LAC参考文献


実験動物医学, No.9, 8-9 (1998)

Bウイルス感染症について

佐藤 浩(長崎大学医学部附属動物実験施設)

 サル由来の人獣共通感染症は数多くあるが、昨今、それらの中でもわが国で全国的にサルのBウイルス感染症が話題となっている。 特にサルの場合は、実験分野がかつてのワクチン製造のための資材やワクチンの安全性試験分野だけでなく、ライフサイエンスの進展に伴って、 例えば臓器移植・ニューロサイエンス、人間工学等で使用する例が増えてきている。 このことは従来のサル取扱い専門家ばかりでなく新しい分野に参入してきた研究者を含めて、ヒトのBウイルス感染に対して充分な注意を示唆している。 また、1996年度、わが国の国立大学動物実験施設飼育中サルにおける抗体調査を行った結果、 我々実験動物関係者が最も頻繁に接触する機会があるマカカ属サル (アカゲザル、カニクイザル、さらにニホンザル)において後述するような抗体陽性サルが検出されている。



1)ウイルスの分離と危険度
 Bウイルスの分離は米国ではすでに1933年にGayとHoldenにより、さらに1934年にSabinキでに1933年にGayとHoldenにより、 さらに1934年にSabinとWrightによって報告されていて、その名前は前者が“W”、後者が“Bウイルス”と各々付けられた。 しかし、その後一般的にはBウイルスと呼ばれている。一方、わが国でも1960年にタイワンザルから分離されている。 このBウイルスはわが国の指針(感染研及び国動協案)では最高位の4である。 しかし、米国CDC及びNIH発行のBiosafety in Microbiological and Biomedical Laboratories、第3版(1993年)のRecommendation Precaution によると、 一般的なサルの組織や体液、サル由来組織培養の際にはレベル2の研修経験と施設を使用すべきとなっており、 Bウイルス(抗体)が陽性とわかっているサルを使用する時や、ウイルスを単に診断用程度の低レベルで組織培養上での増殖の際には『3』を推奨するとなっている。 しかしながら、高レベルのウイルスを含むことが判明しているものを操作する場合は、キャビネットはクラス3のもの、施設もクラス4のものを要求している。 ウイルスの濃縮実験は当然クラス4になっている。 また、サルでもBウイルス感染症を臨床的に疑わす口腔内の水疱や潰瘍を有する場合は隔離し、最高度の注意を払って対処し、 かつすみやかに安楽死処分することが望まれている。米国の場合、ハード面のみならず実験者のソフト面をも加味して取扱い病原体を分類するのとは異なり、 わが国の指針は一律に封じ込める方式であり、動物実験の場合、矛盾を生じる場面もある。

2)Bウイルスの性状と感染経路
 ヒトの単純疱疹や水疱瘡/帯状疱疹と同属のα型に属しており、Cercopithecine herpesvirus 1、 あるいはHerpesvirus simiaeともよばれるこのウイルスは通常サル間では接触感染(咬傷、掻き傷、交尾等)や母親から新生仔への産道垂直感染によって生態学的には生き延びている。 一般的にマカカ属サルでは、ヒトの口唇ヘルペスや帯状疱疹ヘルペス同様にほとんど一生涯身体中の神経節等に潜伏感染を起こすのみで、 ひどいストレスや免疫抑制実験等をしない限り発症しない。 もし発症した場合は主として口腔内潰瘍を示す。 ウイルスは口腔内粘膜、唾液、結膜あるいは繁殖シーズン中の陰部粘膜に抗体陽性サルの2〜3%において排出されるとされるが、 その排出も一定ではなく、ストレス、繁殖シーズン等に左右される。また、一過的なウイルス血症も少数ながら存在するとも云われている。 一方、非マカカ属霊長類(例えば、新世界ザル、チンパンジー、ゴリラ等)では致死的になると報告されている。 同様に、ヒトが咬傷、掻き傷等によりBウイルスに暴露・感染した場合、発症例ではほとんど致死的になる。 過去の米国の累積データによると 23/36(64%)であるが、現在では帯状疱疹にみられるようにヘルペスウイルス感染症の治療 (アシクロビル、ガンシクロビルの投与)がかなり功を奏するようになってきており、Bウイルスの場合も暴露部位の早期洗浄、治療薬の投与により、昨今死亡報告例はない。

