理研 有賀純チーム(比較神経発生/行動発達障害研究チーム 2004-2013)の研究紹介

 
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シナプスの異常でおきる精神疾患の病態を解明 - 統合失調症関連遺伝子Lrrtm1欠損マウスで見られた行動異常 (Takashima, Odaka et al., 2011)

私たちは脳のロイシンリッチリピート(LRR)膜タンパク質の機能を調べるプロジェクトを進めています。LRRはタンパク質の中に比較的良く現れる構造で、分子間の結合に関わることが知られています。特に、LRR膜タンパク質は脊椎動物の群でその遺伝子の数や種類が増しており、脳神経系に多く分布するものがあることから、脊椎動物の脳機能の成り立ちに重要であろうという仮説を立て、プロジェクトを開始しました。LRRTM1は、LRR膜タンパク質の一種で、統合失調症の発症に関連することが、イギリスの研究グループから報告されています。また、中枢神経系のシナプス形成に重要な役割を持つのではないかという報告がカナダの研究グループから提唱され、最近、Lrrtm1遺伝子の生体内における役割が注目を集めていました。

そこで、私たちはこの遺伝子を欠損したマウスを作り、その行動や薬剤の効果を調べて精神疾患の治療などに役立てることはできないかと実験をおこないました。

Lrrtm1欠損マウスは、正常に繁殖、発育することができ、通常の飼育条件下では正常のマウスと区別できませんでした。しかし、一連の行動テストの結果、非常に興味深い行動異常を示すことが明らかになりました。 図1に一例を示します。

Lrrtm1欠損マウスで見られた行動異常の一例

図1Lrrtm1欠損マウスに見られた行動異常の一例

これは、ホールボードテストと呼ばれ、マウスの環境認識と探索行動について調べることができます。このテストでは図のように穴が4個あいた50センチ四方の箱の中にマウスを置いてその行動を観察します。この実験箱の中に置かれたマウスは、自分のおかれた状況を認識して(たとえば、「初めての場所だ」、「敵はいない」、「食べ物が無い」、「穴がある」等)、適切な行動(穴を調べること)を選択します。実験の結果、Lrrtm1欠損マウスでは、「箱に置かれてから穴を調べ始めるまで」の時間が正常マウスに較べて、倍以上に増加していました。このことはこのマウスの脳の機能のうち、「状況を認識して、適切な行動にいたる」機能に異常があることを示しています。

この機能は「認知機能」と呼ばれていて、他の行動テストでも同じ傾向の認知機能の異常が示されました。またこれ以外にも位置・場所に関係した記憶機能(空間記憶)の異常や、別のマウスに一回会ったことを覚えておく機能の異常が認められました。これらも広い意味での認知機能の異常です。

それではこのような行動異常はどのように引き起こされるのでしょうか。私たちはLrrtm1変異マウスの脳の形態に異常があるかどうか、詳細に検討することにしました。まず脳の各部位の体積を核磁気共鳴画像法(MRI)を用いて定量したところ、海馬の体積が減少していることがわかりました。Lrrtm1遺伝子はLrrtm1タンパク質を脳全体で作り出しているのですが、その中でも特に海馬で多く作り出しています。

そこで、海馬のシナプスをゴルジ染色法(図2)や電子顕微鏡法(図3)で調べてみました。ゴルジ染色法は神経細胞の形、特に神経突起や神経突起の上にある棘突起(スパイン)と呼ばれる構造を可視化するのに適しています。また電子顕微鏡解析では単位面積あたりのシナプスの数、前シナプス終末の中にあるシナプス小胞、シナプス後部肥厚などの構造を調べることができます。

Lrrtm1欠損マウスの棘突起形成異常

図2 ゴルジ染色による棘突起の形態観察

 

電子顕微鏡によるシナプスの形態観察

図3 電子顕微鏡によるシナプスの形態観察

その結果、わかったのはシナプス小胞が分散して分布しており(通常は放出部位近傍に集積)、シナプス入力を受ける棘突起の構造が長くなっているということでした(図4)。これらの異常はLrrtm1がマウスの生体内において実際に正常なシナプスの形を作るのに重要な役割を持っていることを示しています。

Lrrtm1欠損マウスに見られるシナプス形態異常のまとめ

図4 Lrrtm1欠損マウスに見られるシナプス形態の異常

私たちは最後にいくつかの薬剤を用いて、行動異常が改善されるかどうか検討してみました。その結果、フルオキセチンとMK801が一部の症状を改善するのに有効であることを見いだしました。フルオキセチンは神経細胞へのセロトニンの取り込みを阻害して、局所的にセロトニンの濃度を上げることが想定されており、うつ病やパニック障害の治療にも用いられています。セロトニンにはシナプス機能を調節する役割が知られています。MK801は脳の中の主要な伝達物質であるグルタミン酸の受容体のうちNMDA型の機能を阻害することが知られています。これらはLrrtm1欠損によって引き起こされたシナプスの機能異常が行動異常の原因となっていることを示唆しています。

行動異常や薬剤投与の効果を総合的に見ると、Lrrtm1欠損マウスは典型的な統合失調症モデルとは言えないかもしれません。しかし、認知機能障害という統合失調症にも関連のある症状を呈しており、統合失調症を含めて多くの精神疾患の病態を理解する上で貴重なモデルになることは間違いありません。現在、私たちはLrrtm1の働きを任意の時期・場所でOFFにできるマウスを用いて、成長過程のどの時期に脳のどの領域でLrrtm1が働くのかといった問題に取り組んでいます。これによって認知機能を担う神経回路が形成される時期、場所が明らかになり、精神神経疾患の発症メカニズムに迫れるのではないかと考えています。

 

この研究は脳形態解析ユニットの赤木巧、端川勉、動物資源開発支援ユニットの山田一之との共同研究です(敬称略)。

 

 

 



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