発達障害と恋愛関係描いた
第25回 「モーツァルトとクジラ」(2004)

 今回も発達障害をテーマにしたいと思います。でも子どもの発達生涯ではなく大人の発達障害。それも男女の恋愛についてです。
 米映画「モーツァルトとクジラ」の主人公ドナルド(ジョシュ・ハートネット)はタクシーの運転手をしていますが、数字を見ると他のことが頭に入らなくなって失敗ばかり。何事も長続きしません。一見、普通の若者である彼はアスペルガー障害なのです。
 アスペルガー障害とは、自閉症の診断基準である①対人相互作用に問題がある②言葉、身ぶり、表情などコミュニケーションに問題がある③想像性の異常、興味、価値観が偏っている、こだわりがある―の三つのうち、言葉がないものとされています。
 知的能力の遅れがないことから、よく「言葉の遅れがない自閉症」ともいわれます。例えば、「ちょっとお風呂を見ていて」と頼んだところ、数十分して様子を見に行くと腕を組んで水があふれ出している浴槽をのぞいているといったように、人の話の文脈、行間が読みとれないために苦労する障害ともいえます。
 こういった問題を持つ男女が恋に落ちたらどうなるかがこの映画の主題です。
 ドナルドは同じような障害を持つ仲間との集会を主宰し、コミュニケーションの訓練をしています。そこに、人の言うことを文字通りに解釈してしまう美容師のイザベル(ラダ・ミッチェル)が入会してきます。ハロウィンをきっかけにつきあい始める2人ですが、障害のために傷つけ合ってしまいます。さて2人の恋の行方はいかに。
 一般的に恋に落ちるのは簡単ですが、それを維持することは障害のある、なしにかかわらず難しいことです。これは男女のコミュニケーションの取り方の違いと進化精神医学的に説明されます。
 男女のけんかには次のようなパターンはあるといわれています。男性がある日常のことに分析・批判のコメントをすると、女性は防御するための発言をし、それを繰り返すうちに男性が女性を見下す発言をして一挙に状況が悪化、互いを避けようとする―といった具合です。
 女性は口論に比較的冷静に対応できますが、男性は批判を攻撃と捉え、会話を一方的に途絶してしまう傾向があります。男性は言葉や表情を理解する能力が女性に比べて劣るため、対話が続かないのです。
 人類史をたどれば、原始時代の男は狩りのために直感的に反応することが要求されたのに対して、女は子育てとそれを維持する集団社会の中で対話のスキルが必要だったのです。実はアスペルガー障害は、男性が女性の5倍以上多いという統計が出ています。
 女性がパートナーに求める、最も重要なものはコミュニケーションです。例えば、妻はその日にあったことを夫に話したいのに、多くの夫は一大事の時にしか会話をしたがりません。しかも夫が対話するときは妻の感情を受け止めるというより、分析・解析し、その対処を指示しようとします。ですが、妻は多くの場合、解決法を求めているわけではないのです。
 欧米では夫婦間の対話スキルをアドバイスする「カップル・カウンセリング」が人気です。対話のコツは、男性は主張せず、女性の関心があることを質問し、その反応を批判せず率直に聞き入れることにあります。これにより離婚の危機を脱することがしばしばあるそうです。
 ちなみに、対話スキルの最後に、男女が互いに投げかける大切な質問があります。その一つは「あなたの夢は何ですか」。もう一つは「人生で成し遂げたいことは何ですか」。現代は原始時代の何倍もの長寿になりました。子育てを卒業してからも、夫婦は多くの時間を共にします。そのためには2人の間に哲学が必要な時代になってきているのかもしれませんね。