理研 有賀純チーム(比較神経発生/行動発達障害研究チーム 2004-2013)の研究紹介

 
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研究テーマ

1. 神経前駆細胞の増殖分化の調節機構の解明

Zicファミリーと呼ばれる核タンパク質の分子機能に関する研究を続けています。これらのタンパク質が私たちの興味を引きつけるのは不思議な性質を持っているからです。それは非常に幅広い遺伝子の発現調節に関わることで、このことが、Zicファミリー遺伝子が神経発生の様々な過程で必要とされることの一つの理由になっているのではないかと推測しています。最近の研究の進展により、このタンパク質が働くために非常に重要な役割を持つパートナータンパク質(Zic結合タンパク質)を多数見いだすことができました。Zicを含むタンパク質複合体がどのように神経細胞の分化増殖を調節しているのかに研究の焦点は移ってきました。このメカニズムを明らかにすることにより、神経幹細胞の増殖分化制御法の開発に貢献できるのではないかと期待して研究を進めています。

一方、Zicファミリーの遺伝子が今まで予想されていなかった機能をもつことも明らかになってきました。Zic遺伝子の多くは共通の機能を担っているため、一つの遺伝子に異常(変異)が起きても他のメンバーの機能を補うので強い症状となってあらわれることはまれです。しかし、変異の組み合わせ(複合変異モデル動物の作製)により、いままで隠れていた遺伝子機能を明らかにすることができました。これらは神経組織の発生障害が原因となって起きる先天性疾患の発症機構の理解につながります。


2. 神経細胞の細胞膜貫通タンパク質の分子機能解明

神経細胞の細胞膜にはさまざまなタンパク質が存在していて、これらが神経細胞に特有な性質の一部を担っています。私たちはゲノム情報から予測される、いくつかの新たな細胞膜貫通型タンパク質についてそれらの神経細胞における役割を研究しています。これまでに6種類の遺伝子を含むSlitrkファミリー、5種類の遺伝子を含むLrfnファミリーなどについてその分子性状に関する論文を報告しました。現在これらを含めた膜貫通型タンパク質のグループの分子機能を、神経細胞培養、電気生理学解析、遺伝子ノックアウト、行動解析などの手法を用いて研究しています。最近の結果から、これらのタンパク質が神経細胞の突起伸展、シナプス形成などに関わる可能性がでてきました。これら新規タンパク質がどのような分子と関係を持つのかを一つ一つ明らかにすることから、脳の高次機能の分子基盤に迫りたいと考えています。


3. 変異マウスを用いた脳神経系の発生・病態解析

実際に遺伝子情報を医学生物学に役立てるためには動物モデルを利用して、遺伝子機能と神経機能の結びつきをはっきりさせることが必要です。私たちは発生・比較ゲノムの研究成果を医学生物学の進展に役立てることを念頭においています。このために、数多くの変異マウスを作製し、それらの脳神経の発生異常および機能異常を研究しています。これまでに私たちが見いだし解析を続けてきた遺伝子は、別表のように種々の神経疾患の原因遺伝子であることが明らかになっています。現在、新たな疾患モデル動物を作製するとともに、いくつかの遺伝子について、精神神経疾患の原因となる可能性を探索しています。

 

私たちの見いだした遺伝子のうちヒトの神経疾患の原因遺伝子になるもの

遺伝子名
ヒトの染色体座位
ヒトの疾患
ZIC1
3q24
Dandy Walker奇形
ZIC2
13q32
全前脳症
ZIC3
Xq26
内臓左右不定位
ZIC4
3q24
Dandy Walker奇形
ZIC5
13q32
13q欠損症候群
SLITRK1
13q31
Tourette症候群

 


4. 脳神経系を形成する遺伝子の系統間比較

脳の起源・進化過程の理解は今日の神経科学に残された大きな課題の一つです。特に神経を持つ動物に共通した遺伝子情報に注目し、幅広い動物種でのタンパク質構造比較により、神経発生制御タンパク質の今までに知られていない機能ドメインを見いだすことに成功しました。動物の進化の過程でこれらの保存ドメインがどのように生まれ、失われたかを明らかにしてやることにより、遺伝子の歴史の概略を知ることができます。その一つの結果として、進化の過程で起きた保存ドメインの選択的な消失が神経系を含めた動物の体制の多様性に関わるのではないかというアイデアを提唱し、モデル動物を用いたタンパク質の機能評価実験によって、このことを確かめようとしています (関連エッセイ) 。一方、遺伝子発現制御領域の同定にも比較ゲノムは強力です。脊椎動物間の比較により、様々な時期、部位の神経組織で働くDNA塩基配列(発現制御領域)を見いだすことができました。これらの発現制御領域が協調して一つの遺伝子発現パターンを形づくっています。

研究プロジェクトの進展に伴い、比較ゲノム研究に必要な遺伝子材料(DNA, RNA, 遺伝子ライブラリーなど)がある程度揃ってきました。特に、無脊椎動物の遺伝子材料については力を入れており、私たちの目指していた神経系を持つ広い範囲の動物を対象とした遺伝子比較が可能になっています。これらの材料(写真館の項目をごらんください。)を利用した研究を考えられる方はご連絡ください

これらの解析を通してあらためてわかってきたことは、それぞれの遺伝子は歴史を持っており、この歴史は私たちの脳神経系をつくるタンパク質の構造に深く刻み込まれているということです。同時にさまざまな動物のタンパク質構造を比較することにより、ヒトの神経組織の成り立ちに重要なタンパク質の機能解析を効率的に進めることができます。一つの生き物の遺伝子塩基配列だけ眺めていてもわかることは限られていますが、多様な動物の遺伝子を相手にすることにより、一つの遺伝子の構造機能について、より良い理解ができるというのがここまでの解析で得た実感です。

 



©2014 長崎大学 医科薬理学 有賀 純