3)Bウイルス感染の診断
 わが国で出来るBウイルス感染の非臨床的診断としては抗体検査法がある。 サル血清中の抗Bウイルス抗体を酵素抗体法で検査するもので、筑波の予防衛生協会(社団法人)が行っている。 抗体陽性結果が出た場合、他のシミアンヘルペスウイルス抗体の交叉反応を拾う可能性も否定できないので別の方法による確定診断法が必要になる。 現状、一つは単クローン抗体使用による競合試験であり、もう一つはイミュノブロット法である。 その他、ウイルス分離やPCR/RFLP法による遺伝子鑑別診断等がある。 今後、わが国でも前述したようなウイルス取扱上の制限があるとはいえ、組換え抗原やPCR法等の開発により、より確実・安全な診断体制の確立が要望されている。

4)国立大学動物実験施設飼育中サルにおける抗体保有状況
 わが国の施設飼育中のサルにおけるBウイルス抗体を調査した結果及び注意事項等は、 平成9年5月23日付けで文部省学術国際局学術情報課長より傘下の各機関に通知された。 このデータによると、輸入ザル(アカゲザル、カニクイザル)は勿論のこと、わが国固有のサルであるニホンザルにおいてさえ、 施設飼育中のものの3割強で抗体陽性を認めている。 困難を伴うものの、今後、特に医学系で汎用されるニホンザルでの伝播経路、ウイルス排出頻度、排出場所の特定等感染の実態を研究する必要がある。

5)対応策
 日常的にサルを取り扱う際の注意策は、1995年にCDCが中心となって作成したGuideline を取り扱う際の注意策は、 1995年にCDCが中心となって作成したGuidelines for the Prevention and Treatment of B-Virus Infection in Exposed Persons (Clin. Infect. Dis., 20: 421-439, 1995)と、 それの全訳(オベリスク、増刊号、1997年10月1日発行)が最近出されたので参考にすると良い。 現実的な対応としては、先ず検疫の一環として抗体検査を実施することである。 陽性の場合はウイルスを排出している可能性を考慮して取扱うより現実的には仕方がないが、 事故に遭遇する可能性も考慮して、救急キットの準備や各機関あるいは指定医等のネットワーク構築が是非とも必要である。



日本実験動物技術者協会広報, No.20, 6-8 (1997)

サルのBウイルス感染症について

長崎大学医学部附属動物実験施設 佐藤 浩

 最初に表題中の「サル」の「Bウイルス感染症」自体はほとんど 問題ではなく、 このBウイルスがヒトに伝播した場合問題になることをまず理解してもらって話を進めたい。
 近年、サルを実験動物として使用する分野がかつてのワクチン製造のための資材やワクチンの安全性試験だけでなく、 ライフサイエンスの進展に伴う分野、例えば臓器移植・ニューロサイエンス、人間工学等で使用する例が増えてきている。 このことは従来のサル取扱い専門家ばかりでなく新しい分野に参入してきた研究者を含めて、 ヒトのBウイルス感染にわが国でも充分な注意が必要な時期を迎えていることを示唆している。 このたび広報編集委員会から本稿の依頼があり、時期を得ているので快諾した次第である。
 さて、サルを介した人獣共通 感染症は表1に示したように数多くあり、その中でもウイルス性のものが主体をなしている。


表1. サルを介した人獣共通感染症

細菌性 原虫性 ウイルス性
ブタ丹毒
結核
サルモネラ
細菌性赤痢
病原大腸菌
レプトスピラ
マラリア
アメーバ赤痢
A型肝炎
水疱性口炎
牛痘
マールブルグ
Bウイルス
ヘルペスT
モンキーポックス
ヤバ及びタナポックス
麻疹
SV40
狂犬病
サルエボラ
スピューマウイルス

