未曾有の大災害となった東日本大震災に際し、日本法医学会は災害対策本部を設置し、全国の法医学者の協力を得て被災地における検案、身元確認作業に対応した。これまでにも地震や風水害、交通機関等における災害で多くの法医学者が検案、身元確認作業に従事、貢献してきた。演者は、JR福知山線事故の際の検案に従事した経験をふまえ、法医学の社会的役割について考えたい。
災害時には、負傷者の救出・救護がまず最優先に行われるが、不幸にして死者が発生した場合には、死者に対する十分な対応と配慮が求められる。災害による死亡は異状死であるので、警察への届け出と司法警察員による検視を受ける。災害による死亡であることは、警察を含めた司法機関や行政機関が認定するものであり、医師はそれらの認定に医学的な面から協力する。
法医学者は異状死の専門家であり、災害による死亡の死因や死亡時刻の判断、身元確認にも大きく貢献する。さらに、臨床医には負傷者に対する救急医療活動が優先され、災害後の初期には多数の負傷者が医療機関に殺到・混乱することから、「災害時の有限な医療資源」の有効活用という観点からも、法医学者による対応が望ましい。
災害犠牲者への対応は、遺体安置所の設置と遺体の収容、被災者情報の集約、検視・検案、ご遺族対応という一連の流れで進められる。このうち法医学者が主に関与するのは検視・検案である。実際の検視・検案にあたっては、医師、歯科医師および検案補助者からなる検案チームで検案を行うことが望ましい。災害の規模が大きい場合には複数の検案チームが対応するが、法医学者は検案チーム全体を統括するリーダーとして、警察や自治体の災害対策本部とも密接に連携し、死体検案書に記載する死因や死亡推定時刻を推定する基準、外因死の追加事項の記載に関する事項、用いる名称などについてあらかじめ打ち合わせ、検案チームの適正な運用に努めることも重要である。 演者らの経験が、法医学の社会的役割の点から、皆さんの将来の姿を考える上でいくらかお役に立てば幸いです。
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