うつ病を描いた
第10回 「砂と霧の家」(2003)

この映画は米国の一軒の家をめぐる一人の女性と一家族の物語です。夫との不仲からうつ状態となったキャシー(ジェニファー・コネリー)は郵便物を放置していたため税金滞納の審判が下り、亡き父が遺(のこ)してくれた家を差し押さえられてしまいます。行政の手違いによる差し押さえだったため、彼女は弁護士の助けを得て、家を取り戻そうと気力を振り絞ります。
 一方、彼女の家を手に入れたのはイランからの亡命者ベリーニ(ベン・キングスレー)。表向き裕福な暮らしぶりですが、実はそれを維持する経済力はなく、家族に秘密にして工事現場で働いています。安く手に入れた家を転売し、以前のような生活を取り戻そうとしますが、イランの別荘に似た家で暮らすうち、彼の家族も「幸せ」と似たものを感じ始めます。
 境遇も現在の立場も全く異なる二人の所有者の共通点は、ある一軒の「家」に強く固執していることです。キャシーの場合は家族の幸せな思い出のよりどころであり、ベリーニにとっては祖国での名誉と富、まだ実現するかどうか分からない未来の栄光の象徴がこの「家」だからです。家の権利を得るために常軌を逸した手段がとられ、一家を悲劇が襲うことになります。
 うつ病は脳内のセロトニン系や、ノルアドレナリン系の神経伝達回路の機能の異常が主要な原因と考えられています。抑うつ気分、興味の喪失、食欲低下、睡眠障害、疲れやすいなどの身体症状、集中力の低下などの精神面の症状が2週間以上持続し、かつこれらの症状の原因となる他の身体症状が除外された場合にうつ病が考慮されます。
 うつ病性障害は近年、先進国において羅患(りかん)率が増加しています。未治療のまま症状が増悪していくと自殺企図のリスクが増す代表的な疾患であり、十分な休息を取るための適切な環境と自然治癒力を助けるための薬物療法が用いられます。
 特に▽治療が長期化しても改善が見られない▽患者の対人関係が不安定で影響を受けやすい▽自殺念慮、心的トラウマがある▽葛藤(かっとう)の多い家族関係-といった状況が重なるケースは早めに精神科専門医を受診することが求められます。「引っ越しうつ病」という言葉があるように、家の存在とうつ病の間には深い関係があるのです。
 思い通りにいかない状況、自分の力だけではどうしようもない問題に対して、私たちはいくつもの方法から自分なりの選択をして問題に向き合っていきます。キャシーは夫とアルコール、自分の感情のコントロールの問題を、ベリーニは家族との意見の相違と経済的な困難を抱えています。それらに対し「家」を手に入れることですべてが解決するというのは結局、幻だったのではないでしょうか。長い間、悲観的な思いに苦しみ、とても視野が狭い考えに陥っていることに二人は気がつかなかったのだと思います。
 私たちは誰でも、落ち込んでいるときは必要以上に悲観的になったり、周囲の人や自分の可能性を極端な見方で見たりします。今ある現実を客観的に見つめ、もう一度できることがないか検討することが、最も有効な問題解決法の1つです。「自分だけでは無理だ」と思ったら友人や家族、善意ある第三者に助言を求め、自分の弱さを開示できる強さも重要です。

うつ病に関する推薦映画
・「素晴らしき哉、人生」(1946年/米国)
・「ラスト・ショー」(1971年/米国)
・「ラスト・タンゴ・イン・パリ」(1972年/イタリア)
・「セント・オブ・ウーマン」(1992年/米国)