社会(社交)不安障害を描いた
第15回 「コヨーテ・アグリー」(2000)

 会議や披露宴など大勢の人の前で話すときに、声が震えたり、言葉が出なかったりする「スピーチ恐怖」。人と食事すると手が震える「会食恐怖」、人前で字を書こうとすると手が震える「書痙(しょけい)」、他人が聞いているところで電話に出られない「電話恐怖」。また、緊張すると赤面する、汗をかく、おなかが鳴る-。
 このようなことに悩んでいる人は実は多いのでは。性格のせいと考えがちですが、「社会(社交)不安障害」(SAD)といわれるこころの病気かもしれません。
 映画の主人公ヴァイオレット(ハイパー・ペラーポ)はピザ屋で働きながら、歌手を夢見るアメリカの田舎の女の子。自分で曲を作って、音楽会社に送りますが音沙汰(さた)なしの連続。そこで彼女は父の反対を振り切って、あこがれのニューヨークへ旅立ちます。
 しかし、彼女には歌手として致命的な悩みがあったのです。それはステージに立つと歌うことができない、ということ。結局、お金が底をつき「コヨーテ・アグリー」という過激なバーに勤めることになります。
 ニューヨークに実在するバーを舞台に、名曲がちりばめられた、いかにもアメリカ映画らしい作品です。
 SADは不安障害の中では最も頻度が高く、日本に約300万人の患者が潜在的にいると考えられています。
 多くの場合、小、中学校で目立たず控えめな人が、思春期を迎えて他人を意識し、症状が発現することが多いようです。恥ずかしい、失敗したらとうしようという気持ちが高まる時期です。そこでたまたま失敗体験をしてしまうと、大人になってもその状況から逃れられなくなります。
 長期化するとパニック障害やうつ病、アルコール依存症に進行するケースもあります。いずれにしろ結婚、昇進、進学など社会生活に関して、本来持っている能力が損なわれてしまいます。思い当たる人は、代表的な評価方法がネットで公開されていますので、試してみてください。(http://www.sad-net.jp/index.html#/check)。30~40点以上であれば治療の必要性が出てきます。
 治療はまず薬物療法が有効です。抗うつ剤SSRIを効果が出るまで(12週間以上)じっくり使用し、不安症状をできるだけ回避しないように生活するため、治療者から指導支援を受けることが大切です。
 脳科学的には、SADの人は情動などにかかわる脳の扁桃(へんとう)体機能が高まり、不安に対してブレーキがかからない状態になっています。薬物により、精神を安定させる神経伝達物質セロトニンの量が改善すると考えられています。治療がうまくいくと、人生が変わったと言う人もいるほどです。
 映画の話に戻りますが、なぜSADのあるヴァイオレットが歌手を目指すか。私見ですが、このような傾向の人の中には社会から注目を浴びたくない一方、歌手、俳優、お笑い芸人、スポーツ選手、政治家などとして活躍する人々もいます。矛盾した思いが葛藤(かっとう)を生み、症状をつくり出します。葛藤は時として人生に立ち向かうエネルギーとなり、人々を感動させることにもなります。
 映画のストーリーはちょっと甘い気がしますが、もし症状があるのならヴァイオレットが勇気を出してバーの扉をたたいたように、まずは治療に臆病(おくびょう)にならず、立ち向かってみてはいかがでしょうか。


社会(社交)不安障害 を扱った推薦映画
・「アメリ」(2001年/フランス)
・「ロッキー」(1976年/米国)
・「二コール・キッドマンの恋愛天国」(1990年/オーストラリア)
・チャールズ・チャップリンの主要作品