理研 有賀純チーム(比較神経発生/行動発達障害研究チーム 2004-2013)の研究紹介

 
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亜鉛フィンガー間の結合の目印となる配列「タンデムCWCH2 」を発見 (Hatayama et al., 2010)

亜鉛フィンガー(Zn フィンガー)は真核生物の中で広く保存されたタンパク質中の構造で、多くのタンパク質で見つかっています。Znフィンガーのうち、C2H2型と呼ばれるものはシステイン(C)が2個、ヒスチジン(H)が2個繰り返す構造(C2H2モチーフ)をとっており、1個で球状の構造を形成するC2H2モチーフが数個ならんで、数珠状につながることでDNA結合などの活性を持つ機能ドメインを形成することが知られています。

私たちは、脳の形成過程に働く、Zicタンパク質の立体構造を調べて来ました(「散在型核移行シグナルの構造決定」を参照)。その過程でZicタンパク質の中に現れる5個のZnフィンガーのうち、端の2個のZnフィンガー(ZF1、 ZF2)が融合して、一体の構造をとることを明らかにしました。この部分の構造を多くの動物のZicタンパク質間で比較すると、どのZicタンパク質でもC2H2モチーフの中で二つのシステインの間の決まった位置に、トリプトファン(W)が現れることが明らかになりました(図1)。そこで私たちはこの構造は重要なものだろうと推定し、タンデムCWCH2(tCWCH2)構造と命名しました。

今回の研究では遺伝子配列データベースを利用して、タンデムCWCH2構造の性質を明らかにしました。まず始めにデータベースから現れるタンデムCWCH2を含むアミノ酸配列を抽出、整理し、587のタンデムCWCH2を含む配列を得ました。これらは配列の類似性、タンパク質のドメイン構造、機能の類似性から以下の11種類に分類されました:Zic/Gli/Glis, Arid2/Rsc9, PacC, Mizf, Aebp2, Zap1/ZafA, Fungl, Zfp106, Twincl, Clr1, Fungl-4ZF(これらはそれぞれ遺伝子グループの名前を表しています)。最近、真核生物は大きく6種類にわけられるのではないかと提唱されています。このうち私たちを含めた多細胞動物のもっとも近縁の生物は襟鞭毛虫(原生動物の一種)の仲間、次に真菌、アメーバの仲間であると考えられています。この中でC2H2モチーフを持つタンパク質は植物なども含めたもっと広い範囲の真核生物で見つかることが知られています。一方、生物界におけるタンデムCWCH2の分布について調べてみると、多細胞動物、真菌、襟鞭毛虫、とアメーバに分布していることが明らかになりました(図2)。この他に、タンデムCWCH2を含むタンパク質に含まれるその他のタンパク質構造、また、アミノ酸配列間の類似性を系統的に調べる手法(分子系統樹解析)などにより、「原型となるタンデムCWCH2は遅くとも真菌と多細胞動物{これらの生物はまとめてオピストコンタ(Opisthokonta)と呼ばれています}の共通の祖先にまで存在していただろう」と、私たちは推測しました。

図2  tCWCH2を持つ生物の範囲

一方、これまでにタンパク質の立体構造が決定されているZIC3、GLI1、Zap1タンパク質中に含まれるタンデムCWCH2構造を重ね合わせて見たのが下の図です(図3)。このようにタンデムCWCH2の中のトリプトファン(W)は二つのC2H2モチーフの間に位置していて、サンドイッチの様に挟まれていることがわかります。このトリプトファンと周辺に位置するアミノ酸がそれぞれ水と混ざりにくい性質(疎水性)をもっていることから、その性質が二つのC2H2モチーフが一つの塊を作ることに役立っているものと考えられています。

図3 tCWCH2の立体構造 (平行法によるステレオ図)

もし、タンデムCWCH2が二つのC2H2モチーフ間の融合に関与しているのならば、おそらくトリプトファン以外にもC2H2モチーフ間の結合に特徴的な構造があるだろうという作業仮説をたて、一般的なC2H2モチーフとタンデムCWCH2構造比較を行いました。その結果明らかになってきたのは以下の3点です。

(1) トリプトファン以外にも特定の位置に現れやすいアミノ酸がある(図4)。

(2)タンデムCWCH2の二つのC2H2モチーフ(正確にはCWCH2モチーフ)をつなぐ部分は通常のC2H2に比べて長くなっている。

(3) 通常のC2H2には見られない「よけいな」配列が入り込んでおり、これらは多くの動物の中ではあまり保存されていない。

このような構造上の特徴はタンデムCWCH2が二つのC2H2モチーフが融合することに関連しているのではないかと推測されました(図5)。

このように見てみると、タンデムCWCH2構造は二つの隣り合ったC2H2モチーフがお互いに融合することに専門化した構造のようです。このドメインの機能については知られていることはあまり多くないのですが、私たちのグループでは、ZIC3というタンパク質のCWCH2構造の中のトリプトファンに変異が入ることが原因で、心臓奇形の原因となったと考えられる症例を報告しています。さらに新たな動物モデルを作成することにより、「タンデムCWCH2構造が動物の体の中でどのような役割を担っているのか」をつきつめようと次の研究を進めています。

今回の研究はツールキット遺伝子の起源にも関係しています。Zic、Gliのようなタンパク質は動物の様々な発生の過程で、体作りの過程をコントロールする現場監督のような役割を果たしており、ツールキット遺伝子と呼ばれています(「動物の体づくり遺伝子の進化過程の解明」を参照)。たとえばZicは脳の形成に不可欠の遺伝子ですが、今回の解析から、構造上近縁の遺伝子が真菌にも存在していることがわかりました。これらが同じ祖先からできたものかについて、現時点で断定はできませんが、私たちはその可能性が高いだろうと推測しています。今後、これらの遺伝子産物の機能についても類似性が見られるのか、検証しようと考えています。

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