診療内容(診療グループ):肝・胆・膵外科
肝・胆・膵外科班の診療と研究活動
 私たち肝胆膵班では、肝臓、胆道(胆嚢)、膵臓、脾臓の多岐にわたる疾患を対象として手術を主とした治療を行っております。対象とする疾患は多岐におよびますが、スタッフはこれまで当班で培われた経験と技術を生かし、最良な治療を目標に診療を行っております。
 手術についてはこれまでの標準的な方針に最新の知見を取り入れ、疾患の根治性と安全な術式,必要に応じて低侵襲性に配慮した術式をこころがけています。手術を計画する場合は患者様に対する詳しい説明のもと、できるだけの情報を提供し、患者様の状況、ご希望、社会的等も考慮し、患者様本位の診療を重視しています。
 各種疾患の治療にあたっては、日頃より当大学病院の消化器内科、放射線科、その他の部門と合同で「肝癌カンファ」「胆道、膵疾患カンファ」等を行い、治療に際しては手術だけにとらわれず広い視野で疾患をとらえ、最良の治療方針の立案を合同で行っております。 
 また、当診療班では、日常診療に加えて、最新の医療科学、画像診断技術の進歩を取り入れた次代の医療に貢献できるような臨床、基礎研究を行い、国際学会、国内学会における研究業績の発表、論文投稿も日ごろより積極的に取り組んでいます。
対象疾患と治療、研究実績
1.肝疾患
 当班では肝細胞癌、肝内胆管癌、転移性肝癌、そのほかの肝腫瘍性疾患に対して手術を中心とした治療を行っております。
 疾患の詳しい検査、術式選択に際しては
  ・ 最新のCTシステムによる疾患に応じた造影CT検査
  ・ 造影CTを用いた、肝動脈、門脈、肝静脈、胆管の3D構築画像
  ・ 3D画像をもとにして作成した3Dプリンタによる3Dモデル
  ・ 体表からの超音波検査、術中超音波検査、造影超音波検査
  ・ 造影MRI(EOB)による疾患の性状の評価
等を用いて肝腫瘍のサイズ、個数、性状、脈管との位置関係を詳細に把握し、最適な治療方針、切除方針を立案します。
 肝臓を切除するにあたっては、それぞれの患者様の肝臓の予備能力を正確に評価するために
  ・ ICGテストと高崎の式を用いた肝切除許容量の算出
  ・ 3DCTを用いた肝臓の領域ごとの容積算出
  ・ 肝アシアロシンチを用いた肝臓の領域ごとの機能的容積の算出
等を行い、正確な肝予備能の算出、患者様ごとの肝切除許容量の詳細な検討を行っております。これらを用いることにより、標準的な肝切除に加えて、安全性を最優先としながらもこれまでは切除不能であったような巨大肝腫瘍の切除も施行しております。
 また、大量の肝切除が必要な際は手術の安全性を高めるために、切除する予定の肝臓領域への血管を術前に塞栓し、残る肝臓の容積をあらかじめ増量させておく
  ・ 術前門脈塞栓術(PVE)
を積極的に行っています。
 実際の肝切除の際は
  ・ Pringle法による肝血流遮断による出血量の減少
  ・ 下大静脈のテーピング等による静脈系からの出血制御
  ・ 超音波凝固切開装置
  ・ 血管シーリングシステム
  ・ CUSA(超音波外科吸引装置)
などの手技、デバイスを適切に組み合わせ、出血の制御、安全性の確保、侵襲の縮小、手術時間の短縮に心掛けています。

 当班では肝腫瘍に対する腹腔鏡手術にも積極的に取り組んでおり、すでに保険適応となっている肝部分切除術、肝外側区域切除術については詳細な術前検査の上、適切な症例に対して腹腔鏡手術を施行しております。腹腔鏡手術については安全性を最優先したうえで、さらに体に対する侵襲の少ない単孔式腹腔鏡手術も取り入れております。


1-1.肝細胞癌、肝内胆管癌
肝腫瘍
 手術適応となった肝細胞癌、肝内胆管癌に対してはそのサイズ、個数、発生した位置を各種画像診断を駆使して正確に把握し、最も適切な治療方法を計画いたします。
腫瘍、肝機能に応じて、部分切除、亜区域切除から拡大葉切除、3区域切除を施行いたします。適切な症例に対しては腹腔鏡下肝部分切除、外側区域切除を施行しております。
 手術困難例や再発例、早期肝癌に対して開腹にてのラジオ波・マイクロ波凝固療法を行っています。腹腔鏡あるいは胸腔鏡補助下の穿刺、ラジオ波焼灼術症例も経験しています。

肝細胞癌、肝内胆管癌① 肝細胞癌、肝内胆管癌② 肝細胞癌、肝内胆管癌③
肝細胞癌、肝内胆管癌④ 肝細胞癌、肝内胆管癌⑤
肝細胞癌、肝内胆管癌⑥ 肝細胞癌、肝内胆管癌⑦
肝細胞癌、肝内胆管癌⑧ 肝細胞癌、肝内胆管癌⑨

