家族の自殺を描いた
第30回 「家政婦のミタ」(2011)

 今回は映画ではなく、昨年、40%超の高視聴率を上げたテレビドラマです。多くの方が見られたでしょうから、今回は内容にも少し詳しく言及します。
 ドラマは母親が突然亡くなり家族機能を失った阿須田家に、三田灯(松嶋菜々子)という家政婦が朝7時ちょうどに訪れる場面から始まります。
 母親の死が実は自ら川に入ったためで、その契機が夫からの離婚届だったことが初回から明らかになります。そのことは子どもたちも知ることになり、父親は責められます。
 一方、「ミタさん」は家政婦の仕事を完璧にこなし、かばんから必要な物を何でも取り出し、命令されれば犯罪行為も平然と行います。父親と子どもたちは仕事、恋愛、勉強、いじめなどの悩みを相談しますが、彼女は何も言葉を返さず、まるで鏡のように対峙(たいじ)します。しかし、そんなミタさんの行動により、家族は絆と取り戻していきます。
 日本では毎年3万人以上が自殺し、未遂者はその10倍以上、一度でも死ぬことを考えたことのある人は1割は存在するといわれています。国を挙げて自殺予防に取り組んでいますが、なかなか減少傾向になりません。
 自殺対策には大きく分けて、予防(事前教育)、今まさに自殺を目の前した危機介入、そしてポストペンションの3段階があります。
 ポストペンションは自殺者が出てから、その影響を最小限にとどめる対策、いわば遺族ら関係者へのアフターケアです。
 具体的には、①関係者の反応が把握できる人数で集まる②自殺について事実を中立的な立場で伝える③率直な感情を表現する機会を与える④知人の自殺を経験したときに起こり得る反応や症状について説明する⑤専門家による個別の面接を希望する人には、その機会を与える⑥自殺に、特に影響を受ける可能性のある人に対して積極的に働きかける―といったことを行います。影響を受ける人とは家族のほか、自殺した人が有名人だったりすればそのファンも該当するでしょう。
 ドラマでは、家族が少しずつ母親の死を受け入れていく中、次男の小学校で母親を題材にした作文の宿題が出ます。次男は今はいない母親に「なぜ自分たちを見捨てたのか」を嘆きます。
 その時、普段は業務のことしか話さないミタさんが、母親の死は自殺ではなく「事故死」と断言するのです。たとえ初めは消えてなくなりたいと思ったとしても、途中で後悔し、子どもたちのことを心配し、戻りたいと思ったが戻れなかったのだと。
 これは「自殺者の両価性」といわれる心理状態です。「生きたい」「死にたい」という願望の間で葛藤している状態です。人は時に衝動的で、かたくなで、周りが見えなくなり、視野狭窄(きょうさく)に陥ります。このような精神状態を「魔がさす」というのかもしれません。
 長崎大学病院の外来には多くの子どもが訪れます。実はこのドラマの視聴率が子どもたちに支えられていたことを彼らから教えてもらいました。東日本大震災の記憶も新しい中、決して直接的な希望を持たせる安易な内容ではありません。しかし、つらい経験をした人たちを前に「がんばれ、がんばろう」の掛け声だけでは取りこぼしてしまう思いをくみ上げたところが、多くの人の心をとらえたのではないでしょうか。
 人生は白黒が明確なことは少ないように思います。例えるなら、リアルワールドは濃淡のある灰色が近似しています。ミタさんはそこから逃げるなと、「あなたが決めることです」と自戒を込めて教えてくれていたと思います。