最近の研究成果Recent Advances
社会性や情動に関する行動を制御する因子をマウスで発見
(kbym et al., 2013)

・RINESは、脳内の気分や情動の調節因子に働く酵素モノアミンオキシダーゼに結合して、
 その分解を促す
・タンパク質の分解を制御する因子RINESを欠損したマウスは情動に関する行動に異常
・不安、うつなどの情動の障害を標的とした創薬に対する知見提供に貢献

脳には数多くの神経伝達物質が存在し、細胞間で情報のやりとりを行うことで、脳の広範囲の機能の調節に重要な役割を果たしています。神経伝達物質のうち、 モノアミンと呼ばれるグループにはノルアドレナリンやセロトニンが含まれており、脳内におけるノルアドレナリンやセロトニンの量が適切に調整されることで、気分や情緒が正常に保たれています。ノルアドレナリンやセロトニンを分解し、その量の調節を行っている酵素の1つが、 モノアミンオキシダーゼ A(MAO-A)です。もし、MAO-Aが過剰にノルアドレナリンやセロトニンを分解すると、うつ病や不安障害を引き起こしてしまいます。そのため、MAO-A阻害薬が、うつ病や不安障害などの治療に長年用いられてきました。また、過去に行われたヒトや実験動物による研究から、MAO-Aは薬の標的になるだけでなく、脳内における量が社会性や情緒に関わることが示されています。例えば、MAO-A量が少ないとヒトではブルンナー症候群のように、攻撃性が高くなり、マウスでは社会的な接触が低下する傾向があります。逆に、MAO-A量が多いと抑うつ、不安の傾向が高くなります。このように、社会性や情緒に関わる行動と関連性のあるMAO-A量ですが、そのMAO-A量を制御する分解機構についてはいまだに分かっていません。
多くの細胞内タンパク質は、合成と分解を常に繰り返して新陳代謝をしています。主な分解経路として、ユビキチン・プロテアソーム系があります。この系では、E3ユビキチンリガーゼと呼ばれるタンパク質が分解の標的となるタンパク質に目印となるユビキチンを結合させ、その目印を持ったタンパク質が細胞内の分解工場の1つであるプロテアソームに運ばれて、分解されます。したがって、このシステムではE3ユビチチンリガーゼが標的タンパク質の認識に重要な役割を果たします。2008年に私たちは、脳に発現する小胞体膜上のタンパク質「RINES」が、E3ユビキチンリガーゼとしての活性を示すことを発見しました。このRINESの役割を明らかにするため、RINES欠損マウスを作製し、研究していたところ、外見上は正常な同腹の野生型マウスとまったく同じでしたが、その行動に異常があることに気が付き、RINESの機能と情動の関係性について詳しい検証に挑みました。
まず初めに、RINES欠損マウスと野生型マウスに対して、いくつかの行動実験を行いました。その結果、野生型マウスに比べてRINES欠損マウスの不安傾向が強いことが分かりました(図1)。
Pharmacol Sci 115 (Suppl.1): 200, 2011

図1 野生型マウスとRINES欠損マウスの不安傾向の比較。
図1
高架式十字迷路において、野生型マウスは壁に囲われていないアームにも頻繁に出てくるが、RINES欠損マウスは囲われた場所に多くいる。これは、野生型マウスに比べてRINES欠損マウスは、不安傾向が強いことを示す。

また、不快感をもたらす微弱な電気刺激や強制的な水泳のストレスに対しての回避行動などの反応性が、RINES欠損マウスでは低下する、などの情動反応の異常を示しました。さらに、侵入者として今まで会ったことのないマウスと一緒にしてやると、正常マウスよりも長く相手に接触し(社会的な接触、親和性の増加)、危機感が低下することが分かりました(図2)。
図2 野生型マウスとRINES欠損マウスの社会性の比較
図2
野生型マウスとRINES欠損マウスのそれぞれのホームケージに、侵入者として新たなマウス(薄青)を入れる。その結果、野生型マウスは新たなマウスから離れていることが多いが、RINES欠損マウスは、侵入者に接触したり、においを嗅いだりと、社会的な接触が増えた。

これらの行動の異常から情緒の変化が予想されたので、私たちはRINES欠損マウスの脳の各部位で安静時と不快な刺激後にモノアミン量を調べることにしました。その結果、不快な刺激後、ノルアドレナリンとセロトニンの両方の量が、青斑核という部位で正常マウスより低くなることが分かりました。青斑核ではMAO-Aの酵素活性が特に高いことが知られていることから、青斑核のMAO-Aの定量を行いました。その結果、青斑核でMAO-Aの酵素活性が高く、その量も増えていることが明らかになりました。一方で、MAO-Aの産生過程について検討しましたが、その差は認められず、MAO-A量の増加は、産生が増えているせいではないことが分かりました。これらのことから、RINES欠損マウスでは、MAO-Aの分解が低下している可能性が考えられました。
次に、実際にRINESが直接MAO-Aの分解に関与するのかどうかを検討してみました。その結果、培養細胞内でRINESはMAO-Aに結合して、ユビキチン化とタンパク質分解を促進することが分かりました。また、RINES欠損マウスの青斑核から抽出したMAO-Aでは、ユビキチン化の程度が減少していました。以上から、RINESがMAO-Aを標的としてその分解を促進することが明らかになりました(図3)。
図3 RINESの働き
図3
RINESは、モノアミンオキシダーゼAをユビキチン化する。ユビキチン化されたモノアミンオキシダーゼAはプロテアソームで分解される。

