研究内容

(1) マラリア原虫感染におけるT細胞機能の制御
 マラリアは、世界中で毎年3~5億人の罹患者と100万人近くの死亡者があるきわめて重要な感染症です。しかしながら、有効なワクチンは開発されておらず、薬剤耐性マラリア原虫の出現などで決定的な対策が困難な感染症です。また地球温暖化などで、感染地域のさらなる拡大が危惧されています。
マラリアは、原虫(単細胞の寄生虫)による感染症ですから、寄生体に関する研究と共に、宿主サイドの感染防御に関する研究を進めることが予防(ワクチン開発)や治療法開発のために極めて重要であることは述べるまでもありません。また、マラリアに伴う様々な症状(発熱、貧血、肝脾腫など)や重症化(脳マラリアなど)には免疫系が深く関わっています。マラリアは、病原体によって引き起こされる免疫病だと言っても過言ではない位です。一方で、マラリア原虫感染は宿主の免疫機構を抑制しエスケープしていることも知られています。しかしながら、これらのメカニズムは十分に理解されていません。マラリアワクチン開発に向けて、まだまだ解決しなくてはならない問題がたくさんあるのです。これらの中には、免疫系の基本的な仕組みに関わる新しい知見も含まれます。マラリアはきわめて重要な感染症でかつ、研究材料の宝庫です。

 宿主の感染防御については、自然免疫、獲得免疫(B細胞とT細胞)が主要な研究対象になります。私達の教室では、免疫系のエフェクターでかつ免疫制御に関わるT細胞を中心にマラリア感染に伴う免疫系の修飾、免疫記憶に関する研究を行っています。基礎的な研究ですが、近い将来には有効なマラリアワクチン開発につなげようという大きな夢をもっています。
(2) T細胞免疫記憶の仕組み
 ワクチンは、長期間にわたり維持される病原体に特異的な免疫記憶リンパ球を体内に形成する目的で行われます。ウイルスを中心に多くの病原体に対してワクチンが実用化されていますが、免疫記憶の仕組みはまだ十分に理解されていません。一方でマラリアでは、免疫記憶ができにくいとか、免疫記憶ができても失われやすいと言われています。長期間持続するマラリアワクチン開発のためには、これらの問題も解決する必要があります。全身を循環するT細胞(ナイーブT細胞)が末梢組織で抗原と出会うと、活性化して標的を攻撃するエフェクターT細胞に分化しますが、記憶細胞となって病原体排除後も長期間にわたり体内に残り再度の病原体侵入に備えるリンパ球もいます。リンパ球のエフェクター細胞と記憶細胞の分化を制御する因子は何か、あるいは記憶細胞が長期間生存できるのは何故か等、多くの疑問が解決されていません。マラリア原虫感染をモデルとして、私達はこれらの問題に取り組んでいます。
 転写因子Interferon regulatory factor-4 (IRF-4)については、抗原特異的T細胞が活性化した後、細胞の分化極めて重要であることが私達の研究を含めてわかってきました(感染防御因子解析学分野松山教授との共同研究)。T細胞の免疫細胞・エフェクター細胞への分化に関して、IRF-4が興味深い仕組みを有することを、遺伝子ノックアウトマウスやトランスジェニックマウスを用いて個体・細胞・分子レベルで明らかにしつつあります。
(3) マラリア原虫感染と免疫防御の生体イメージング
 長崎大学の先輩であるの下村脩先生により発見された蛍光蛋白green fluorescent protein (GFP)の開発や、顕微鏡技術の革新により、生きた動物の感染現場を直接目で見ることが可能になりました。マラリア原虫感染における防御免疫の現場を直接見る蛍光生体イメージングの研究に取り組んでいます。これまでの研究で、マラリア肝細胞期においてCD8+T細胞が肝細胞に感染したマラリア原虫を排除する現場を直接観察することに成功しました。肝細胞に感染したマラリア原虫の排除にあたり、原虫特異的CD8T細胞が感染肝細胞周囲にクラスターを形成し、それに伴い原虫が排除されるという従来考えられていたCD8+T細胞のエフェクター機構と異なる新しい知見を報告しました。今後さらに、マラリア感染における免疫記憶細胞や制御性細胞の動態や活性化、寄生体・宿主相互作用など生体イメージングの手法を用いて解明していきます。