専門的検疫業務等) に関し獣医師の配置が望まれる。しかしながら、このような分野においては実 務上4、000uクラスで3名が必要と試算されているが、現実には平均1名 しかいない助手がこれに当たり、学内配置替えの技官ないし非常勤雇用者にこ れを手伝わせているというのが実態である。一方、動物の飼育業務には2級実 験動物技術師が望ましく、将来的には当技術師の配置は義務的になると思われ るが、目下のところ実験動物技術師の確保は極めて難しい。その理由は当技術 師の技官採用の道が無いためで、早急に当技術師を公務員採用資格に加える必 要が起こっている。調査によると、実験動物の飼育管理は講座技官が担当して いるところ、技官のいない講座では教官など研究者自らが飼育を担当している ところ、あるいは一時的にパートを雇用してこれにあてるなど、いろいろと苦 労が伺える。したがって、飼育担当者の質的レベルはまちまちで、不適正な管 理が原因と思われる疾病トラブルも発生し多くの損失につながった事例もある し、動物福祉の面からも改善要求があがっている。数名の学内配置技官を動物 実験施設の専従飼育担当者に当てている所もあるが、これは現状では恵まれた 施設の方に入るであろう。東京、京都、大阪などの中心都市にある民間研究所 では、実験動物技術師を抱える民間業者に飼育業務を委託するやりかたも出て いるが、大学では目下のところ経費不足の面から積極的にはこの方式になじん でいない(委託費がどれくらいになるかをモデル的に試算してみた、表3参照)。

        表3 実験動物飼育管理試算書 (モデルとして下記のような施設を想定する)

        1F
        2F
        3F
        マウス
        ラット
        ハムスター
        イヌ

        モルモット
        ウサギ

        マウス
        ラット
        220ケージ×5匹
        100ケージ×2匹
        150ケージ×2匹
        25ケージ×1頭

        400ケージ×1匹
        160ケージ×1羽

        1000ケージ×5匹
        500ケージ×2匹
        左記の規模で、7-8割動物
        を収容して7-8名、満杯
        収容で10-12名必要 (ただ
        し、飼育管理から洗浄作
        業を含む)
        上記の試算の場合、一人当たりの作業量は下記のようになる
       a) ケージ交換、給餌、給水、清浄など (洗浄作業は除く)
         マウス・ラット   200〜300 ケージ
         ウサギ・モルモット  80〜100 ケージ
         イヌ (洗浄作業含む)  20〜 30 ケージ
       b) 洗浄作業 (オートクレーブ、チップ詰めなどにはそれぞれ一名必要)
         マウス       200〜300 ケージ
         ラット       200〜300 ケージ
         ウサギ       100〜150 ケージ
         イヌ         20〜 30 ケージ
       月額平均賃金 (円)
         飼育管理統括者 (Aクラス) 1ヶ月    680,000 円
         飼育管理従事者 (Bクラス) 1ヶ月    450,000 円
         洗浄作業従事者 (Cクラス) 1ヶ月    380,000 円
      b) 必要とされる人数
       動物の飼育管理要員の数については施設の規模や扱う動物種・数、またはそ の動物の特徴などによって異なるので画一的には論じられないが、先の調査報 告から推察すると、平均的にみて4、000uクラスで最低5名の要員は必要 となっている。これは飼育管理業務の職務分析結果ともほぼ合致する値である が、平成4年5月からは週休2日制が実施され、それへの対応を考慮すると少 なくとも単純計算では週当たり2名の増員が必要ということになる。  この他に、特殊実験区(感染実験区、RI実験区、特殊毒性実験区、遺伝子 移入実験区など)の管理、施設内清掃やケージ洗浄、動物死体や床敷きの焼却、 空調設備の管理維持、施設内の一般事務処理などのため、8ー10名の要員が 必要となっているが、その多くはパート雇用か業務委託に依存している。 以上は、はなはだ厳しい予算状況での人員配置の平均的な実態であり、施設 業務をぎりぎりの線で支えている人員数を掛け値無しで反映した調査結果と判 断される。  適正な施設要員を4,000uの施設をモデルとして試算を試みた。 現状分析を基本にしたが、実験動物の適正な管理に特に留意し、実験動物技術 師の採用と、増加する学術情報の収集整理並びに効率的利用のため新たな人材 を追加して試算を行なった。(表2)