さらに、RINES欠損マウスに表れた行動異常がMAO-Aの変化を反映しているのかどうかを検討するために、モノアミンオキシダーゼ阻害剤をRINES欠損マウスに投与して、その影響を情動行動異常において評価しました。その結果、RINES欠損マウスは正常マウスと異なった反応を示し、複数の行動評価項目で異常行動が改善しました。これらのことから、モノアミンオキシダーゼの量的な変化がRINES欠損マウスの行動異常に関係していることが確かめられました。
興味深いことに、RINES欠損マウスで観察された不安の増強や社会的な接触の増加といった行動異常は、MAO-A量の低下と関連した症状(ヒトのブルンナー症候群など)と逆になる一方で、MAO-A過剰と関連した症状(不安症状)とは類似しています(図4)。
図4  モノアミンオキシダーゼAタンパク質の量と精神疾患の関係
図4
RINES欠損マウスの不安増強や社会的接触の増加などの行動異常は、モノアミンオキシダーゼA量が低下した際にヒトに見られる、攻撃性が高くなる症状(ブルンナー症候群など)と逆になる。一方で、モノアミンオキシダーゼA過剰と関連した症状(不安症状)とは類似する。

今回の発見は、MAO-A量の制御機構の新たな一面を明らかにしたものであり、情動障害や行為障害の発症機構の理解に貢献するものとなりそうです。さらに、ヒトにおけるMAO-A量低下による攻撃性は、幼児期の虐待などにより、その症状が顕著に出ることも明らかになっています。そこで私たちはRINES欠損マウスの若齢期における異常にも注目しています。
また、ヒトにおけるRINESの変異が不安または攻撃性などの社会性行動の多寡と関連があるかどうかを検討することも重要です。今後、これらの点が解明されると、RINESを標的とした抗不安薬などの創薬の可能性を考える上で重要な知見になると期待できます。
補足説明
*1 モノアミン

ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称で、気分や情緒の調節に重要な役割を果たす。いずれの神経伝達物質も1つのアミノ基が2つの炭素鎖により芳香環につながる化学構造をもつ。霊長類、げっ歯類ではモノアミン含有神経細胞の細胞体は脳幹部にあり、ほぼ脳全体に神経軸索がいきわたるため、モノアミン神経系(モノアミン系)は広汎投射神経系としての特徴を持つ。

*2 モノアミンオキシダーゼ

モノアミンの代謝分解においては、モノアミン酸化酵素(MAO:monoamine oxidase)が重要な酵素となる。その破綻は、気分や情緒に関連したさまざまな神経障害を引き起こすため、これらの障害の治療ターゲットとして注目されている。MAOは、モノアミンのアミノ基をアルデヒド基に酸化する。通常MAOはミトコンドリア外膜に局在し、細胞内のセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの分解に関与する。MAOにはMAO-AとMAO-Bがあり、2つの別の遺伝子によりコードされている。

*3 ユビキチン・プロテアソーム(タンパク質分解)系

プロテアソームはタンパク質の分解を行う巨大な酵素複合体で、真核生物の細胞で細胞質および核内のいずれにも分布している。ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する系は「ユビキチン-プロテアソーム系」と呼ばれ、細胞周期制御、免疫応答、シグナル伝達といった細胞中のさまざまな働きに関わる。この機構の異常はガンや神経変性疾患などの原因の1つになっている。

*4 E3ユビキチンリガーゼ

タンパク質にユビキチンを連結させる酵素。この酵素は、ユビキチン−プロテアソーム系において、分解されるべきタンパク質の認識を行い、タンパク質を時間、空間的に適切な量に制御する中心的役割を果たす。 ユビキチンリガーゼは、HECT型とRINGフィンガー型の2種類に大別される。RING型のE3ユビキチンリガーゼにはparkinやBRCA1などが知られ、その破綻が神経変性疾患や乳がんなどの原因の1つと考えられている。E3ユビキチンリガーゼは、さまざまな疾患の治療ターゲットとしても注目されている。

*5 RINES

RINGフィンガーモチーフを持つユビキチン転移酵素(E3 ユビキチンリガーゼ)。別名RNF180。結合タンパク質のユビキチン化とその後のプロテアソームによる分解を促進する。2008年に理研行動発達障害研究チームが発見した(Ogawa, M, Mizugishi, K and Aruga, J et al, Genes Cells 13, 391-409. 2008)。

*6 青斑核(せいはんかく)

脳幹にある神経核で、何らかの神経系の分岐点や中継点となっている神経細胞群のこと。ノルアドレナリン作動性神経細胞を多数含む神経核として有名。ストレスとパニックに対する生理学的反応に関与している。モノアミンオキシダーゼの活性が高い。

*7 行為障害

反社会的、攻撃的あるいは反抗的な行動パターンが反復、持続することを特徴とする。年齢相応の社会規範や規則を大きく逸脱しているものを指す。