統合失調症を描いた
第9回 「ビューティフル・マインド」(2001)



今回はアカデミー賞作品でもある来映画「ビューティフル・マインド」を紹介します。統合失調症を患いながらもゲーム理論によりノーベル経済学賞を受賞した米国人数学者ジョン・ナッシュの生涯を描いたシルビア・ナーサーの小説が原作です。統合失調症の患者さんたちと一緒に見たことがありますが、まさにこの通りと言っていました。
 映画でラッセル・クロウ演じるナッシュは、プリンストン大学での博士論文に取り組んでいた時期に症状が始まります。彼は大学で美しく、寛大な妻アリーシア(ジェニファー・コネリー)と出会って結婚し、子どももできますが、30代に入って最初の精神科治療を受け「統合失調症」の診断を受けます。
 統合失調症になると、本来見えないものが見えるといった「幻視」、自分に対する悪口など不快な内容の声が関こえる「幻聴」が現れ、それらに考え方や行動が支配されるようになります。こういった症状を「陽性症状」と呼びます。なかでも幻聴が多く現れます。
 一方、▽感情が乏しくなる▽人との交流ができなくなり、自分の世界に閉じこもる▽以前より考えることがうまくできず、記憶力や集中力が低下する―といった症状を「陰性症状」といいます。
 例えば、映画でナッシュは徐々に無精ひげを生やし、妙な服装をするようになります。頭を下げて、足を引きずりながらオフィスに入退室したり、時々「脇せりふ」のような独り言を言ったりします。人と視線をあわせることがあまりなくなり、特に質問に答える際に顧著になっていきます。
 以前は精神分裂病といわれ、長崎大の初代精神科教授、石田昇博士が「迷妄なる一肉塊」と称したように、最も治療に困難な病と長く考えられていました。しかし、最近は新しい精神科薬物が開発され、精神科リハビリテーションの技術も向上していることから、適切な治療を早期に行えば、半数以上が社会復備可能な疾患になってきました。
 疫学的には100人に1人が発症し、青年・思春期に好発します。脳内ホルモンのアンバランスが長年続き、神経ネットワークが微細な影響を受けることが原因と考えられています。一概に遺伝や養育環境で決まるわけではありません。
 われわれ長崎大の精神神経科学教室が県内の中学生約5千八を対象に調査したところ、幻視・妄想を経験したことのある生徒は15%超に上りました。学校教育が連携した欧米並みの総合失調症の早期治療態勢が必要であり、われわれの教室でも発症早期の対応に取り組んでいるところです。
 「二重見当識」という専門用語があります。人が妄想にとらわれると、すべての世界が妄想の支配を受けてしまうと考えがちですが、患者は現実と虚構の世界を行き来する生活をしています。症状が重くなると、大部分が妄想に牛耳られてしまうのです。
 妄想の中で治療を拒否するナッシュに、アリーシアは夫の手を自分の胸に当て「これが本当のこと」と諭す場面があります。そうして彼は現実の世界に戻っていくことになります。患者にとって周囲や地城の支援は欠かせないものなのです。
 映画の詳しい内容は控えますが、最後にネタバレを一つ。彼が幻覚・妄想を見ていることに気付くのに重要なポイントがあります。ヒントは「小さな女の子」です。

統合失調症に関する推薦映画
・「ソフィーの選択」(1982年/米国)
・「シャイン」(1996年/オーストラリア)
・「スパイダー」(2002年/カナダ・イギリス・フランス)
・「ターネーション」(2004年/米国)