うつ病を丁寧に描く
第35回 「ツレがうつになりまして。」(2011)

 厚生労働省は昨年、重点的に対策に取り組む四大疾病(がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病)に、新たに精神疾患を加えて五大疾病としました。その精神疾患の主なものがうつ病で、患者は100万人以上といわれています。この邦画はうつ病の特徴と、家族が必ず悩む「患者とどう接したらいいか」ということを教えてくれる作品です。
 高崎幹男(堺雅人)はコンピューターのクレーム処理担当のサラリーマン。曜日ごとに決まった種類のチーズを入れた弁当を作り、決まった色のネクタイをしめるというきちょうめん(精神医学的には強迫的と言います)な性格です。
 そんな幹男がある朝、寝ていた漫画家の妻、晴子(宮﨑あおい)の元にやってきて「お弁当が作れないよ。何もできない」「頭が痛い」「死にたい」と言い出します。妻に促されて受診すると、うつ病と診断されます。仕事のストレスのため出社恐怖を感じながら、「辞めるとみんなに迷惑をかける」と葛藤していたのです。
 晴子は夫のうつ病に気付かなかったことを謝りながら、「会社を辞めないなら離婚する」と告げます。幹男は退職し家で休養しますが、症状は思うように改善しません。
 一方、貯金が底をつきかけた晴子は漫画誌の編集部へ行き、「ツレがうつになりまして、仕事ください」と頭を下げます。そして、「頑張らないぞ」をモットーに夫と自分の現実を受け入れ立ち向かっていくのです。
 幹男のような脅迫的傾向がある人が、否定的な思考の悪循環に陥るとうつ病になる場合があります。「心の風邪」ともいわれ、誰でもかかる可能性のある病気ですが、自殺の主要な原因でもあります。
 心の病ですから数値では分かりにくいのですが、次のような症状が見られます。
 ①眠れない。朝早く目が覚める。出社前の午前中が不調で夕方になると気分が楽になる(日内変動)。
 ②大好物にもはしがつかない。食欲低下。体重が低下する。
 ③疲れやすい。口の渇き、動悸(どうき)、便秘、下痢、めまい、しびれ、発汗など身体症状があるが、血液検査しても異常がない。
 ④趣味に興味が湧かない。物事を判断できない。
 ⑤「泣けてくる」といった悲しい気持ちが1カ月以上持続する。
 ⑥ときに怒りっぽく、イライラして他人に当たる。
 ⑦仕事や性欲、生きていくことにさえも意欲がなくなる。
 映画には、これらのことが全て盛り込まれています。料理を作る幹男が味が分からなくなって塩を振りすぎるといった感覚のまひ、妻の漫画が売れないことが自分のせいであるという罪の意識にとらわれる「罪業妄想」なども丁寧に描かれています。
 私はうつ病患者さんと話すとき、回復の過程を骨折に例えます。
 骨が折れれば、腫れ、痛みがあります。入院し手術をし、ギブスをはめて1、2カ月休養します。骨がつながっても、すぐには歩きだしません。歩行訓練をし、やせた筋肉を取り戻すことが回復の一歩です。焦れば、元の状態に戻ります。完全復帰には数カ月から半年かかるのが標準的です。 
 以前、神経は回復しない細胞といわれていましたが、最近の研究では骨や筋肉のように外的なストレスで傷つき、逆に休養や薬物療法で改善することがわかってきたのです。
 映画で幹男は復職はせずに違う道を歩み始めますが、多くの患者は復職で苦労しています。
 精神科の分野では復職支援の「リワークプログラム」が盛んになりつつあります。例えば、図書館を会社と見立てて、朝起きて弁当を持って“出社”します。お昼を食べ、“退社”時間までまた模擬仕事をするというイメージです。精神医学もリハビリテーションの時代を迎えつつあるのです。