目覚め現象が描かれた
第21回 「レナードの朝」(1990)

 今回は米国の二大名優が共演し、1990年度のアカデミー作品賞の候補にもなった名作です。実話を基にした神経内科医オリバー・サックスの原作を脚色したものです。
 医師セイヤー(ロビン・ウイリアムス)は社会不安症的で、引っ込み思案の研究医。そんな彼かひょんなことから精神科の病院に勤めることになり、30年間眠ったままのような状態の患者レナード(ロバート・デニーロ)に出会います。
 セイヤーは緻密な臨床観察からレナードや同じ症状の患者が単なる精神障害ではなく、脳炎による重症のパーキンソン病であることに気が付きます。そこで当時開発された新薬「l-dopa」 (エル・ドーパ)をレナードに投与します。すぐには変化は起きませんが、数日後の夜、レナードが窓辺で月を眺めて立っているのを発見します。彼はセイヤーに言います。「今、目覚めたよ」
 薬は劇的効果をもたらし、患者たちの人生が動きだします。家族と外出し、ダンスホールで踊ったりもします。レナードは恋にも落ちます。しかし、彼らにとっては思いもしない副作用と効果の限界がその後現れてくるのです。
 パーキンソン病は脳の黒質線条体の細胞が変性することにより、脳内ドーパミンが欠乏する病気です。それにより小刻み歩行、手足のふるえ(振戦)、手足のこわばり(固縮)、動作の緩慢(寡動、無動)、転倒(姿勢反射障害)などの症状が現れます。40~50代から徐々に進行し、寝たきりの状態になる場合もあります。
 治療としては脳内で足りなくなったドーパミンを補充したり、細胞の変性を抑えたりする薬物療法が有効です。ちなみに統合失調症の治療薬の多くが、このパーキンソン症状を副作用として持っています。
 映画の原題は「awakenings」 (目覚め)で、薬により症状が劇的に改善することを指します。精神神経医学の領域では数多くの薬が開発され、症状を劇的に変えることも珍しくありません。ただ、「魔法の薬」と呼ばれたものも数多くありましたが、後になって作用の限界が指摘されています。このように一時期劇的に効果が生じるが、その後効果が減弱することを「目覚め現象」と呼ぶことがあります。
 薬により、こころの症状があまりにも劇的に消失すると、患者は現実的なさまざまなストレスに一気にさらされてしまいます。それがかえって不安をかき立てるという患者もいます。症状が良くなったのはいいが、また同様の症状が出ると思うと怖くなるのです。
 病気の回復は早いにこしたことはありません。ですが精神科領域では治りが早いと再発しやすいと、私の先輩医師たちは教えてくれました。焦らず、じっくりと病気とうまく付き合いながら回復していくのが理想の治り方だと。
 映画の後半では薬の効果が減弱し、レナードは不随の筋肉運動などの副作用に直面します。セイヤーはその様子をビデオ撮影するなどして記録していきますが、あまりの苦悶(くもん)の姿にひるんでしまいます。その時、レナードが言います。「learn me」 (おれから学べ)と。
 3月は受験・卒業の時期です。これから医療を学ぼうとする人、そしてプロの医療者になろうとする人たちにレナードの言葉を送ります。本質は現場の中で格闘していくことで発見することができます。目の前の一人の患者さんが生きたテキストなのです。