医学部附属動物実験施設 前施設長 宮本 勉
副施設長 佐藤 浩
はじめに
動物実験を行うために施設で実験動物を飼育したり実験をすると、1日あたりの経費が動物種毎に決められていて、毎月1カ月間の延べ飼育数に応じて講座等へ経費の支払い請求が来るのは御承知のことと思います。
いわゆる、この受益者負担経費、すなわち動物の1日あたりの飼育経費がどの様にして決められたかは実験者にとって興味のあるところであろうと思われます。
本施設は1982年から稼働しましたが、それに先だって施設全体の運営経費を予測し、予算案を作りました。その中にこの受益者負担経費も計上しております。
そこで LACニュース No.2では、当時の算出法から、値上げの際の算出法等について、施設全体の運営経費の算出も含め、その概要をお知らせすることにしました。
施設全体の年間運営経費
(1)光熱水費
いわゆるエネルギー源等にかかわる経費で、例えば電気、ガス、重油、ガソリン、上水道、下水道焼却などにかかる経費のことです。
大部分は公共料金として定められています。
(2)保守管理費
各種機器・設備の保守、フィルター等の交換、各種修理、清浄などにかかる経費で、
大部分は保守契約が結ばれて定められたり一部は外注して降りますが、修理等流動的要素も入ってきます。
(3)人件費
本施設には技官の定員は配置されておりません。そこで発足当初、医学部の努力により数名の技官を配置していただきました。
さらに不足分は非常勤職員を雇用しています。これにかかわる経費ですが、これは国家公務員に準ずる計算に依っています。
なお、技官分は行(二)1-8の給与相当分を計上しています。これは御承知のように本施設の運営は医学部のみで行っているのではなく、
他部局も参加しているため、このような措置を講じています。もちろん技官を配置している部局 (現在は医学部のみ)には、
部局共通負担経費 (後述)からこの分を差し引いております。
(4)消耗品費
薬品、検疫・実験用具、微生物学的モニタリング、被服、事務、通信などの経費です。実験用の消耗品は実験者が負担するので含みません。
(5)動物経費
飼料、床敷等、実験動物が生活するために直接かかる経費です。
(6)備品費
実験に直接かかわらないが施設の維持に必要な備品、例えば実験衣洗濯のための洗濯機・乾燥機、運搬用カート、飼育架台などの経費です。
実験者用の参考図書も含まれますが、実験用機器類は原則として含みません。なお、共通して使用する実験備品、例えば手術台、冷蔵庫などは含まれています。
(1) 1. に述べた経費を全て計算して予算を立てます。実際は各項目ともかなり流動的要素がありますが、現在では経験によって、かなり正確に決められる項目もあります。
発足当時はかなり苦労しました。さいわい先発の各国立大学の動物実験施設がありましたので、本施設と同等・同規模の施設の資料全てに目を通し計算しました。
現在は上述のように経験でかなり正確に決められるといっても気候の変動、物価変動、公共料金の変動、給与体系の変化、さらに利用者の実験内容 (使用動物種や数)の変化など、
予測が極めて困難な要素も多く苦労します。
(2) さて年間総予算経費が決まると、これを次のようにして配分します。文部省は全国の施設運営のために「施設経費 (運営費)」を配分しています。
しかし、十分ではありません。したがって「総運営経費」からこの文部省配当の「施設経費」を差し引いた不足額を負担していただくことになります。
この不足負担経費を2つに分けます。「部局共通負担経費」と「受益者負担経費」です。
すなわち、
施設総運営経費 [1] = 「文部省配当施設経費」[2] +「部局共通負担経費」[3] +「受益者負担経費」[4]]
となります。
この場合、[1]と[2]は先に決まっていますから、 [1]- [2]の残りを [3]と[4]にするわけです。
この場合、「受益者負担経費」[4] = 動物1日当たりの飼育管理経費×匹数×実験日数 で決まりますから、
前年度実績および実験者の動向を観察したり意見を聞いて、まずこれを決めます。すると [3]が自動的に計算できます。
(3) 部局共通負担経費の配分
各部局に経費負担をお願いする場合、どのように配分するかを発足当初検討しました。
講座・部門等の数による比例配分または傾斜配分、使用登録者数による比例配分など種々の案が出ましたが、
結局は講座・部門 (診療科も含む)等の数をもとにした傾斜配分とすることと各部局の教授会で決まりました。
これは医学部の講座等を1として医学部附属病院 (診療科等)、歯学部、熱研の講座等を1/2とする案です。
受益者負担経費
[イ] AUの算出基準
これには畜産学の教科書を参考にして、次の4つのパラメーターを用いました。
[ロ] 各種動物のAU
