ごあいさつ
 
コラム  
 
 
『私はなぜ小児科を選んだのか?』(平成13年4月)

 私は高3の受験土壇場まで、医学部に進むかどうかすら決めていませんでした。進路適性検査なるものを受けると、適性の1〜6位が全て文系か芸術系の 学部で、7位になってやっと理系の医学部が来る始末でしたが、結局迷った挙げ句、7位の医学部を選んだのには以下のような打算がありました。つまり、 (1)医者になってお金を稼ぎその資金でシュリーマンのように考古学の仕事を始める(シュリーマンは商人として巨万の冨を築いた後、夢であった古代遺跡の 発掘に取り組んでいます)、もしくは(2)精神科かどこかに入局し、然るべき後に文筆業に入る(我国は森鴎外以来、斎藤茂吉、北杜夫、なだいなだ、渡辺淳一など医師兼作家が多いので)といったものでした。今のところ、(2)の夢はまだ完全には捨てていませんが、(1)については必要条件である『お金を稼ぐ』ことから程遠い道を辿ってしまい、自然消滅してしまいました。

 医学部に入って、1学年上の兄がしっかりとってくれたノートがあったので講義もまじめに受けず、5年生になっても自分の進路についてこれといってはっきり としたヴィジョンはありませんでした。病棟実習が始まりいろいろな診療科をローテイトするうちに、科によって働いている医師の表情に随分と違いがあること が感じられました。

 『小児科のお医者さん達って、どうしてこんなににこやかに笑顔を絶やさず、生き生きと仕事をしているのだろう?』それがおそらく小児科医を自分の未来像の 候補として、最初に意識した瞬間だったと思います。そこで小児科を自分なりに眺めると、(1)とても幅広い(幾つもの内科学教室が行う全ての専門領域を一教室でこなしている)、(2)縦長い?(胎児期から思春期までの劇的なまでに変化に富んだ時期を扱う)、(3)奥深い(単に身体医学のみならず、心身相関 が強い小児では精神医学も重要で、さらには家族や学校や社会抜きでは小児の健康は語れない)、(4)起伏に富む(テレビの『ER』にみるような救急〜超急性的なものから、心身障害児者の療養療育のような超慢性的なものまでもが守備範囲である)ことがわかりました。

 また、一つの命を救う手助けができた時、失わずに済んだその人生が最も長く可能性に満ちたものであるのも、小児科の領域です。助かった命を喜ぶ歓声が最も 大きいのも、そして精一杯力を尽しても救えなかった命を悲しむ涙を最も多く流すのも、やはり小児科ではないかと思いました。

 医師として一人前であるのは大変な事です。人並み外れた努力と情熱なしではやっていけない職業だと思います。それをやり抜いていく為に不可欠なものは、打算抜きでその仕事が好きで、心からやりがいを感じる事ではないでしょうか?私にとって、それは『小児科』であった訳です。


 
長崎大学小児科学教室
著作権表示