吃音症を描いた
第29回 「英国王のスピーチ」(2010)

 かつて東京・山手線の各駅に「ドモリ、赤面治します」という看板があったのを記憶しています。今回はそのドモリ、吃音(きつおん)症をテーマにしたアカデミー賞作品「英国王のスピーチ」です。
 現英国女王エリザベス2世の父、ヨーク公(コリン・ファース)は幼いころから吃音障害に悩まされていました。見かねた妻エリザベス(ヘレナ・ボナム・カーター)がオーストラリア人の言語矯正専門家(ジェフリー・ラッシュ)に依頼し、型破りな治療法が始まります。
 そうしている間に兄王エドワード8世は女性問題で退位し、ヨーク公に王位が巡ってきます。第2次世界大戦に向かう不穏な空気の中、国民は王の力強い「スピーチ」を求めていて―。
 吃音というと3代目三遊亭歌奴、今の圓歌師匠の落語を思い出します。彼は自身の吃音を治すために国鉄職員から落語家になる決意をしたそうです。
 実は吃音だった小学校の同級生の口まねをしていて、自分もそうなってしまったのだとか。その同級生というのが後にアナウンサーとなる小川宏さん。生来の吃音の人もいれば後天的になる人もいますが、克服する中で言葉のエキスパートになる場合もあるのです。
 吃音の原因としては遺伝的、精神的要因に生活環境の影響などが考えられています。映画では、ヨーク公が幼少のころのつらい体験を告白する場面があり、ストレスとの関連性が示唆されていました。
 最近、精神医学の領域では回復の可能性について「レジリエンス」という言葉を使います。困難な状況に適応できる力、挫折から復元する弾力性といった意味です。多くの患者は病気になる前に戻りたいと希望します。でも病気からの回復とは単に基に戻るものではなく、苦労を経てより柔軟な力、強い力を獲得することなのかもしれません。
 映画では患者と治療者の強い絆も描かれていました。不安障害を治療するに当たり、私が気を付けていることを少し紹介します。
 
 ①病名を患者と共有する
 とても重要なことです。診断をつけ、病名を医療者と患者が共有し、「治療同盟」の構築を目指します。分かりやすい言葉を使い、患者の中に作り出された内なる偏見を是正します。
 ②薬物療法を検討する
 現代は有効な薬があります。標的となる症状は何か、どんな副作用があるのかを患者、家族に説明し、理解を得て治療を進めます。
 ③薬物以外の対処法を計画する
 映画ではさまざまな工夫を試みていました。今では誰でもできるリラックス法や腹式呼吸、認知行動療法、自律訓練法、暴露療法などがあります。対処法が載った本を紹介する場合は、治療者自身が実演して指導します。上から目線でなく、水平の視線を持った対応が有効です。
 ④患者の自己対処に注目する
 小さくても症状や疾患への認知面で変化が出てきたら褒めます。治療により患者が医薬品依存症に移行する事態を常に念頭に置き、注意を促します。映画で、強いお酒でリラックスする場面は気になりました。
 ⑤周囲の協力を仰ぐ
 患者の家族や職場に説明が可能なら、よりよい治療を行うための絶好の機会です。周囲の人のむやみな励まし、腫れ物に触るような過剰な配慮により患者の症状が動揺することは多々あります。映画でのエリザベスの態度はいい距離感がありました。
 ⑥治療者自身の不安少女に着目する
 映画でも治療者が自分の不安に向き合い、患者に謝罪する場面があります。不安障害の治療はある程度の期間を要し、見通しに沿わないこともしばしばです。症状が改善しないことを患者や家族のせいにしたり、薬剤を性急に増やしたりしていないか、常に戒めることが重要です。