 これらの中で、昨今、マカカ属サル (東南アジアに生息する代表的なアカゲザル、カニクイザル、ニホンザル等) のBウイ ルス感染症問題について取り上げられる機会が増えてきた。 後述する国立大学動物実験施設飼育中サルにおける抗体陽性結果を見ても、我々実験動物関係者が最も頻繁に接触するマカカ属サルにおいて見逃せない程度の抗体陽性サルが検出されている。
 このサルヘルペスBウイルスについて順次説明したい。

・ ウイルスの分離と危険度
 Bウイルスの分離は米国ではすでに1933年に Gayと Holdenにより、さらに1934年に Sabinと Wrightによって報告されていて、 その名前は前者が“W”、後者が“Bウイルス”と各々付けられた。しかし、 その後一般的にはBウイルスと呼ばれている。 一方、わが国でも当時東京大学伝染病研究所にいた遠藤により、1960年にタイワンザル (M. cyclopis) から分離されている。 因みに、このウイルスは国立大学動物実験施設協議会で作成した感染動物実験の際の指針(案)でのレベルは最高位の4であり、 予研(現感染研)の試験管内実験 でも4に分類されている。 しかし、米国 CDC 及び NIH 発行の Biosafety in Microbiological and Biomedical Laboratories、第3版(1993年)の Recommendation Precaution によると、 一般的なサルの組織や体液、サル由来組織培養の際にはレベル2の研修経験と施設を使用すべきとなっており、 Bウイルス(抗体)が陽性とわかっているサルを使用する時や、ウイルスを単に診断用程度の低レベルで組織培養上での増殖の際には『3』を推奨するとなっている。 しかしながら、高レベルのウイルスを含むことが判明しているものを操作する場合は、キャビネットはクラス3のもの、施設もクラス4のものを要求している。 このBウイルスの濃縮実験は当然クラス4 になっている。 また、サルでもBウイルス感染症を臨床的に疑わす口腔内の水疱や潰瘍を有する場合は隔離し、最高度の注意を払って対処し、 かつすみやかに安楽死処分することが望まれている。 米国の場面場面に応じた指針と異なりわが国の指針は一律に封じ込める方式であり、動物実験の場合、矛盾を生じる場面もある。 今後、 見直しを含めて修正を必要とするかも知れない。

・ Bウイルスの性状と感染経路
 ヒトの単純疱疹や水疱瘡/帯状疱疹と同属のα型に属しており、 Cercopithecine herpesvirus 1、 あるいは Herpesvirus simiaeともよばれるこのウイルスは通常サル間では接触感染(咬傷、掻き傷、交尾等)や 母親から新生仔への産道垂直感染によって生態学的には 生き延びている。 一般的にマカカ属サルでは、ヒトの口唇ヘルペスや帯状疱疹ヘルペス同様にほとんど一生涯身体中の神経節等に潜伏 感染を起こすのみで、 ひどいストレスや免疫抑制実験等をしない限り発症しない。 もし発症した場合は主として口腔内潰瘍を示す。 ウイルスは口腔内粘膜、唾液、結膜あるいは繁殖シーズン中の陰部粘膜に抗体陽性サルの2〜3%において排出されるとされるが、その 排出も一定ではなく、 ストレス、繁殖シーズン等に左右される。すなわちヘルペスウイルスの活性化に密接にかかわっている。 また、一過的なウイルス血症も少数ながら存在すると云われている。 一方、非マカカ属霊長類(例えば、新世界ザル、チンパンジー、ゴリラ 等)では致死的になると報告されている。 同様に、ヒトが咬傷、掻き等によりBウイルスに暴露・感染した場合、発症例ではほとんど 致死的になる。 過去の米国の累積データによると 23/36 (64%)であるが、現在では帯状疱疹にみられるようにヘルペスウイルス感染症の治療( アシクロビル、ガンシクロビルの投与)がかなり功を奏するようになってきており、Bウイルスの場合も暴露部位の早期洗浄、治療薬の投与により、昨今死亡報告例はない。

