長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 新興感染症病態制御学専攻 感染分子解析学分野

研究内容

主な研究テーマ

(1) プリオンは真の病原体なのか
(2) プリオン病の診断法開発(RT-QuIC法)
(3) ヒトプリオン病の治療薬開発(FK506など)
(4) プリオン感染予防法・不活化法の開発(硬性内視鏡洗浄機)
(5) ヒトプリオン病の疫学(解剖体の検査)
(6) プリオンとウイルスのインシリコ創薬

 プリオン病は「正常プリオン蛋白が異常プリオン蛋白へと構造変換し、脳内に蓄積することで発症する」と考えられる。この異常プリオン蛋白が病原体そのものであり、遺伝子は持たない蛋白性病原体であると考えるのがプリオン仮説である。後にノーベル医学生理学賞を受賞したスタンリー・プルシナー氏の提唱した仮説で、数々の実験的データからこの仮説はほぼ間違いないと思われている。ただし仮説に疑問を抱く研究者も少なくなく、福岡伸一氏の講談社ブルーバックスの著書「プリオン説はほんとうか?」は発刊当初ベストセラーになった。その著書には、当教室の実験データが多く取り上げられ、プリオン仮説に疑問を投げかける重要証拠として説明されている。最終証明をするには、完全に人工的に作成したpureな異常プリオン蛋白を作り出し、実験動物を用いてその感染性を証明しなければならない。ただ、それはすでに数々の試みがあり、ほぼ感染しない。いくつかの「感染に成功した」との報告があるものの信憑性に疑問があるとの見方が強い。プリオン蛋白以外にも感染に必須の分子があるとの見方がある。
 クロイツフェルトの一例目の患者報告から100年。プリオン仮説の提唱から40年。ガジュセックとプルシナーの2人のノーベル賞が出たものの、いまだに治療法のない100%致死性のプリオン病には、まだ解けない疑問が多く残されている。

教室のプリオン研究の歴史

 ヒトのプリオン病には家族性プリオン病があり、その代表はGerstmann-Strausler Scheinker 病(GSS)といわれる小脳変性を主体とする疾患群である。その患者脳をマウスに脳内接種したところ、長い潜伏期ののち発症した(当時九州大学脳神経研、立石潤先生の業績)。そのマウス順化GSS病原体をFukuoka-1株という。1979年当時世界初のヒト由来マウスプリオン株樹立であった。当教室はもともとレトロウイルスを主に研究していた研究室であったが、宮本勉教授はそのFukuoka-1株を譲り受け、ウイルス学的な基礎研究をこつこつと始めた。感染マウスの体内でいつどこに感染性が見られるのかを詳細に検討するウイルス学的な研究をおこなった。また免疫学的なテストや同居によるマウス間の伝播の有無を検証したりした。ちょうどその頃(1980年代前半)アメリカのプルシナーらはスクレーピー感染ハムスター脳から濃縮された感染性分画にプリオン蛋白を発見。世界中のプリオン病研究がプリオン蛋白研究へと集中していく第3期がスタートしたところであった。蛋白発見から間もなく遺伝子がクローニングされ遺伝子欠損マウスの作成は当時世界的な競争になった。当時大学院生の坂口末廣先生(現徳島大学教授)がノックアウトマウス作成に挑戦し、1996年にはプリオン蛋白遺伝子欠損マウスにおける神経細胞死を世界で初めてNature誌に報告。折しもイギリスではBSEがヒトに感染したと思われると政府が正式に認め世界中のマスコミが注目し、我々の教室もマスコミの取材を連日受けた。
 2001年9月10日に国内初のBSE感染牛が確認されてから、農水省、厚労省のプリオン関連研究大型予算を獲得し、我々の教室も日本のプリオン基礎研究の草分けとして国家プロジェクトに参入した。プリオンにおける株多様性メカニズムと細胞指向性、株間のウイルス様干渉現象、プリオンに対する免疫反応などプリオン仮説では説明が難しいとされる現象の解明を行っている(Science, 2005など)。プリオン病治療薬の開発を岐阜大学と共同で進め、新規化合物を発見した(PNAS, 2007)。また石橋大輔先生(現福岡大学教授)が独自のインシリコスクリーニングを行い、数々の候補化合物を見出して特許を得ている。2011年、新竜一郎先生(現宮崎大学教授)を中心に試験管内での異常プリオン蛋白増幅系の開発(RT-QuIC法)に成功し、髄液診断への応用を進め、Nature Medicine誌に発表。この技術はたちまち欧米各国で用いられ、今や世界標準化している。当研究室においても、様々な改良を加えつつ患者の全身の臓器におけるプリオン活性分布を明らかにし、また近年ホルマリン処理後の脳からの検出にも成功した(現在、長崎大学保健学科佐藤克也教授)。2020年からはこの技術を用いて、解剖実習用に献体された御遺体のプリオン検査を始めた。2022年、御遺体中にプリオン病未診断例を見つけ、New England Journal of Medicine誌に発表した(中垣)。現在は試験管内異常プリオン蛋白増幅系の改良、治療薬開発さらに神経再生医療をプリオン病治療に応用することも試みている。
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