今回、ドイツ・ミュンヘンの中心部に所在する、ミュンヘン大学法医学研究所において実習、および見学を行いましたので、ここに報告いたします。
主に私たちが現地で取り組んだ活動ですが、以下の3点であり、これらの3点について特に焦点を当て、以降記述します。
・ミュンヘン大学法医学研究所の施設内容の見学
・司法解剖実習および講義解剖
・飲酒試験
ミュンヘン大学法医学研究所の施設内容の見学
ミュンヘン大学法医学部はとても広く、一般人も敷地内を自由に通れるほど、仰々しいエントランスはありませんでした。街中にとけ込んでいる印象を受けました。あらゆる科が独立した棟を持っていたのは驚きでした。外科は外科の、内科は内科の棟を持っていて、もちろん法医学も独立していました。ただし、全てが法医学教室で占めているわけでなく、薬学部研究室などもありました。
年間4000体を解剖するとあって、解剖室は長崎大学の3倍もあり、解剖台に解剖に必要な器具や機能がコンパクトに集約されていました。ご遺体をストレッチャーごと重量測定し、次々とご遺体が準備される様に圧倒されました。講義解剖を行える広い講義室があり、医学部生だけでなく法学部生などの他学部の学生の講義にも力を入れているそうです。長崎大学との大きな違いは、外来もやっており、専用の診察室があるということです。内診台も設置されています。ドイツではDVや虐待、性犯罪が多く、国が被害者の受診をすすめています。移民も多いのでアラビア語やロシア語などのパンフレットが準備されていました。
研究も盛んで、さまざまな標本が保存されていました。毛髪からその人のルーツを探る研究をされているドクターがいらっしゃり、毛髪の成分は食生活と大きく関わりがあるといった興味深い話を聞くことができました。
また、法医学教室のための広々とした図書室があり、ミーティングもそこで行っているそうです。コーヒーを飲みながら休憩をとることのできる明るい談話室も併設されていて、そこで働く人に必要な施設が十分にそろっているようでした。教官ひとりひとりの部屋がありながらも、スタッフ同士しっかりとしたコミュニケーションをはかっている印象でした。
ミュンヘン大学と長崎大学の法医学は長い交流の歴史があり、私たちもその一員として立派な施設を見学でき、大変貴重な体験となりました。長崎大学法医学教室との規模の違いに目をみはるばかりでした。
司法解剖実習および講義解剖
ミュンヘン大学では、年間約4000体の解剖を行います。教室に勤務する法医学者は約30人で、その半数以上が女性です。解剖は基本的に平日にのみ行われています。朝、その日のご遺体に関するミーティングを行い、午後より解剖を行います。解剖室には3台の解剖台があり、並行して解剖が行われ、多くは約1時間で1体の解剖が終了します。病院で死亡が確認されそのままの状態で搬送されてくるので、挿管チューブや静脈ルート、中心静脈カテーテルなどが入ったままのご遺体も多く見られました。死因究明へのアプローチ法は、状況等から推測される死因により方法を変えるという、1日に多くのご遺体を解剖するミュンヘン大学ならではやり方であり、年間約120体の解剖を行う長崎大学のものとは少し異なると感じました。また、プレパレーションというマクロでは気付けない頸部軟骨などの頸部の損傷をミクロの視点から観察するという世界でも行う人は数少ない手法も有しています。
ミュンヘンは大学では講義解剖といって、医学生、看護学生、法学部学生などが講義室一杯に集う教室で、教育目的でご遺体の解剖を行う授業があります。今回、機会に恵まれ実際に参加する事ができました。講義解剖は、実際の解剖同様の手順で行われ、時折学生を前に呼び、近くで観察する機会を与えていました。これとは別に医学生に対しては検死の実習もありますが、このような実習が行えるのは、スタッフ数の多さや設備の豊富さをはじめとして、ミュンヘン大学の学生の意識の高さがあってこそだと言えます。さらに、こういった実習によって、法医学というものを身近に感じやすい環境に置かれている事がスタッフ数の多さに反映されている一因かもしれないと感じました。
飲酒試験について
法学生を対象に、アルコール血中濃度0.1%に至るためのアルコール量を体重から計算し、そのアルコール量に該当するビール、または白ワインを飲み、意識や判断力がどれ程影響するかを体験するというものでした。飲酒運転を防止する団体が酒類、濃度の計測にかかる費用を出し、法医学教室の医師が試験を実施していました。
私たちは、白ワインを選択し、400mlを30分ほどで全て飲み、呼気アルコール濃度、血中アルコール濃度を計測しました。血中アルコール濃度については、後日の計測になり、血液サンプルを採取したのみであったが、呼気アルコール濃度については、学生3人それぞれで、0.089%、0.084%、0.092%と大差はありませんでしたが、意識や判断力、外見上の変化については大きく差が出ました。3人の学生のうちの、アセトアルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)の遺伝子型の違いの内訳ですが、高活性(優性ホモ)が1人、低活性(ヘテロ)が2人でした(長崎大学病院での実習で確認済み)。高活性の学生は、多弁、緊張の減少、行動の活発化が見られたのに対し、低活性の学生のうち1人は前述の様子に加え、顔面の紅潮が見られ、さらにもう1人の学生は、顔面の紅潮、平衡感覚の麻痺、眠気が現れ、最終的には飲酒開始後1時間強で寝てしまうという結果になりました。以上より、アルコール濃度に関しては個々に大差はないものの、アルコールに対する感受性に関しては、ALDH2の遺伝子型によって大きく差が出るということを経験しました。
今回は、現地の法学生(多くが5、6年生)の飲酒試験に一緒に参加させてもらうという形で実施しましたが、現地の法学生も呼気濃度については私たちと大差はなかったものの、外見上の変化については、私たちが見て、会話をした限り、全く変化がなく、ヨーロッパはアルコールの感受性が低い(いわゆる酒の強い)人種がほとんどであるのだと感じました。
現在の法規制では、呼気アルコール濃度によって、酒気帯び運転、飲酒運転などと区別し、罰則についても濃度によって異なっていますが、実際に運転に支障を及ぼすのは、アルコールに対する感受性によって影響した判断力であり、呼気アルコール濃度によって罰則を決定するのは本当に正しいのかどうか疑問に感じました。例えば、ALDH2の遺伝子型がヘテロであれば、法規制の範囲内のアルコール濃度であっても判断力に影響がでることも考えられます。しかし、判断力については飲酒をしていない状態でも個人に差があるうえ、客観的に計測することが困難であるため、アルコール濃度を計測し、それを頼りにする他に方法がないのだと考えました。
以上のように、今回海外の法医学教室の取り組み、勤務内容について見聞を広げたことにより、日本の法医学との比較が可能になり、それぞれの長所短所について考察することが出来る大変良い機会を得ることができました。
このような素晴らしい機会を与えてくださった、ミュンヘン大学法医学研究所のリサ医師、長崎大学法医学教室教授の池松先生をはじめとした、すべての関係者の先生方に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

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