硬膜移植、角膜移植、ホルモン剤投与などの医療行為でプリオン病が伝播したと思われる例が、以前より報告されてきました(医原性プリオン病)。対策が取られるようになり、近年では医原性プリオン病の報告は減っているものの、脳外科手術後に患者がプリオン病を発症した例が複数件報告されています。そうした場合には、同じ手術器具を用いて他の患者も手術しているため、医原性CJDの発生が危惧されます。
プリオン病の年間の発症率は100万人当たり1-2名と非常に希少な疾患ですが、正確にはわからないものの、未診断例は3万人に1人の割合という予測があります(文献1)。動物実験では発症のかなり前からプリオンが体内に蓄積していること、プリオンは紫外線、ホルマリンのような一般的な滅菌方法では完全には不活化できないことを考えると、メスを使う実習や医療行為でも末梢からの感染事故はリスクとして考えておく必要があります。さらに、プリオン感染したマウス(ヒト化プリオンタンパクを発現したマウス)の凍結切片を作成する際にケガをした研究者が、7.5年後にプリオン病を発症して亡くなったとの報告もあります(文献2)。
そこで我々は、2020年より医学部歯学部の解剖学実習や法医解剖に使用する御遺体のプリオン検査を開始しました。解剖学実習用の御遺体75体を検査した時点で1体のプリオン検査(RT-QuIC法)陽性症例を発見し、その後の病理検査でもプリオン病であることが証明されました(文献3、図)。この御遺体は御献体していただいた時にはプリオン病と診断されていませんでした。今回はたまたま1例見つかったというだけで、正確な頻度はまだわかりませんが、全国の医学部歯学部の解剖実習を実施するスタッフや学生さんの安全のために、御遺体のプリオンスクリーニング検査を開始しました。検査のお申込みは常時受け付けております。興味や疑問を持たれた方は、下記まで遠慮なくお問い合わせください。
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
感染分子解析学分野
中垣 岳大
図:プリオンスクリーニングで発見された未診断例スクリーニング検査で陽性の御遺体が発見された(上段左)、ヘマトキリンエオジン染色ではプリオン病に特徴的な空胞変性(下段左)が、免疫染色では異常型プリオンタンパクの沈着が認められた(下段右、矢頭)。
(Nakagaki T et al, N Eng J Med. 2022)