            表2 4,000m2の施設をモデルとした必要要員の試算

      業務

      人数

      資格等

      実験動物の検疫
       病畜対応、技術指導
      3名 (技官)
      獣医師、実験動物1級技術師、臨床検査技師など
      実験動物の飼育管理 5名 (技官)(+2/週) 2級実験動物技術師
      空調管理 2〜4名 (有資格者) パワーセンターの設置形態で異なる。外注可
      一般サービス業務
    1. 特殊実験区の点検整備
    2. ケージ等の洗浄、共通区の清浄、動物運搬、焼却など
    3. *
      1名
      5名
      *
      *
      技官
      外注可
      *
      事務部門
    4. 情報処理
    5. 用度・庶務・経理
    6. *
      1名
      1名
      *
      技官または事務官
      *

                  計18〜20名 (+2/週)

      c) 適正な施設運営に必要な人員とその職務配分
      1. 実験動物の検収・検疫・病畜対策・技術指導(3名)   
        • 検収;輸送状況の点検。動物種、数量、性別、体重等の確認。   
        • 検疫;健康状態の観察。寄生虫検査、細菌・ウイルス検査。死亡動物の病理解剖。   
        • 病畜対応;病畜の診察、治療、安楽死など。   
        • 技術指導;適正な動物の取り扱いに関し実験初心者ならびに動物飼育管理担当者への技術指導。 
      2. 実験動物の飼育管理 (5名+2/週)
        • 飼育業務;給餌・給水、ケージ交換、飼育棚の清掃、飼料保管。       
        • 動物の健康管理;健康観察、感染症検査のための採血や試料採取。      
        • 環境管理業務;飼育室内の清掃・消毒、温湿度・換気量・アンモニア濃度・粉塵などの測定、フィルター清掃・交換。 
      3. 空調管理 (2-4名)
        • 空調機、電気関係の運転、点検、整備。
      4. 一般サービス業務 (6名)
        • 特殊実験区の点検・整備; 感染実験区、RI実験区 (主任業務を除く)、手術区などの管理、共通実験機器の点検整備。
        • ケージ等の洗浄; 給水ビンの洗浄・消毒・滅菌、ケージの洗浄・床敷入れ・滅菌、飼育棚の洗浄・滅菌。
        • 動物運搬・焼却など; 払い下げ犬の運搬、動物死体等の焼却、汚水処理場の管理など。
      5. 事務部門 (2名)
        • 情報処理; 実験動物特殊系統の維持機関、遺伝疾患モデル動物の維持機関、トランスジェニックアニマルの維持機関、実験動物専門家名簿、新技術、国際情報、などに関しデータのインプット・アウトプット。
        • 用度・庶務・経理; 施設使用・動物搬入の受付。、電話や訪問者の取り次ぎ、動物・物品などの発注・受領・在庫管理、出勤・休暇等の人事管理、施設の予算・決算案の作成、予算の執行と状況把握、動物の入退舎および飼育頭数の把握、施設利用料金 (受益者負担)の積算・請求など。
    7. 組織の改善
