医学教材にふさわしい
第8回 「エクソシスト」(1974)

 今回は精神疾患の話というより、魂と身体のことを考えさせる映画を紹介します。
 米映画「エクソシスト」といえば1974年のウィリアム・ブリードキン監督による世界的なホラー作品で、その後シリーズ化され、5年前には4作目の「エクソシスト ビギニング」も公開されました。1作目の公開当時、学校から見に行かない旨のお達しがなされたほどの衝撃度。怖いもの見たさもあって、かえって異常に盛り上がり、いわゆるエクソシストブームが日本のみならず世界中に巻き起こっていたことを思い出します。
 ウィリアム・ピーター・プラッティの同名小説が原作で、主人公である12歳の少女リーガンが悪魔にとりつかれ、2人の神父がそれに戦いを挑むというストーリーです。母の死に罪悪感をもつ若い神父の葛藤(かっとう)や、ドキュメンタリータッチの撮影手法が、悪魔払いという神秘的行為に説得力を持たせたといわれています.原作小説が49年にアメリカで実際に起こった話を題材にしていたことも、単なるホラー映画以上の評価を今も得ているゆえんなのかもしれません。
 さらにこの映画はリアリスティックな描き方により、医学の教材としてふさわしいものになっています。
 精神疾患を見立てる上で最も重要なのは、ストレスや家庭・経済状況を考慮する以前に、まず身体疾患や栄養状態を観察し、それが精神症状に関与しているかどうかを見極めることです。続いて、うつ病や統合失調症などの内因的な精神疾患を疑い、最後に葛藤要因に触れていく態度が求められるのです。
 このような視点で見ると、映画はリーガンの異常な状態に対して、外因→内因→心因と探りながら話が進み、最後の手段として医師が除霊術を勧めるという展開になっています。
 リーガンの症状では微熱、嘔吐に加え、汚い言葉でののしるのはチック症の一種「汚言病」、後ろにブリッジして駆け回る「スパイダーウォーク」は神経症状の「後弓反張」(全身を硬直させ体を反り返らせる症状)、首が180度以上回転するのは「ジストニア」(筋肉の緊張によりけいれんや姿勢がゆがんだりする症状)ともみられ、ある種の脳炎を推定させる症状に合致します。
 その後、リーガンは悪魔払いの記憶を失ったものの自然回復していることから、非ヘルペス性脳炎が考えられます。診断基準に従えば、「脳器質性精神障害」の可能性が高いようです。
 バチカンではエクソシストの学校があるらしく、長崎にも来られた前法王ヨハネパウロ2世もエクソシストを行った記録があるそうです。このエクソシストの学校でも重要なのは、精神疾患や身体の病気をきちんと除外することだそうです。映画でも、若いカラス神父は実は精神科医でもあり、このあたりも実に考えられた設定といえます。
 医学の歴史を考えると、実は除霊術的要素と身体的要素が分かれたのは、ここ1世紀ほどのことです。私が医者になりたてのころは、キツネツキなど霊媒師から紹介された患者さんがいたことを思い出します。
 「心と体は連携している」という当たり前のことを近代医学は否定してきました。感染症全盛期の時代にそれまでの医療があまりにも無力で、秘密主義であったことが原因かもしれません。しかし、「スピリチュアルケア」という言葉が取りざたされるように、慢性疾患がまん延する現代では、もう一度心と体の相関関係が脚光を浴びる状況にあるといえます。
 さて、皆さんは心身のすべてを診てくれるエクソシストをお持ちですか。