そううつ病を描いた
第7回 「心のままに」(1993)

 今回紹介するのは米映画「心のままに」(1993年)です。
 ある陽気な男(リチャード・ギア)が仕事を求めて建築現場にふらりと現れます。ユーモアたっぷりのノリの良いトークで、現場監督から「1日だけ」という条件で仕事を得ます。しかし、男は異様にテンションが高い状態。ついには飛行機を見るうちに、「自分も飛べるぞ!」と屋根の端まで歩いていって、飛び降りようとする始末。警察に保護され、精神科病院に入院となってしまいます。
 男は「ジョーンズ」とだけ名乗り、その他一切の素性は明らかにならないまま、初診時に「妄想性の「統合失調症」との診断を付けられます。その後、担当医の女医エリザベス・ボーエン(レオ・オリン)は彼の病状を詳しく観察するうち「そううつ病」と診断し、適切な治療を開始しようとします。
 しかし、彼は治療を拒否。退院後、ジョーンズは一気に暗くなり、何をしても物悲しく虚無感にとらわれ、生きていることがつらくて、自殺まで考えてしまいます。
 そううつ病は、ジョーンズのように異常にテンションが高く多幸感に包まれる「そう状態」と、気分の強い落ち込みなどを伴う「うつ状態」の二つの病相が交互に見られるもので、正式には双極性感情障害(米国に精神疾患診断マニュアルでは「双極性Ⅰ型障害」)と呼ばれます。
 生涯罹患(りかん)率は約0.8%とされ、性差はないといわれています。主な症状はうつ状態とそう状態のどちらかが先に出現するか個人差がありますが、そう状態の時は映画に描かれていたような多幸感や高揚した自己評価、不眠(眠らなくても平気)、食欲の減退(食べなくても平気)などが見られます。
 人によってはこうした過度な元気さを通り越して過剰に攻撃的になったり、会話が支離滅裂になったりします。ジョーンズのように統合失調症と間違われることも少なくなく、治療に合意しないケースが多いようです。何の心因もなく発症するケースもあり、心理的なストレスはあくまで誘因の一つとして考えられています。
 治療法としては薬物療法が効果的です。しかし、そううつ病が正確に診断されるには10年ぐらいかかるといわれています。ですから、早期に診断を行い、気分安定薬(リチウム、バルブロ酸、カルバマゼピンなど)投与し、服薬してもらうことが、治療の同意とともに重要になります。薬物療法が長期にわたって効果が見られない場合や、薬物を使いにくい高齢者、自殺リスクが高く早急な改善が必要な場合に、電気けいれん療法(ECT)を選択する場合もあります。
 そううつ病のⅡ型障害はジョーンズのように激しいそう状態ではなく、軽いテンションの高進が比較的短期間で収まります。例えば、いつも冷静な、やや引っ込み思案の人が安易な転職をしたり、スピード違反や飲酒運転など社会的に逸脱する行動を取ったりすると、周囲の人は情緒不安定なのかと考えます。しかし、うつ状態は深刻です。抗うつ薬でうつ状態は改善されますが、そううつの生活サイクルは気分安定薬を投与しないと安定化しにくいのです。結局、病状が落ち着かず、このタイプのそううつ病の自殺のリスクが高いともいわれています。
 「心のままに」生きることは理想かもしれませんが、心身の健康的には注意も必要なのです。

そううつ病に関する推薦映画
・「こわれゆく女」(1974年/米国)
・「ラスト・デイズ・オブ・ディスコ」(1998年/米国)
・「ガーデン・ステイト」(2004年/米国)
・「ER緊急救命室Ⅶ、Ⅷシーズン」(2000~02年/米国)