上記のパラメーターを用い、平均して AUを計算した結果が表2です。
例えば、マウスは 75匹でイヌ 1匹に相当すると考えます。
一見して体重だけを考えると、イヌが15kg、マウスは 30gで、イヌはマウスの 500倍、すなわちマウスの AUは 500となるのが常套と思われますが、AUはそうはなりません。
マウスは1日に体重の1/6の飼料を食べないと生きていけませんが、イヌは体重の1/50の飼料ですみます。
排泄物の量も体重をもとにするとイヌの方がはるかに少量です。イヌとヒトを比較してもおわかりになると思います。
動物は高等に、あるいは大きくなるほど、効率の良い生き方をしているものです。
なお、実験動物には表2以外に多くの種類がありますが、それらすべてについて細かい数値を出しても意味がないので、他はこれを目安にして決めることにします。
例えば、他のげっ歯類はラット相当、鳥類はニワトリ相当、サルはカニクイザルを基準にしていますが、他のサルも同じ単位とする、等々です。
[1] 動物飼育数から直接算出が困難な経費
例えば、ある動物種のための飼育・実験室がある場合にその収容数が100匹だとします。
この場合、100匹飼育しても、1匹飼育しても、空調、保守管理、飼育室の清掃等にかかわる経費にほとんど変わりはありません。
これらは動物数の多寡に関係なく必要な経費です。
人間の家庭で考えれば、リビングルームで3人がテレビを見ようと、1人で見ようと、冷暖房費、テレビの電気代、その部屋の掃除のための労働力がほとんど差がないのと同じなわけです。
したがって、この経費は光熱水費、保守管理費、人件費等について算出します。
光熱水費、保守管理費 (一部)はその部屋にかかわる機器の性能と運転時間 (年間365日×24時間)から計算できます。
人件費は保守管理、清掃、アニマルケア等にかかる時間等から 50%を計上しました。
実際には各動物の飼育数が異なるとはいえ、ゼロということはありませんから、他大学の資料をもとに予測飼育数と AUから算出した比例配分で計算しました。
[2] 各動物種固有の必要経費
例えば飼料代は各動物で異なります。また床敷飼育を必要とする動物 (マウス、ハムスター等)と不要の動物 (ウサギ。、イヌ等)とがあり、
前者はそのための費用がかかります。動物の焼却費、排泄物処理費も個々の動物で異なります。
これらは、各動物種で異なる経費ですから、動物種毎に算出しなければなりません。
各動物の1匹1日当たりの飼育管理費 (受益者負担金)は、上記の2つの部分について計算し決められました。
この金額は、各大学の実情 (計算方式、学内事情等)で異なりますから、本質的に単純比較で高額・低額の比較はできません。
実際に各国立大学の施設の各動物単価の最高・最低額は動物種によっては10倍以上のひらきがあるものもあります。
(1) 各実験動物 i の1年間の延べ飼育可能匹数 ai
各実験動物種をi と表現すると、その動物の1年間の延べ飼育可能匹数 ai は、本施設収容可能匹数の 365倍となります。すなわち、(ai )=「各動物の施設収容可能匹数」×365 となります。
(2) 各動物の年間推定延べ飼育匹数 bi など
例えばマウスの収容可能匹数が 6,000匹としても、これが1年中 100%充足することはあり得ません。
実験が終了すれば、その動物はいなくなります。研究者のテーマの選び方、研究の必要性からも変動します。
つねに充足率 100%ということは、裏を返せば実験があまり進行していないことを意味します。
つまり、各動物の飼育匹数は毎日変動するといっても良いでしょう。
施設における動物種の収容匹数は、これまでの本学における使用数や将来予測数のアンケート調査等によって決まりますが、
これにより、どの動物種に重点を置くか (これを比重といいます)を決めます。
したがって、各動物種の年間推定延べ飼育匹数 bi を1年間の延べ飼育可能匹数 ai の何パーセントとするかは経験則に依るしかありません。
そこで、他施設の実績を調査し、本施設の予測アンケートを含め、各動物種毎の施設において占める比重、充足飼育率 p%を計算し、bi を算出します。
まず、飼育可能匹数 aiを前述のAUに換算してその総合計を αとし、実績と調査資料より算出した推定年間延飼育匹数 bi も同様に AUに換算します (β)。
さらに、充足飼育率 p%を考慮して、(α)= Sum (ai /AUi )、(β)= Sum (bi /AUi )、(p%)= (β)/(α)×100 より (bi )= (ai )× (p%)という式が得られます。
この biをイヌに換算すると (ci )= (bi )/ (AUi )、
施設における各動物種の比重 di は、 (di )= (ci )/ Sum (ci )で得られることになります。
