ごあいさつ

長崎大学消化器内科開講6年目を迎えて 教授:中尾一彦
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科消化器内科学分野 教授
(長崎大学医学部消化器内科学 教授)
長崎大学病院消化器内科 診療科長
中 尾 一 彦

 早いもので消化器内科が開設され、5年が経ち、今年は6年目を迎えています。当初は入局者も少なく、関連病院など関係各位にご心配をおかけしましたが、昨年、今年度と入局者が増え、ようやく一息ついたところです。入局勧誘を頑張った大仁田 前医局長、松島先生、柴田先生はじめ、教室員、教育関連病院の先生方、ご苦労様でした。人こそ宝、教室員の過労と疲弊を防止し、診療の質を高め、臨床研究、学会活動にエフォートを割くためにも、若き仲間たちをリクルートすることは、これからも教室の最優先課題と考えます。
 さて、平成25年度を振り返ってみますと、消化管、肝胆膵、化学療法それぞれの分野で皆さん、大いに頑張ってくれました。内視鏡診療では食道早期癌ESD治療後の欠損粘膜治癒促進目的に、山口先生、磯本先生を中心に、移植消化器外科、口腔外科、東京女子医大との共同で、患者口腔粘膜を長崎で採取後空輸し、東京女子医大で細胞シート作成後再空輸し、長崎でESD施行後、細胞シートを貼付するという臨床研究が軌道に乗り、目標の10例も間近となっています。近年、抗血小板剤、抗凝固剤内服中の患者さんをESDする機会が増えてきましたが、山口先生、磯本先生は、抗血小板剤を内服続行しながらESDを施行し出血の合併症を避ける目的に、ESD後の粘膜欠損部にPGAフェルト+フィブリン糊を被覆する多施設臨床研究を立ち上げました。極めて重要なテーマであり、今後の進捗が期待されます。南先生による食道アカラシアPOEM治療も、これほど患者さんがいたのかと思うほど県内外からご紹介いただき、順調に症例数が伸びています。治療後、わずか数日で劇的に症状が改善し喜ばれる患者さんを診るたびに、POEM治療法の画期性を実感しています。
 胆膵領域では、ERCP下の処置の需要が関連病院を含めて増加していること、この領域に興味を持つ若手医師も多いことから、大仁田先生、鶴田先生(長崎原爆病院)、山尾先生(佐世保総合病院)、大場先生(諫早総合病院)、佐伯先生(長崎医療センター)が中心となり、関連病院から症例を持ちより、ERCP下の各種処置、EUSFNA、乳頭切除などに関する勉強会が定期的に開かれるようになったことは、良い流れと喜んでいます。今後、この勉強会により治療技術の均展化が進み、多施設共同臨床研究へと発展することを期待しています。
 肝臓領域は、今、大きな転換期を迎えようとしています。直接、肝炎ウイルスに作用しウイルス複製を阻害する薬剤(DAA)が次々と登場し、C型肝炎ウイルスの駆除率は劇的に改善し、近い将来、C型肝炎は撲滅されることが期待されます。田浦先生を中心とした長崎県の多施設肝癌臨床研究によると、すでに、長崎県におけるC型肝炎関連の肝癌は年々低下し、替わって、肝炎ウイルス陰性(非B非C)の肝癌が増加していることが明らかとなりました。日本全体も同様の傾向にあり、非B非C肝癌の増加には、飲酒、肥満、糖尿病、脂肪性肝炎、高齢など様々な要因が関わっていると考えられています。このように、肝疾患診療はウイルス性肝炎の診療のみならず、肝の代謝異常改善を目指した診療へと移行しつつあります。すなわち、ウイルス学的知識に基づく適正なDAA製剤の使用と、肝代謝異常に対する正確な知識が要求される時代を迎えたと言えます。現在、そのような観点から研究を進めている、宮明先生、三馬先生、赤澤先生の健闘を期待しています。
 今年6月2日、長年、肝臓グループのチーフとして臨床、教育、研究の中心的存在であり、教室の初代医局長を3年間務めた市川辰樹 准教授が、長崎ミナトメディカルセンター市民病院、消化器内科部長へ異動となりました。市川先生は、肝硬変に伴う様々な代謝栄養異常、潜在性脳症、睡眠障害研究に加えて、肝移植治療に肝臓内科医の立場で深く関わり、移植前後のマネージメント、抗ウイルス療法、免疫抑制、移植後の様々な合併症など広い分野にわたり、臨床、研究を牽引して来ました。多くの教室員が彼の指導により学位を取得しました。また、教室のムードメーカーとして、学生、研修医にも多大なる影響を与えてくれました。市川先生の転出による戦力低下が危惧される所ですが、幸い、市民病院に於いても、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の連携大学院教授として、引き続き、大学院生の指導をお願いできるとのことなので、今後も、共同して研究を行えればと思っています。年報表紙の写真は、市川先生激励会(送別会)の記念写真です。
 化学療法グループは、これまで、塩澤先生、本田先生二人で何とか切り盛りしてきましたが、嬉しいことに、化学療法に興味を持ち、勉強したいという教室員も出てきました。平成25年春に荒木先生が国立がんセンター中央病院で一年の研修を終え、帰局したのに続き、来年は大石先生が同病院での研修を希望しています。消化器癌の化学療法は、需要も多く、分子標的薬、生物学的製剤など多種多様な薬剤に対する専門的な知識と使用経験を必要とする一方で、治療による完治が期待できることは少なく、緩和、看取り医療など、全人的医療が要求される領域です。この道を志す若者が出てきたことを頼もしく思っています。
 以上のように、教室の運営はおおむね順調ですが、いくつかの課題も見えてきました。教室員の増加、研究、学会活動の活発化に伴い、教室の予算規模も大きくなってきました。一方で、メーカー等からの従来型の奨学寄附金は、某社の不祥事を受け、減少の方向に転じています。よって、今後、大学院生に十分な研究、学会活動を行ってもらうには、競争的外部資金をさらに獲得する必要があります。もう一つの課題は、学会発表数に比し、論文発表数が頭打ちにあることです。外部資金獲得のためにも、論文業績を伸ばす必要があります。よって、今年は教室全体で、論文作成の気運を高めたいと考えています。平成26年度は、教室のさらなるステップアップの始まりの年にできればと願っています。