理研 有賀純チーム(比較神経発生/行動発達障害研究チーム 2004-2013)の研究紹介

 
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トゥレット症候群関連遺伝子の機能解明 (Katayama et al., 2009)

トゥレット症候群は多発性のチック(突発的、急速、反復性、非律動的、常同的な運動あるいは発声で、発症が18歳未満で4週間以上持続するものをいいます)を主症状とする疾患で、小児期に発症し慢性に経過します。多動症(ADHD)や強迫性障害を合併する例もあります。原因は未だ確定しておらず、多くの研究者がその原因解明に取り組んでいます。私たちはトゥレット症候群と関連づけられている遺伝子の機能の一つを、動物モデルを使って明らかにしました。

今回私たちが取り組んだのはSlitrk1という遺伝子です。有賀らは2003年に計算機による比較ゲノム解析により、脊椎動物で保存されている新たな遺伝子ファミリーを発見し、Slitrkと名付けました。Slitrkファミリーはヒトやマウスなどのほ乳類では6種類のよく似た遺伝子(Slitrk1-6)から成っています。この遺伝子に注目したのはその遺伝子の構造と発現プロフィール(どの時期にどの場所でその遺伝子のスイッチがオンになっているか)に興味深い特徴があったからです。私たちは2004年の研究室開始当初から、Slitrkファミリー遺伝子の機能解明に取り組んできました。

そのうちの一つSlitrk1は2005年エール大学のAbelsonらにより、一部のトゥレット症候群の患者さんで、遺伝子構造に変化(変異)が起きているという報告がなされました。この報告を受けて、いくつかの研究グループが多くの患者さんのSlitrk遺伝子について解析し、変異を持つ割合や変異のパターンに関するデータが蓄積されました。その結果、先の報告は比較的まれなケースだったとする指摘もあり、現在も調査が続けられています。

Slitrk1の脳における役割を調べるために、理研脳センターでES細胞を使った遺伝子組み換え法により、Slitrk1遺伝子を欠損したマウスを作成しました。そして、このマウスに現れた行動異常をさまざまな実験を組み合わせて総合的に評価しました。系統的に行動異常を検討することにより、脳機能を評価することは非常に効率の良い研究手法の一つです。

その結果、Slitrk1欠損マウスでは不安・抑鬱傾向が増強しているという実験結果が得られました。下に示したのは今回行った行動解析実験の一部です。マウスをある程度の高さの十字型の道の上に置きます。この十字型の道には図のように片方の道筋にのみ壁がつけられており、マウスが下をのぞき込むことはありません。もう一方の道筋には壁が無く、下をのぞき込めるようになっています。この十字型の道の真ん中にマウスを置くとマウスはあちこち動き回りながら自分のおかれた状況を知ろうとします。これまでに数多くのマウスがこの試験をうけていますが、多くの研究者により不安の強いマウスほど、壁の無い道にいる割合が少なくなるという傾向が認められています。Slitrk1欠損マウスにもこの傾向が認められました。

                マウスがのぞき込むと飛び降りることをためらい、かつあやまって墜落しても怪我をしない程度の高さに十字型の道があります。

                   十字迷路テスト

(この装置はマウスがのぞき込むと飛び降りることをためらい、かつあやまって墜落しても怪我をしない程度の高さにセットされています)

 

一方、抑鬱傾向を調べるための実験系の一つを下図に示してあります。この実験系ではマウスを尾の先端にテープを貼り付けたマウスをぶら下げてやります。5-10分間ぶら下げてやると、最初のうち、マウスは必死にもがきますが、そのうちあきらめて、ただぶら下がっている状態(無動状態)が表れてきます。この状態は絶望状態の一種であろうと考えられており、Slitrk1欠損マウスではこの無動状態の時間が増えていました。

                 尾懸垂テストでの無動状態(左)と動いている状態(右)

                      尾懸垂テスト (左、無動状態;右、動いている状態)

 

このような行動実験には多くの要素が関係しており、一つの実験系だけで行動異常を評価することは難しいものです。しかし、条件を整えた種類の異なる実験系を組み合わせ、これまで多くの研究者たちにより積み重ねられてきたデータと比較すると、マウスの行動異常(広い意味での「性格」のようなもの)が見えてきます。

私たちは更にSlitrk1欠損マウスの脳の中の神経伝達物質の含量を測定してみました。その結果、不安や抑鬱状態とも関連のあるノルアドレナリンおよびその分解産物の含量が増加していることがわかりました。そこで、Slitrk1欠損マウスにノルアドレナリンを介した神経情報伝達に影響を及ぼす薬剤(クロニジン)を投与してやりました。すると、上の十字型の道で評価した不安傾向は抑えられたのです。実はクロニジンはトゥレット症候群の患者さんの治療にも用いられる薬です。

今回私たちがSlitrk1変異マウスに見いだした行動異常は部分的にトゥレット症候群の患者さんに表れるものと似ており、クロニジンが症状の改善に効くことを考えると、確かにSlitrk1遺伝子はトゥレット症候群発症に関係しているのかもしれません。私たちが見いだしたSlitrk1欠損マウスの行動や神経伝達物質の異常、クロニジンに対する反応性がこの疾患のよりよい理解・治療につながっていくことを願ってやみません。



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