(3) 各動物種の飼育管理費
2. に述べたように、各動物種の飼育管理費 (受益者負担金)は比例部分 xi と固有部分 yi とからなります。
(xi )=「比例部分総額」× (di )ですから、各動物種の1匹1日当たりの飼育管理費 zi は、 (zi )= {(xi ) +(yi )}/ (xi ) となります。
一方、 yi は個々の動物種 i によって異なるので、一般化した式として設定できません。
したがって、動物種について一つ一つ具体的に算出することになります (6. (6)参照)。
3. では計算方法を一般化して述べたので、ここでは最もよく使用されるマウスでの計算例を示します。
(1) am (m=mouse)
本施設のマウスの収容可能匹数は 6,000ですから、(am)=6,000×365=2,190,000
(2) α、β、p
これは、前述のように他施設の資料や本施設の予測などをもとに計算します。例えば下記の通りです。
右表をもとに本施設では計算しやすいように p=60%としました。
(3) bm、cm
amと pから、(bm)=(am)× p=2,190,000×0.6=1,314,000
これをイヌに換算 (cm)すると
(cm)=(bm)/AUm(=75)=1,314,000/75=17,520
(4) dm
本施設での使用各動物種の全ての biを計算して AUiで割った数値の合計 Sum (ci)は118,443となりました。これをもとに比重 dを計算すると、マウスの場合は、
(dm)=(cm)/(Sum (ci))=17,520/118,443=0.1479
すなわち、マウスは全体の約15%の重みを占めることになります。
(5) xm
本施設の比例部分経費 xは、2. (1)の計算から 11,419,310となりましたので
(xm)=11,419,310×0.1479 (dm)=1,688,916
です。
(6) ym
マウスの固有経費 (ym)は、固形飼料代、床敷代、屍体および床敷の焼却費の合計です。
飲料水、ケージ等は施設側経費とし、受益者負担とはしておりません。
マウスの飼料代は例えば 1匹1日 5gとして計算 (購入定価の 80%で計算)、床敷代は1ケージ3匹飼育、床敷交換は週1回として計算します。
焼却費は動物屍体重量、脱水糞量および使用済床敷から計算します。屍体重量は延べ飼育数からではなく、年間購入数から算出します。
購入数は本施設の予測アンケートおよび他施設の実績 (収容可能匹数を本施設なみに補正)から年間 2,000匹としました。
1匹 30gとして年間 60kgとなります。本施設全体の焼却費の 96%は動物にかかわる焼却費です。
したがって、マウス以外の各動物種について焼却すべき重量を全て計算し、マウスの焼却重量の割合より計算されます。
なお、焼却費は医学部焼却炉運営委員会が定めた式が別にあって、動物屍体の場合は単位重量当たりの経費に係数 3を乗じた金額となっておりますので、そのルールに従っております。
一方、焼却にかかわる経費は別途文部省から配当されていますので、総焼却費からその分を差し引いた額の残りの部分について yを計算することはいうまでもありません。
そうしますとマウスの場合、飼料代 1,103,760、床敷代は357,571、焼却費は 344,011となり、(ym)=1,103,760 + 357,571 + 344,011=1,805,342 となります。
(7) zm
マウス1匹1日当たりの飼育管理費 (いわゆる受益者負担経費)は、
(ym)={(xm)+ (ym)}/(bm)=(1,688,916 + 1,805,342)/1,314,000=2.66
となり、四捨五入して 2.7と決められました。
4. ではマウスを例にとって算出法を解説しましたが、動物種によっては床敷を用いないものもあり、これは 2. (2)の動物種に固有の経費のところで調整しています。 このようにして決められた経費と他 37大学の施設の経費 (1匹1日当たり)との比較 (1982年開設当時)を表3に示しました。 施設によっては、手術・実験室の使用料を申し受けるなど、それぞれ算出法も学内事情も全て異なりますから、単純比較はあまり意味がないと考えますが参考までに示しています。
(1) 本施設では開設後 1990年までは飼育管理費を据え置いてきましたが、1991年に改訂、値上げを行いました。
理由は、この 8年間に人件費や物価の上昇があり、旧経費では不都合が生じたためです。
人件費は人事院勧告とその実施によって毎年上昇しています。飼料購入費等、消費物資の購入には消費税が加算されました。
飼育動物の種類も増加し、旧分類ではそぐわない点が出てきました。
