長崎大学医学部
 
  医学部長メッセージ
   

松山医学部長

医学部長 松 山 俊 文

 

  長崎大学医学部は医学科と保健学科からなる組織です。本学医学部の教育理念の三本柱である「医学を学ぶ」、「科学を学ぶ」、さらに「人間を学ぶ」をモットーに質の高いチーム医療を担う医師・看護師・理学療法士・作業療法士を養成しています。
長崎大学医学部の歴史は1857年オランダ海軍軍医ポンペ・ファン・メールデルフォールトと松本良順によって開設された長崎奉行所西役所医学伝習所にまで遡ることができます。長崎大学医学部の創立記念日である11月12日はポンペが松本良順とその弟子達12名に最初の医学講義を行なった日を記念したものです。1861年には彼らの熱意により長崎港を見おろす小島郷の丘に西洋式の病院で医学校である小島養生所が完成し、ここで多くの日本人医学生に対して系統講義とベッドサイドティーチングが行われ始めました。ポンペは貧富や身分の差別なく患者の治療にあたったことから当時の人々からは驚きをもって迎えられました。そして彼が説いた「医師は自分自身のものではなく病める人のものである。」という素晴らしい言葉は校是となっています。

  長崎大学医学部の歴史で忘れてならないのは1945年8月9日に受けた原子爆弾の洗礼のことです。教授など教官42人と学生535人、事務職員206人、看護師109人、および患者200人余が爆死し、教室や附属病院の全てが研究資料と共に灰燼に帰しました。廃校の瀬戸際に立たされながらも現在こうして長崎大学医学部があるのは多くの先輩方の努力の賜です。
国立大学は2004年に法人化され長崎大学医学部は大きな組織変革をよりよい形で生かすべく先端的な医学教育、地域と連携した医学教育を目指して取り組んで参りました。その教育への取り組みが評価され2009年3月には国立大学法人評価委員会が委託した大学評価・学位授与機構から、全ての国立大学の学部、研究科等の800余の関連組織の中で水準を大きく上回る6つの組織のうちの1つに選ばれる栄誉を得ております。また、研究では「国際的に卓越した教育研究拠点の重点支援をするグローバルCOE (Center of Excellence) プログラム」として「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」と「熱帯病・新興感染症の地球規模統合制御戦略」が選ばれ、その活動は国際的にも高い評価を得ています。

  長崎は外国文化の窓口として新たなものを積極的に取り入れてきた地であります。そして変革を恐れないことこそが長崎大学医学部の伝統となっております。この素晴らしい伝統を礎にしてさらに魅力ある長崎大学医学部の創造に組織一丸となって取り組む所存です。





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