理研 有賀純チーム(比較神経発生/行動発達障害研究チーム 2004-2013)の研究紹介

 
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動物の体づくり遺伝子の進化過程の解明 (Takahashi et al., 2008 他)

近年、ヒトとハエのように、一見大きく違うように見える動物の間でも、体づくりの過程での遺伝子の働き方に似た部分があることがわかってきました。私たちは、脳がどのような進化の過程を経てできてきたのかを明らかにするために、体づくり、脳づくりに必要な遺伝子の構造と機能を広い範囲の動物で比較するプロジェクトを進めてきました。

動物はさまざまな形の神経系を持っています

比較の対象としたのは、多くの動物の発生過程で働くことが知られているZic遺伝子とMsx遺伝子です。これらの遺伝子は、動物の体づくりに広く使われる工具のようなものであり、「ツールキット(tool kit)遺伝子」と呼ばれています。多くの場合、ツールキット遺伝子は他の遺伝子の働きをオン・オフにするスイッチとして働くタンパク質や、細胞内・細胞間の情報のやりとりをするタンパク質を作ります。Zic遺伝子とMsx遺伝子は前者のひとつであり、DNAに働きかけるタンパク質をつくっています。下図に遺伝子にコードされているタンパク質の構造(アルファベットはタンパク質を構成するアミノ酸の並び順を表しています)をさまざまな動物で比較した例を示してあります。薄い灰色のところは全ての動物で一致しているところ、濃い灰色のところは比較的多くの動物で保存されているところを示しています。

さまざまな動物のZicタンパク質のアミノ酸配列

 これは進化の過程で非常に強く「保存」された構造の例ですが、保存のされ方は遺伝子の種類によっても異なり、また、一つの遺伝子の中の領域によっても異なります。保存の度合いを調べることにより、遺伝子のどの部分が重要な機能を持っているのかを知ることができます。
  下の図は結果の一つを示しています。この場合、左右対称の動物の祖先には現在多くの動物で保存されている機能ドメインを備えた「完璧な」Zicがすでに存在しており、進化の過程で選択的に保存ドメインを失っていたと考えられます。不思議なことにヒトを含めた脊椎動物では構造がよく保存されているのに対して、進化上は脊椎動物と近縁とされるホヤの仲間では保存ドメインが失われる傾向があり、同様に、他の無脊椎動物のグループ(旧口動物)でも線虫やプラナリアでは保存ドメインが失われるのに対して、ハエ、エビ、イカ、シジミなどは構造が比較的よく保存されているということがわかります。つまり、動物の体のつくりが多様化していく過程で、遺伝子構造の保存性が「まだらに」落ちているのです(下図)。

Zicタンパク質の保存性は特定の動物グループで落ちています

この結果は、動物グループごとに遺伝子構造の変化の速さ(進化速度)が違うことや、遺伝子情報をもとに作られるタンパク質の機能に対する制約が異なること(体のつくりの単純な動物では制約が低いのかもしれない)で説明されるのではないかと考えています。現在の研究の焦点は、各動物間での遺伝子構造の差異が、どのようにタンパク質機能の差異、ひいては動物の神経系の多様性につながったのかということです。



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