食と心の関係を描いた
第28回 「食堂かたつむり」(2010)

  「涙飯」。こんな言葉をご存知でしょうか。一口食べると、過去の追憶と郷愁がよみがえって、涙せずにはいられない味。「食から心を癒す」、そんなことをテーマにした邦画を翔会したいと思います。
 主人公の倫子(柴咲コウ)はインド人の恋人にお金や家財道具を持ち逃げされ、傷心のため、声が出なくなります。倫子は仕方なく折り合いの悪いシングルマザーの母ルリコ(余貴美子)の住む実家に帰ります。しかし、ルリコはペットの豚・エルメスを溺愛しており、一文無しの娘を助けようともしません。
 そこで倫子は周囲の人たちの助けを受け、実家の物置を改造して、「食堂かたつむり」を始めます。お客は1日1組だけ。決まったメニューはなく、事前のやりとりでイメージを膨らませて、その人のための料理を作ります。そこで評判になるのは相手と一緒に食すると恋が成就する「ジュテームスープ」でした。
 声を失った彼女の診断は昔なら「ヒステリー」、現在は「解離性障害」に分類されます。ヒステリーはともすれば女性の情緒的混乱を揶揄する言葉として使われることが、今も昔と変わらず多いのではないかと思います。
 それは「ヒステリー」の語源が女性の子宮を意味していることが遠因かもしれません。
 しかし、精神分析のフロイトがパリ大学神経内科の病棟に入院していた人の半数がヒステリーとして記載しているように、女性に限ったものではありません。代表的な症状としては失立(立てない)、失歩(歩けない)、失声(声が出ない)、意識消失(気を失う)が挙げられます。
 例えば、「アルプスの少女ハイジ」の友人クララが足の病気は治っているのに、心理的な葛藤で歩けないという現象もそうです。すなわち気持ちの葛藤が気分や不安で表現されるのではなく、体や意識のレベルで症状が現れるのがヒステリーといえます。
 失声は「怒りの感情」を表出しない控えめな性格や、なかなか他者を非難できない状況があるとき、突然声が出なくなるという症状です。当人も話したいのですが会話ができないのです。もちろん確定診断するには、脳梗塞など脳の器質的な問題を除外しなければなりません。
  しかし、よく考えてみると無意識のレベルでは、声が出ないおかげで、怒りを表現しなくていいという利点があります。ヒステリーにはこの「疾病利得」が隠れていることがあります。倫子のように自分の内面に気が付いていくことが、回復につながります。彼女の料理によって多くの人が癒されていく中で、彼女自身も自分を取り戻していきます。実は、精神科医も患者が回復していくさまを見ることで、医者自身が抱えていた問題が解決されていくことがあります。これは「専門家の当事者性」といったり、患者から見れば「患者の専門性」といったりもします。つまり慢性の病気で苦労している人はその病気のまさにプロです。患者は本当に多くのことを教えてくれるのです。
 食と心の関係については、われわれも研究しています。県内の小、中学生の「魚の好き嫌い」と「気分の落ち込み」の関係を調べたところ、魚嫌いな子が抑うつ的であるという結果が出ました。理由はまだはっきりしませんが、青魚に多く含まれる脂肪酸の一つエイコサペタンエン酸(EPA)にうつを改善・予防する効果があることがわ分かってきています。体にも心にも、魚を多く取れる日本食が一番ということでしょうか。