    8. 先に述べた(適正な施設要員)ならびに(適正な職務配分)で記した職務内 容及び要員を動物実験施設の管理・運営組織の母体としてその組織機構案を提 起する。  直接研究・教育に責任を負う「研究、教育部門」と並列して、施設長の管理 下に「管理部門」を置き、その責任者(例えば主任)には経験を積んだ獣医師 や1級実験動物技術師をあてる。管理部門には「実験動物管理部(技術師8名) 」「事務部(2名)」「一般業務部(業務委託も含め8〜10名)」の3部を 置いて職員の責任体制の確立と全体の地位向上を計る。この管理・運営組織は 技術系職員の組織化が検討される際には、他の研究施設(例えば、RI研究施 設、遺伝子研究施設等)や教室系技術職員とドッキングすることもありうるで あろう。
    9. その他の、国の施策と動物実験施設運営の矛盾点
    10. (1) 定員削減と行二職員不補填
       定員削減と行二職員不補充の結果として動物実験施設の専任職員の減少と高齢化が着実に進行している。また日々雇用(常勤的非常勤職員)の場合、1級・2級実験動物技術師資格を取得していても3年雇用で打ち切ってしまわざるを得ず、専門職員の不足に拍車をかけている。行一への採用に関しては、動物実験に関わる公務員試験の科目が存在せず、獣医師、衛生検査技師等のコメディカル職員の採用に関しても条件の劣悪さと、将来的昇進の可能性から採用は極めて困難である。
      (2) 週休二日制
       平成4年度から国立機関に於ても完全週休二日制が実施された。言うまでも無く動物の飼育管理には休日は存在しない。これまでも、日曜祝日の飼育管理と施設管理には各施設とも重要な課題として創意工夫を懲らして取り組んできた。自動飼育装置の導入、セキュリティ−カ−ド管理システムの採用、業務委託ないしは人材派遣等への依存である。しかし、週休二日制はこうした創意工夫による困難の克服をほとんど不可能にしたと言ってよいと思われる。動物実験施設の閉庁は実験遂行への支障を意味する。セキュリティ−システムの導入は実験は出来ても研究者へのサ−ビスの欠落は解決できない。交代勤務、代休制の導入あるいは日直制の採用は、確実に1.5人以上の人員の減少を招来し、休暇を増やすという国策とも矛盾する。最近の調査では業務委託、人材派遣への依存が高まっており、これは施設運営費の人件費による圧迫を招いている。自動飼育装置の導入は最小限給餌をすると言う点でのみ有効であり、適正な動物飼育という観点からすれば次善の策と言わざるを得ない。
      (3) 業務委託等による人件費の増額
       上述した定員削減と行二職員不補充及び週休二日制の実施は、業務委託、人材派遣、パ−トへの依存を否応無く高くし、これが施設運営費の人件費による圧迫に拍車をかけている。適正な動物の飼育管理を行うと言う動物実験施設の基本的機能から考えて、直接動物に接する業務は、それぞれの施設で日常的に教育をした技官あるいは技能補佐員が行い、それ以外の例えば、清掃、洗浄等の業務を外注するケ−スが多かったと思われるが、それは既に局限状態に達し、人材派遣による、有資格者を直接動物に接する業務に当らせざるを得ない状況となってきている。こうした人材派遣に関わる人件費は非常に高額に上り、運営経費を圧迫するだけではなく、技官や、技能補佐員との給与格差の大きさから、施設職員内の人間関係にも微妙な影響を与えずにはおかないであろう。
      (4) 運営経費の節減
       マイナスあるいはゼロシ−リングにより動物実験施設の運営経費はここ何年か減少あるいは横這い状態であったが、経費の節減は運営経費の減少をもたらしている。一方、飼料、動物、消毒薬、器具類の値上げは実質的な運営経費の減少をもたらしている。バブルの崩壊後企業からの奬学寄付金も厳しい状況にあり、実験設備、試薬等の高度化による研究費の高騰とあいまって研究者の利用費負担金の増額も究めて困難な状況となっている。景気浮揚策による老旧設備の更新、近代化はハ−ド面における改善として評価するけれども、食料とも言うべき経費の窮乏化は苛酷な状況となっており、動物実験施設の運営はほとんど饑餓状態にあると言えよう。

