心的外傷後ストレス障害を描いた
第16回 「ミスティック・リバー」(2003)

 「ミスティック・リバー」は、「ダーティハリー」シリーズの刑事役で一世を風靡(ふうび)し、今や監督としても巨匠となったクリント・イーストウッドが手掛けたサスペンス作品です。主演のショーン・ペン、助演のティム・ロビンスはそれぞれアカデミー賞を獲得しています。
 少年時代のある事件をきっかけに離れて過ごしていた3人の友人が、そのうちの1人ジミー(ショーン・ペン)の娘の死をきっかけに再会します。事件とは、ある男が3人に近づき、警官と名乗って脅しデイブを車で連れ去ったのです。この男は小児性愛者でした。デイブは性的暴行を受け、4日目に誘拐犯から何とか逃げ出したのでした。
 物語は、それから30年が経過しています。デイブ(ティム・ロビンス)は結婚し、妻と一人息子と暮らしています。臆病(おくびょう)かつ控えめで、感情を表に出さないけれど、幸せな生活を送っているかのように見えました。
 しかし、ある日、幼い少年が男から虐待されているのを目撃した時、突然、忌まわしい記憶がよみがえってきます。デイブは少年を助け出しますが、混乱して、苦痛から、そのことを妻に話すことができません。一方で、同じ夜にジミーの娘が殺されたことで疑いをかけられてしまいます。
 デイブはこの夜の出来事をごまかすことが多くなり、独り言を言い始め、時に幻想を見たり、人の声が聞こえたりしているような状況に陥ります。
 心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、阪神大震災や雲仙・普賢岳噴火災害などの大きな災害後や、交通事故などで九死に一生を得るような生命に脅威を与える体験をした後、そして虐待などのトラウマに関連して起きる精神疾患です。


 診断には専門家の面接が必要ですが、重要な症状として次の三つがあります。
 ①過覚醒(かかくせい)
  重症な不眠。ちょっとしたことでも動揺しやすく不安になる。時に怒りが爆発する。
 ②回避傾向 
  原因に関連したことを避ける。デイブの場合、臆病かつ控えめな態度がこれに
  当たる。
 ③フラッシュバック
  思い出したくないのに、思い出してしまう追体験。

  PTSDでは強い衝撃にさらされると、パニック発作が出たり、時系列的に記憎を再現できなかったり、現実感を喪失したりします。虐待のケースでは、感情のまひや幻覚などが出現する場合もあります。治療法としては安心安全な場所でのカウンセリングと認知行動療法、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRl)や抗不安薬による薬物療法があります。単一のトラウマに対して比較的良好な治療効果がありますが、長期にわたる外傷においては治療に時間がかかることもあります。
 脳の画像研究では、慢性的トラウマ状態が持続すると、記憶に関連する海馬領域が萎縮(いしゅく)するという報告もあり、心の傷が脳の傷になる可能性があります。
 われわれの日常は多くの危険に囲まれています。天災、戦争、交通事故、殺人などできれば避けたいところですが、それらを100%回避しようとしたら、日常生活は成り立ちません。危機は回避するのではなく、引き受け、対処するしかない側面があります。
 結末は重い内容です。しかし、ジミーの妻の言葉は現実を決して避けようとはしていません。恐怖と暴力といった負の記憶を連鎖させない社会をいかにつくっていくかが、われわれの課題といえます。
 ラストの事件現場のシーンは一枚の絵画のように美しく、人生の悲しみを誘います。

PTSDに関する推薦映画
・「ディア・ハンター」(1978年/米国)
・「ランボー」(1982年/米国)
・「カジュアリティーズ」(1989年/米国)
・「告発のとき」(2007年/米国)