・ Bウイルス感染の診断
 わが国で出来るBウイルス感染の非臨床的診断としては抗体検査法がある。 サル血清中の抗Bウイルス抗体をELISA法で検査するもので、筑波の予防衛生協会(社団法人)が行ってくれる。 抗体陽性結果が出た場合、ウイルスを排出しているかも知れない可能性を前提として実験に使用する必要がある。 しかし、まだ抗体が上昇していない感染初期や、交叉反応を拾う可能性も否定できないので別の方法による確定診断法が必要になる。 一つは単クローン抗体使用による競合試験である。その他、ウイルス分離や遺伝子診断がある。 わが国ではウイルス取扱上の制限があり、特異的診断法の開発途上にある。現状上記の抗体検査のみしか対応できていないが、 今後、組換え抗原使用や PCR法等の適用により、より確実・安全な診断が出来ることが望まる。

・ 国立大学動物実験施設飼育中サルにおける抗体保有状況(表2)
 わが国の施設飼育中のサル におけるBウイルス抗体を調 査した結果及び注意事項等は、 平成9年5月23日付けで文部省学術国際局学術情報課長より傘下の各機関に通知された (9学情第18号−大学等における実験動物の取扱いに関する安全管理の徹底について「通知」)。


表2. Bウイルス抗体調査結果

総合結果: 384/962 (40%抗体陽性、31機関)

サル種別結果


  • マカカ属: 380/947 (40% 抗体陽性)
    • カニクイザル  57/ 96 (59%)
    • アカゲザル   102/191 (53%)
    • タイワンザル   5/ 14 (36%)
    • ニホンザル   211/629 (34%)
    • その他      5/ 17 (29%)
  • 非マカカ属: 4/15 (27% 抗体陽性)
注1) 平成8年度(平成8年8月から同年12月まで)の国立大学動物実験施設協議会バイオハザード対策小委員会による調査。
注2) 抗体検査は社団法人「予防衛生協会」で行われた。

これらのデータによるとわが国のサルにおいて、輸入ザルは勿論のこと、わが国固有のサルであるニホンザルにおいてさえ、 施設飼育中のものの3割強で抗体陽性を認めている。 今後、特にニホンザルにおける感染伝播経路の問題やウイルス排出程度、部位等を研究する必要がある。 なお、陽性結果の一部は他のサルのヘルペスウイルスの交叉反応を検出している可能性を否定できないが、 かなりの率で強陽性が含まれている現状を考えると、陽性サルを使用した研究には充分な注意を必要とする。

・ 対応策
 日常的にサルを取り扱う際の注意策は、1 995年に CDCが中心となって作成したGuidelines for the Prevention and Treatment of B-Virus Infection in Exposed Persons (1)があるので参考にすると良い。 現実的な対応としては上記したようにサルを扱うときはウイルスを排出している可能性があるものとして扱うべきであって、 事故に遭遇する可能性も考慮して、救急キットの準備や各機関における連絡網の整備、あるいは指定医を決めておくべきである。 いずれにしても、サル由来人獣共通感染症はこのBウイルスだけではなく、場合によってはサルも被害者(猿?)になる結核、赤痢等もあるので、 サルを取り扱う際には充分な注意をして対応することが望まれる。


参考文献

1. Holmes GP, et al. Guidelines for the Prevention and Treatment of B-Virus Infection in Exposed Persons. Clin Infect Dis 1995; 20: 421-439.


参考ウエブ

  • Southwest Foundation for Biomedical Research (http://www.sfbr.org/)
  • Biosafety in Microbiological and Biomedical Laboratories、 第3版(1993年)(http://www.orcbs.msu.edu/biological/BMBL/BMBL-1.htm)
  • Bウイルス関係資料
    http://www.med.nagasaki-u.ac.jp/lac/B-virus.html
    http://hayato.med.osaka-u.ac.jp/index/guide/inform/regulation-j.html