1-2.転移性肝癌
 大腸癌、神経内分泌腫瘍、そのほかの腫瘍の肝転移巣に対してはガイドラインに基づいた適切な手術適応の検討のもと、積極的な肝切除を行っております。原発巣との同時切除、二期的切除など病態に応じて切除時期の検討も行い、全身疾患としての肝転移に対して、最も効果的、生命予後延長へ寄与する手術を心掛けております。

1-3.そのほかの肝疾患
 当班では悪性疾患のほかにも、外科的処置の対象となる巨大肝嚢胞に対する腹腔鏡下の開窓術、肝血管腫に対する腹腔鏡下肝切除術などの良性腫瘍、良性疾患に対する手術を施行しており、できるだけ低侵襲、肝機能温存の方針を心掛けております。また、交通事故等による肝臓の損傷等に対しても必要時には肝切除や止血術などを施行しております。


2.胆道疾患
 当班では胆管腫瘍、乳頭部腫瘍、胆嚢結石症、総胆管結石症、胆管膵管合流異常などの胆道疾患に対して外科的治療を行っています。
 治療にあたっては胆道という非常に内径の小さな(3―10㎜)の管腔臓器における病変の評価を詳細に行うことで適切な術式、切除範囲の設定を行っています。
 術前検査では消化器内科における以下のような詳細な胆道の精査を施行し、術前の評価を行っています。
  ・ ERCP(内視鏡的逆向性胆管膵管造影)
  ・ 超音波内視鏡およびIDUS(管腔内超音波検査法)
  ・ POCS(経口胆道鏡)
また、放射線科と共同して
  ・ 胆道造影を同時施行する胆道系血管系の同時造影CTおよび3D像の作製
  ・ FDCT(flat ditector CT)を用いた胆道3D造影検査
などを行ってより正確、詳細な病変の評価を行い手術計画に役立てています。

2-1.胆道腫瘍
 肝門部胆管癌に対しては唯一の根治療法である肝切除、肝外胆管切除等を積極的に行っています。手術にあたっては前述の肝臓手術と同様、術後の肝不全防止対策として術前門脈塞栓術やプリングル法による肝庇護等を行い、手術の安全性を確保しています。
 また、広範囲の胆管癌に対しては肝切除と膵切除を併施する、肝膵同時切除(HPD)を施行しており、良好な成績を上げています。
 下部胆管癌、乳頭部癌に対しては膵頭十二指腸切除術を中心とした手術を施行しており、術後の機能温存、低侵襲を目指した幽門輪温存術式や、縮小手術(膵温存十二指腸乳頭部切除など)を行っています。
 胆嚢癌に対しては積極的な手術を行い、胆嚢全層切除から肝葉切除、肝外胆管切除、リンパ節郭清等の拡大術式までを腫瘍の大きさ、進展度に応じて選択して施行しています。

2-2.光線力学療法(Photodynamic therapy)について

胆道の腫瘍
 胆道癌では癌の伸展範囲が切除限界を超えることがあり、肝側胆管断端陽性(腫瘍遺残)となることがあります。この場合、手術としては根治的な完全切除とならない非治癒切除になり、大きくこれが予後に影響を与えます。
 このような疾患の状態に対して、我々は光線力学療法(Photodynamic therapy: PDT)を2001年から導入し、2015年3月の段階で29例に行ってきました。
 このPDTは腫瘍に特異的に集積する光感受性物質を注射し、腫瘍部にレーザー照射を行い、腫瘍の増殖を抑止、縮小させる治療法です。
 これまでの症例で、局所制御の有用性を確認し、2006年日本消化器病学会胆道癌コンセンサスミーテイング、日本消化器外科学会、日本胆道学会そのほか多くの学会で報告してきました。胆道癌診療ガイドラインにも取り上げられており、今後も当班に於てさらに新しい光感受性物質を用いた治療を計画しております。  現在、長崎大学病院内の5科合同による研究会を行っており、さらなる発展をめざしています。 

2-3.胆嚢、総胆管結石
 胆嚢結石(胆石症)、総胆管結石に対しては積極的に腹腔鏡下胆嚢摘出術、腹腔鏡下総胆管切開術などの、低侵襲手術を施行しています。近年は通常の腹腔鏡手術よりさらに傷の数を減じた単孔式腹腔鏡手術も取り入れています。
 このような手術の低侵襲化により、入院期間の短縮(術後2-3日で退院)も可能となり、患者様のお仕事やご家庭の状況に応じた手術計画の立案が可能です。