    第4章 「あるべき姿」実現に向けて

       動物実験施設のあるべき姿は、原則論的に言えば動物実験指針を厳密に遵守 して適正な動物実験を行なうために、あらゆる支援的機能を果たすべき施設で ある。その基本にあるのは「動物実験と実験動物」に関する科学的基盤、即ち 実験動物学の現時点での到達点であり、人が他の生物種の生命を利用すること への国民的合意である。現実論的に見れば第1章〜第3章に述べたような様々 な問題点が山積しており、ともすれば否定的側面が目立ちがちである。しかし、 第3章冒頭でも述べたように昭和47年以来厳しい財政状況と定員削減の中で 国立大学(機関)に51施設が設置され、昭和55年の学術会議総会が危機感 を持って勧告したような「今後の研究遂行上に重大な障害」を生ずることなく 我が国の生命科学の発展を支えてきたことは高く評価されるべきである。一方、 これまでに指摘してきた問題点の中には「思い切った改革」に踏出さなければ 上記の基盤その物が揺るぎかねない深刻な問題が存在するのもまた見過ごすこ とが出来ない事実である。
    1. 動物実験施設の機構上の位置付けについては大学(機関)毎に事情が異 なり統一見解を得るには至らなかったが、ここでは二つの点を明らかにしてお きたい。
    2. 動物実験施設の専任教官の立場は二つの面を持っている。一つは実験動 物学の専門家として、動物実験を行うあらゆる分野の研究者に対して適正な動 物実験を行なえるよう助言、共同、指導等を行うべき任務であり、今一つはそ の専門領域に於て研究者・教育者として評価に耐える活性を持つことである。 現在の”カオス状態”の中では、前者の任務の中に管理運営に関わる雑務が大 きな比重で含まれており、施設専任教官の重い十字架となっている。1.に述 べたような機構を整理して行く中で、教官としての本来の任務が果たせるよう な条件が獲得されなければならない。人的条件としては、動物実験施設が教育 と研究を担えるような教官スタッフの充実が絶対条件である。本討議の中では 講座化するとか研究施設として部門設置を行うとか研究所にするとか言う機構 上の問題では合意に到達しなかったが、近未来に於ける目標として、少なくと も講座に匹敵する教官スタッフが必要であると言う点では合意が得られた。
    3. 適正な飼育管理を行なうべき設備、人、技術に関しては多くの問題点が 指摘された。
    4. (1) 旧くに建設された施設では設備の老朽化が限界を越えており、別枠予算措 置等により緊急に改善されないと動物実験施設の最も基本的機能として掲げた 「適正な動物飼育」の土台が崩れる危険性がある。大学(機関)も動物実験施 設任せにせず大学(機関)の問題として概算要求すべきである。
      (2)ケ−ジサイズ、空調条件等に関し科学的根拠に基づいた基準が早急に検討 されるべきである。実験動物学の専門家だけではなく、生理学、心理学、行動 学、工学等の専門家によるチ−ムで取り組むべき重要なプロジェクトであり、 継続して取り組む研究班が組織されるべきことを提案する。
      (3)実験動物技術者の養成と、養成された技術者を国家公務員として採用でき る制度の改革が急務である。前期の調査・研究・調整小委員会の調査でもあき らかなように、動物実験施設の技術職員の高齢化と定年に伴う減員は確実に年 々進行しており、放置すればこの点でも動物実験施設の最も基本的基盤が崩れ る危険性を孕んでいる。動物実験施設の技術職員は現場に於て研究者と密接な 関係に有り、それによって適正な動物実験が支えられていると言う特殊性を有 している。従って、動物の飼育管理を業務委託することは飼育管理だけを取り 上げれば(財政的裏付さえ有れば)可能であろう。しかし、動物実験施設の基 本的機能である「適正な動物実験の支援」は根底から揺らぐのではないかと危 惧する。
      (4) 週休2日制の実施に伴う飼育管理業務については、動物には休日はないと 言う常識からして増員以外に解決の方法は有りえない。
      (5) 動物実験施設運営経費と研究費の窮乏は、現実問題として適正な動物実験 の実施をほとんど絶望的な状況に追込んでおり、近未来を展望した「あるべき 姿」の実現は夢と化す可能性がある。科学研究費による特定領域への研究費の 重点配分は、今日の多様化した動物実験へのニ−ズを考慮した時、動物実験施 設の研究支援機能を特定の方向へ歪める可能性を秘めているのではないかと危 惧する。

    第5章 終章

       平成2年度第1回幹事会が提起した「動物実験施設のあるべき姿」について これまで行なわれた二つの小委員会と総会の討議の到達点を集約し、近未来に 実現すべき課題を整理して本資料を作成した。ここには文部省に対する切実な 要求、動物実験施設だけでなく大学(機関)が取り組むべき問題、我々自身が 努力すべき課題、専任教官が科学的命題として研究すべきテ−マが含まれてお り、実現への努力は多面的に息長く続けられなければならないことが浮き彫り にされたと思われる。細部については大学(機関)の事情で相違点が多いと思 われるが、合意された基本点での一致協力が得られれば今後の国立大学動物実 験施設協議会の活動に大きな力となるであろう。