夢と心について描いた
第31回 「インセプション」(2010)

  今回は夢の話。その独創的な特殊映像もあって話題となった米国映画「インセプション」からです。
 主人公コブ(レオナルド・ディカプリオ)は産業スパイで、その手口は人の無意識、夢の世界に入り込み情報を盗むというものです。しかし、実業家サイトー(渡辺謙)が依頼してきたのは、ある特定のアイデアを相手に植え付けることでした。
 それは非常に難しいため、コブは仲間を集めて計画を練り上げて実行に移します。しかし、予期せぬ事態に、夢の階層世界を迷走することになります。自分がいる世界が現実なのか、夢の世界なのか―。ラストシーンが議論にもなった非常に複雑で、難解な映画です。
 映画のように夢に「夢の中の夢」という階層があるのか分かりませんが、睡眠には階層があります。人は入眠していくと、徐々にステージ1からステージ4へ睡眠が深く、脳波がゆっくりな波(徐波睡眠)になっていきます。
 しかし、90分ほどで急に脳波が覚せい状態になります。この時、眼球が小刻みに動いていることからレム(REM=急速眼球運動)睡眠と呼びます。そうでないときがノンレム睡眠。夢はレム睡眠時に見ていることが多いようです。 
 ノンレム睡眠とレム睡眠は交互に現れ、レム睡眠はほぼ90分おきに20~30分続きます。一晩の睡眠で4、5回のレム睡眠が現れるようだと、ぐっすり眠った感覚が得られます。
 ちなみに睡眠薬より寝酒という方がいるかもしれませんが、アルコールは徐波睡眠を減少させ、深い眠りを減少させます。お酒を飲んだ後、意外に朝早く目が覚めてしまうのはそういう理由からです。
 夢は誰でも見るものですが、その機能、理由はまだ不明です。以前、長崎に来られた養老孟司先生は「睡眠で脳を休ませるというが、実はレム睡眠期において脳は非常に活動的。夢を見ている間に何をしているのか」と話していました。
 最近の報告では、睡眠することで記憶の定着が高まるそうです。おそらくレム睡眠期は、起きている間に得られた情報を秩序立てて整理する時間に充てられているのではないでしょうか。例えるなら、昼間、図書館で本を読み散らかし、真夜中にそれらを片付けているといったところでしょうか。その作業の一部が夢なのかもしれません。
 夢といえば、フロイトの夢分析が有名です。「泳ぐ」「空を飛ぶ」といった要素は性的な意味合いの強い夢と解釈され、攻撃的な夢はストレス解消に役立ち、悩みが夢に現れるのは回復の兆しととらえられます。
 昨年、東日本大震災、原発事故に見舞われた福島県の避難所で「夢で眠れない」という女性を診察しました。ご主人を亡くし、娘さんも行方不明。夢は「津波が来て、目の前を最初に冷蔵庫が流れていき、次に洗濯機、最後に家の2階屋根が流れてきて、跳び起きる」というものでした。
 実はこれは夢ではなく、「フラッシュバック」。現実に経験したことの侵入的想起で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状です。ご主人のことを話題にカウンセリングしたところ、女性は急に泣きだしました。「50年前、結婚した日にわらぶき屋根の隙間から星空が見えたことを思い出したんです。流された家に比べればものすごく古い家でしたけど」。大切な記憶を思い出し、避難所に来て初めて泣くことができたそうです。
 震災から1年以上が過ぎました。彼女が星空の下でご主人と出会う夢を見ていることを願っています。夢は希望につながっているはずですから。