2-4.膵管胆管合流異常
 膵管と胆管が通常と異なる形で合流する状態は、胆管癌、胆嚢癌の発生の頻度が通常の場合と比較して非常に高く、腫瘍性病変の発生予防のための手術療法が適応となることがあります。
 このような疾患に対して当班では胆嚢摘出術、いわゆる分流手術(肝外胆管切除再建)等を行っています。


3.膵疾患
膵疾患
 当班では膵癌、内分泌腫瘍、粘液性嚢胞腫瘍、漿液性嚢胞腫瘍などの腫瘍性疾患、膵炎に伴う各種の疾患、膵外傷等に対して手術を行っています。
 手術は癌に対する拡大切除術式から、良性腫瘍に対する機能

3-1.膵癌

 膵癌に対しては十分な精査のもと、慎重に手術適応、手術々式を検討いたします。切除可能膵癌に対しては膵頭部癌に対して、
  ・ 門脈合併切除再建、上腸間膜動脈周囲廓清を伴う膵頭十二指腸切除術
膵体尾部癌に対しては
  ・ 門脈合併切除再建、腹腔動脈肝切除を伴う膵体尾部切除(DPCAR)
等の拡大手術を積極的に施行しています。
 腫瘍の伸展範囲が広く、根治的手術が困難と考えられる症例に対しては内科、放射線科と共同して術前化学療法、術前放射線療法を組み合わせた手術療法も施行しています。
 また、手術施行症例に対しては膵癌診療ガイドラインに基づき、術後の補助化学療法を内科と共同して施行しております。

3-2.膵嚢胞性腫瘍(IPMN:膵管内乳頭粘液腫瘍)
 膵管内に粘液を産生し、嚢胞様の形態をとるIPMNは前癌病変と考えられており、いくつかの条件を満たす場合、癌化の可能性が高いと考えられ、切除術の対象となります。
 当科では消化器内科にて施行される超音波内視鏡検査、膵管内超音波検査、経口膵管鏡検査、超音波内視鏡下穿刺検査(EUS-FNB)等の結果をもとに慎重な手術適応のもと手術を施行しています。
 手術は明らかな浸潤癌がない場合は脾温存、十二指腸温存の膵切除術や、腹腔鏡を用いた膵頭十二指腸切除、膵体尾部切除等の機能温存、低侵襲手術を施行しています。

3-3.膵内分泌腫瘍
 膵内分泌腫瘍には悪性腫瘍(癌)と同等の悪性度を持つ腫瘍、良性腫瘍として治療可能なものなど多岐にわたります。
 手術療法はその悪性度に応じて、癌に準じた手術、IPMNと同様に機能温存、低侵襲を目指した膵部分切除、脾温存体尾部切除、十二指腸温存膵切除、腹腔鏡下膵切除などの手術を使い分けて治療効果、機能温存のバランスをとる方針としています。

3-4.そのほかの膵疾患(慢性膵炎、膵外傷など)
 繰り返す膵炎や、膵炎による有症状の嚢胞形成、膵石などによる有症状の膵管拡張等に対しては、膵管空腸吻合術、Freyの手術などを施行しています。
 また、交通事故、スポーツ事故などによる膵断裂、膵管損傷等に対しては慎重な適応検討の上で、内科的なステント術などを併用しながらの手術療法を行っています。


4.研究実績
 当班では上記のような診療に加え、以下のような臨床研究、基礎研究を行い、国内外学会、研究会での業績発表、論文発表を行っています。

  • 胸腔鏡補助下ラジオ波凝固療法
  • 肝癌に対する凝固療法の工夫と肝切除との比較
  • 標準肝容積と残肝容積との関連
  • アシアロシンチを用いたfunctional liver volumeの検討
  • 肝切除術式と合併症の関連
  • ICGとLHL15の関連
  • Modified CLIP scoreやJIS scoreによる肝癌切除後予後の検討
  • 血清ヒアルロン酸の肝予備能としての意義
  • 胆道癌における光線力学的療法の効果
  • 原発性肝癌における肝切除後予後因子…臨床病理因子と肝線維化、腫瘍生物学的因子を含めた総合評価
  • 脳死肝移植術後のearly graft dysfunction , post- revascularization syndrome, 肝動脈血栓症、肝癌治療および術後合併症に関する臨床研究
  • 障害肝における大量肝切除に対するFFP投与の効果
  • 転移性肝癌における肝切除後予後因子…臨床病理因子と腫瘍生物学的因子を含めた総合評価
  • MRIを用いた膵外分泌機能評価
  • 膵胆道癌におけるSialyl Tn抗原発現性
  • 胆嚢癌の腫瘍生物学的特性
  • Pringle法およびTHVE法による肝障害度の検討-正常肝と慢性障害肝、黄疸肝の比較(血液ガス, lipid peroxide, cytokines (TNF?, IL-6 and IL-8) )
  • MRIを用いた肝血流(肝静脈、門脈)測定と肝予備能評価
  • 術前門脈塞栓術の効果。CTによる肝再生率の評価