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終末糖化産物による脳虚血血管障害の増悪機構と、シロスタゾールの保護効果
(Takeshita et al., 2014)

糖尿病は世界的に急増しており、糖尿病を放っておくと、様々な慢性合併症が問題となります。糖尿病性血管障害は合併症の一つで、糖尿病患者のQOL(Quality of life, 生活の質)を低下させ、死亡率を引き上げています。糖尿病性血管障害は、心臓、脳、四肢の血管に代表される動脈硬化性の大血管障害と、網膜症、腎症、神経症に代表される微小血管障害などがあります。私達は、これらの中でも、微小血管障害、特に脳の微小血管障害に注目しました。脳の毛細血管には血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)*1と呼ばれる特性が備わっており、血管内の循環物質の脳内への移行を調節することで、脳内環境を維持する役割を持っています。そのため、糖尿病による脳血管障害は脳内環境を乱し、病気の進展に関与することが考えられます。
また、糖尿病を合併した虚血性脳血管障害では梗塞巣や脳浮腫が増悪することが知られていますが、脳浮腫発症の責任部位であるBBBの機能障害に関する詳細なメカニズムは未だ良く分かっていませんでした。近年の研究により糖尿病性網膜症や大血管障害では終末糖化産物(Advanced glycation endproducts, AGEs)*2が血管内皮細胞障害に関与することが指摘されていました。そこで私達は、実験的虚血再灌流条件下でのAGEsの作用をBBB in vitroモデル(図1)を用いて検討し、そのメカニズムの解明を行いました。

図1

ラットの脳から分離した脳毛細血管内皮細胞、ペリサイト及びアストロサイトを用いてBBB in vitroモデルを作成しました。虚血再灌流の条件でAGEsがBBBに与える影響を調べるため、BBBモデルにBSA(bovine serum albumin)の糖化産物であるAGE-BSAを添加し、虚血模擬処置として、3時間の脱酸素・脱グルコース(oxygen-glucose deprivation, OGD)と、24時間の再灌流を行いました。その結果、以下のBBB機能障害が観察されました。

1. 虚血再還流(OGD)により、BBBのバリアー機能の指標である電気抵抗値(Transendothelial electrical resistance, TEER)*3が減少し、AGEsの存在下ではその障害が上昇する。
2. AGEs存在下において、虚血再還流によりBBBバリアー機能に関与するタイトジャンクション*4のタンパク質である、クローディン5の発現が低下している。
3.  AGEs存在下において、虚血再還流により増殖因子の一つであるトランスフォーミング増殖因子(TGF-β)の発現、分泌が増加する。
4. TGF-βの作用を阻害すると、血管障害が軽減する。

以上のことから、高血糖時に増加するAGEsにより、虚血再還流によるBBB機能障害は増悪し、この機能障害の発現にはTGF-βが関与することが判明し、糖尿病を合併した虚血性脳血管障害では梗塞巣や脳浮腫が増悪するという臨床知見を支持する結果となりました。

私達は、この糖尿病性脳血管障害モデルを用いて、BBBの機能障害を軽減する薬物(BBB 保護薬)の検討も行いました。

シロスタゾール(cilostazol)はホスホジエステラーゼⅢの選択的阻害薬であり細胞内サイクリックAMPを上昇させ、血管拡張作用や抗血小板作用を発揮します。臨床では、①慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍、疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善、②脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症後の再発抑制の適応を持っています。

私達は、シロスタゾールが、BBBに対する保護的な効果を有することを報告しており、シロスタゾールをBBB 保護薬候補として糖尿病性脳血管障害モデルに対する検討を行ました。その結果、以下のような、シロスタゾールの保護作用が観察されました。
1. シロスタゾールは、AGEs存在下における虚血再還流によるBBBバリアー機能障害(TEERの低下、クローディン5の減少)を軽減させた。
2.  シロスタゾールは、AGEs存在下における虚血再還流によるTGF-βの産生を抑制した。
3.  シロスタゾールは、TGF-βによるBBB機能障害を軽減した。

以上のことから、糖尿病を合併した虚血性脳血管障害には、TGF-βの産生亢進によるBBB機能障害が関与しており、その保護薬としてシロスタゾールが有用であることが示唆されました。

図2
補足説明
*1. 血液脳関門

脳の毛細血管には末梢の毛細血管とは異なり、血液循環物質から神経細胞を保護するための血液脳関門(blood-brain barrier:BBB)が存在し、物質の輸送が制限された選択的な輸送機構となっている。血液脳関門の本体は脳毛細血管内皮細胞であるが、周辺に存在する、アストロサイト(星状膠細胞)およびペリサイト(周皮細胞)の3種類の細胞が機能的に一体となって構築している。

*2. 終末糖化産物(Advanced glycation endproducts, AGEs)

グルコースに代表される還元糖と、タンパク質・アミノ酸が非酵素的に反応し、形成される。後期糖化反応生成物とも呼ばれる。AGEsは糖尿病性合併症だけではなく、神経変性疾患、癌など多岐にわたる疾患の発生や進展に関わっていることが報告されている。

*3. Transendothelial electrical resistance, TEER(経内皮電気抵抗)

EVOM抵抗計(Volt-Ohm resistance meter)、図3を用いて測定される。測定値は Ω×cm2で表され、タイトジャンクション機能の指標として使われる。フィルター上に培養した内皮細胞の上下に電極を置くことで、イオン移動を簡便に測定できる。BBBの特徴として、このTEERが末梢の内皮細胞と比較して非常に高いことが知られている。

補足3
*4. タイトジャンクション(tight junction)

脳の毛細血管では、内皮細胞同士がタイトジャンクション(密着結合)と呼ばれる形式で結びついており、細胞間隙の物質通過を制限する働きを持っている。タイトジャンクションは、クローディンやオクルディン、ZO-1などのタンパク質により構成されている。