ヌードマウスは従来は一般のマウスと同じ経費でしたが、数が増加するに従い、エネルギーや清浄に維持するための経費および飼料費 (滅菌済飼料)を無視することができなくなりました。
以上を勘案し、それぞれの単価を従来の経費をもとに算出するとともに、新しい動物種も加えた経費を算出しました。
(2) 計算方法は従来の経費を現実に則して分類すると、次の 3つの項目になります。
すなわち、人件費 (37%)、飼料代 (35%)、その他 (28%)です。これを統計資料によって経費増加率を調べた結果、この 8年間に、
・人件費は 30%上昇 (したがって 1.3倍: 人事院勧告による)
・飼料代は 13%上昇 (1.13倍: 平均購入価格より計算)
・その他は 16%上昇 (1.16倍: 消費者物価指数より計算)
となります。
この他、新しくヌードマウス、スンクス、スナネズミの項を設けました。
ヌードマウスは飼料代が他のマウスの 2.5倍、人件費が 1.3倍、その他が 1.21倍ですので、これから算出することができます。
スンクス、スナネズミは AUがハムスターと同じなのでハムスターに準じています。
例えば、マウスは旧飼育経費 2.7のうち、人件費が 0.999ですから、その 1.3倍で1.2987、飼料代は 0.945相当を 1.068へ、その他は 0.756相当を 0.877へ改訂し、合計 3.2としました。
以下各動物種も同様です。
(3) 以上の結果を表にまとめますと現行経費 (現在ではヌードマウスの項が免疫不全マウスに改められています)は表4のようになります。
おわりに
以上、施設利用者が一番気になる (?)動物飼育経費 (受益者負担金)の決め方を解説してきました。
これを高いと感ずるか安いと感ずるかは個々人で異なると思います。もちろん安いに越したことはありません。
高いと申される方に言い訳をするつもりはありませんが、これ以外のことについて少し認識していただきたいことがあります。
現在、本施設で利用者から受益者負担金としていただいているのは、ここに述べた飼育経費のみであることを認識して下さい。
一般にこの種の施設を利用する場合、これ以外に納付していただく負担金があるものです。
他の学内施設や、他大学の施設と比較して頂くとよくわかると思います (各施設や大学の事情で多少は異なりますが)。
これらを思いつくまま列挙すると次のような項目があります。施設登録料(個人・講座)、施設使用料、機器使用料、実験室使用料、時間外使用料等々です。
これらの負担金の支払い方法はいろいろですが、登録料や使用料は施設使用の権利を確保するためのものが主目的でしょう。
時間外使用料、実験室使用料(例えば手術室、行動観察室、感染区域、BS区域、X線照射室など特定の目的のために維持する必要のある実験室が多いようです)、
機器使用料(全自動生化学分析装置、X線照射装置、安全キャビネット等特殊機器類など)は使用回数や単位時間当たりで設定されていることが多いようです。
本施設ではなるべく多くの研究者に、できるだけ無理なく利用していただくために無料としています。
一方、動物実験を行う場合、動物の世話 (飼育、排泄物処理、実験終了後の動物の処理など)や飼育室・実験室の清掃などは、当然実験者が行うべきものです。
しかし、感染実験、特殊動物 (維持および繁殖)使用実験、遺伝子導入実験などの特殊な例を除いて、施設職員がこれら動物の世話を実験者に代わって行っています。
このための人件費については、全体に共する排泄物処理、実験終了後の動物処理、部屋の清掃以外、前述の受益者負担金に計上していません。
つまり、動物の世話の大部分は完全に施設側のサービスと考えて下さい。他大学の施設でこのようなサービスを行っているところははそう多くありません。
その理由は、医学部基礎教室棟以外の利用教室等と本施設の地理的距離が比較的遠いので、利用者の利便性に配慮したこと、
また、あまり公表すべきことではないかも知れませんが、実験者まかせにすると混乱するからです。
すなわち、マウスなどの場合、給餌、給水、床敷交換など、通常1週間に1回は行う必要があっても、それがきちんと守られず、各実験者の都合で適当な時に突然行われた場合、
ケージの清浄・滅菌等の業務に支障を来すことになります。一度に何百もの汚染ケージが突然出されても処理できません。また逆に放置もできません。
一方、滅菌済み清浄ケージの緊急準備も非常に困難になります。他大学の施設でもこのような支障が生じていることが経験的にわかっていたため、本施設では上記の措置を講じています。
いずれにせよ、単なる飼育経費だけに気をとられることなく、施設運営の背景を充分認識して、大いに施設を利用していただき、利用者皆様の研究・実験が益々発展・拡大するようお願いする次第です。