認知症介護を描いた
第26回 「折り梅」(2001)

皆さんは「折り梅」という言葉をご存じですか。梅の木は樹皮からも水分を吸収できて生命力が強いことから、折ったり、曲げたりしながら枝の形を整える生け花の手法のことを言うそうです。邦画「折り梅」は劇場公開後、全国で自主上映会が続いた名作として知られています。
愛知県に住むパート勤めの主婦、巴(原田美枝子)は夫、裕三(トミーズ雅)と中学生の娘、小学生の息子との4人暮らし。そこに夫の母、政子(吉行和子)が同居することになります。しばらくして政子の様子に変化が起きます。毎日、雑巾を縫っては巴に渡したり、家のすぐ前のごみ収集所を見つけられなかったり、激しい感情の波に襲われたりします。
 困惑した巴は嫌がる政子を連れて行き、アルツハイマー病と診断されます。記憶障害、失見当識、感情失禁―、いずれも認知症が原因だったのです。
 巴はヘルパーを雇って同居を続けますが、裕三は協力してくれません。子どもたちも親のぎくしゃくした様子を敏感に感じ取り、家族がバラバラになっていきます。ついには政子をグループホームに入居させることになります。
 いよいよグループホームに連れていく途中、政子は裕三にも話したことがなかった自らの半生を巴に語ります。巴は政子を自宅に連れ帰ります。そして、認知症のデイケア施設を訪ねた際に政子の本当の気持ちを知り、もう一度、政子のあるがままを受け入れることを決意します。
 この連載の第1回目は認知症の男性を主人公にした邦画「明日の記憶」でした。「折り梅」も認知症がテーマですが、介護者の視点から描いた点が特徴です。
 介護者にとっては記憶が失われていくことより、感情爆発、徘徊(はいかい)、抑うつ、妄想、暴力といった認知症の「周辺症状」に苦労させられます。時に介護自殺、介護心中という事態に発展することもあります。
 このようなとき、家族が一致団結して対応するのが理想かもしれませんが、仕事、子育て、勉強と自分のことで精いっぱいの人たちが大部分ではないでしょうか。そして、そんな家族の中では主婦、お母さんが介護の矢面に立たされることが多いのが現状です。
 認知症の介護についてはグループホームやデイケアなど社会資源が提供されています。悩みを抱え込む前に、医療機関の認知症疾患センターや市町村の地域包括支援センターに相談してみましょう。巴と同じような「気付き」を得るきっかけになるかもしれません。
 医療的な対応では、認知症に伴う精神症状(BPSD)には抗うつ薬や抗精神病薬が有効な場合があります。アルツハイマー病の治療薬も従来のアリセプトに加え、今年に入り新薬が3種類初罪されました。原因を全てなくすような特効薬ではありませんが、認知症の進行を遅らせたり、今までの治療薬で効果が不十分だった人に有効だったりします。錠剤ではなく水薬や貼り薬もあり、選択肢が広がりました。
 ちなみに脳は他の臓器と異なり、部分、部分の役割が均一ではなく、絶妙なバランスの下に高度な精神機能を発揮しています。そのバランスが崩れたとき、想像もしなかった創造性が出現することがあります。例えば目が不自由でも、音楽で豊かな才能を発揮する人がいるようにです。アルツハイマー病は脳の頭頂葉の細胞が急速に減ってきてしまうのが特徴です。映画でデイケア施設に通うようになった政子はある才能を開花させ、家族を感動させます。脳って本当に不思議で興味が尽きない世界です。