家族機能と精神科医の役割を描いた
第13回 「普通の人々」(1980)

米映画「普通の人々」は二枚目俳優ロバート・レッドフォードが初めて監督し、アカデミー賞に輝いた作品です。
 主人公は、ポート事故で亡くなった兄に対する罪の意識から自殺を図り、未遂に終わった青年コンラッド・ジャレット(ティモシー・ハットン)。彼が精神科病院から退院したところから映画は始まります。
 父親は弁護士のカルビン(ドナルド・サザーランド)、母親はベス(メアリー・タイラー・ムーア)。コンラッドを何とか立ち直らせようとしますが、どこか的外れ。ベスは自分の思うように息子を管理したい気持ちが強く見られます。
 父親の勧めで、コンラッドは精神科医のバーガー博士(ジャド・ハーシュ)の診察を受けます。治療を重ねる中でコンラッドは両親との関係を見直していきます。一方、バーガー博士は、家族全員に会いに来るように勧めますが、母親は「私を変えようなんて思わないで」と拒否します。
 病院で親しかった友人の自殺で、コンラッドの心に兄を失ったことが再びよみがえります。そして自分の苦悩が、兄が死んだのに自分が生きてしまっていることにあると気付きます。そんなコンラッドを、バーガー博士は「友人」として支え、癒やします。
 映画は母親が家を出ていき、父と子が庭でたたずむシーンで終わりますが、これから新たな家族の関係が芽生えることも予感させます。
 この映画は思春期の自殺、家族機能の問題を取り上げていますが、精神科医や心理士の仕事の本質も描いています。
 精神療法といえば、「心の奥底を洞察して解釈する」といったイメージがありませんか。「精神科医には何でも見透かされてしまう」。そんな幻想を抱かれている人も多いのではないでしょうか。しかし、精神科医の仕事はまず患者の話を聞き、その人の考え方やストレス対処法を基本的に尊重します。治療計画は家族関係にも深く配慮して立てます。物理的時間と気持ちの流れに従って患者と一緒に物事を整理し、新たな道を発見します。
 精神科医の仕事でもう一つ重要なのは「危機介入」です。その人の命、名誉、財産に危機が及ぶようなときには、積極的な行動も辞しません。映画のバーガー博士も患者から無理に話を聞き出そうとはしませんが、コンラッドがパニックに陥った時には毅然(きぜん)とした行動をとります。
 精神科医はそうして患者を支援しますが、患者が治るというより、患者自身が変わるのです。家族や他人はそうたやすく変わりません。
 さて、この家族は兄の事故が起きるまで経済的にも、情緒的にも一見問題のない普通の人々でした。しかし、心理学的には家族機能は危機の時に力を発揮するといわれます。人類が家族というシステムを作り上げたのは、飢餓、けが、死、子どもの養育、規のケア―など生活していく上でのリスクに対応するためでした。
 現代日本の若い家族の多くは幸せの中で出会い、愛をはぐくみ、ゴールインして、結婚生活が始まります。多くの家族は危機を知らないで形成されていますが、何かが起こった時にこそ本当の家族の在り方が問われるのです。
 冒頭とエンディングにヨハン・パッヘルベルの名曲「カノン」が流れる静かな映画です。重なり繰り返される美しい旋律が、負の循環からの再生を暗示しているかのようです。

家族機能に関する推薦映画
・「アイス・ストーム」(1997年/米国)
・「アメリカン・ビューティー」(1999年/米国)