診療内容(診療グループ):呼吸器外科
呼吸器外科の特徴
 腫瘍外科(第一外科)呼吸器グループは、胸部外科のうち、肺・気管支外科、縦隔外科、胸壁・横隔膜外科、胸部外傷、臨床肺移植、呼吸器インターベンション(気管支内視鏡を用いた気道病変の治療)を担当します。診療の中心は肺癌・縦隔腫瘍ですが、肺移植は我が国に9施設(東北大学、獨協医科大学、千葉大学、東京大学、京都大学、大阪大学、岡山大学、福岡大学、長崎大学)しかない脳死肺移植実施認定施設の1つです。
呼吸器外科の特徴ある診療・治療
① 肺・気管支外科
 原発性肺癌手術症例数は九州でも上位に位置し、直近の5年は年間120例以上に達しまます。比較的早期の症例には、小さな創で手術を行う完全胸腔鏡下手術(VATS; video-assisted thoracoscopic surgery)での切除を行なっており、症例の50%以上に達します。一方で、進行癌に対しては胸膜・胸壁・周囲血管の合併切除を行って切除する拡大手術にも積極的に取り組んでいます。症例によっては抗癌剤・放射線治療を術前に導入し、完全切除ひいては予後の改善をめざしています。また、中枢型肺癌や肺機能が低下している症例では、肺全摘術を回避し、かつ癌の治療自体の根治性も保つため、気管・気管支形成術(気管支を吻合し、病変より末梢の健常肺を残す術式)を行っています。気管・気管支形成術は当施設で古くから培われており、洗練された技術を誇ります。
 さらに、今後も増加が予想される悪性胸膜中皮腫に対しては、化学療法、手術療法、放射線療法を組み合わせた集学的治療により予後の改善に努めています。悪性胸膜中皮腫の術式には全肺(臓側胸膜を含む)を壁側胸膜ごと切除する胸膜肺全摘術と肺を温存する胸膜切除・剥皮術があります。根治性では胸膜肺全摘術が勝るという意見が多いと考えますが、呼吸器外科手術の中で特に大きな侵襲を伴う術式の一つと言えます。比較的早期症例には術前抗がん剤治療後に肺を温存する術式である胸膜切除・剥皮術も選択肢の一つです。
 そのほか、転移性肺癌、自然気胸、嚢胞性肺疾患(ブラ)、膿胸、肺結核、肺真菌症などを治療しますが、いずれもなるべく小さな創で体に優しい胸腔鏡下手術を目指しています。

② 縦隔外科
 縦隔腫瘍の手術が主になります。最近は良性の縦隔腫瘍のみならず、胸腺腫や重症筋無力症の拡大胸腺切除も、積極的に胸腔鏡下手術(VATS)を行っています。進行症例には術前に化学療法(+放射線療法)を加えてから手術を行う場合もあります。このような症例は胸腔鏡手術でなく胸骨正中切開や開胸手術となります。

③ 局所進行肺癌
 医学の進歩は画像診断に顕著であり、小型の肺癌がより多く見つかるようになったことから、近年、区域切除等の縮小手術の有効性が示されつつある。一方で、今まで切除不能であると考えられてきた進行肺癌にも、医学の進歩の恩恵が与えられるべきである。
 III期肺癌は、一般にSingle stationのリンパ節転移症例では手術適応であるが、Multi stationのものは、腫瘍細胞が血流あるいはリンパ流に乗って全身をめぐっている全身疾患であるとの認識が強いため、化学治療の適応であると考えられている。我々はMulti stationのものに術前導入化学放射線療法を行って、切除の難しい局所進行肺癌を切除可能なものにするという発想から、“IIA-IIIB期非小細胞肺癌患者に対する、シスプラチン・TS-1・放射線治療併用術前療法の第II相試験”の多施設共同研究を立ち上げ、呼吸器内科、放射線科、と共同で化学療法+放射線療法+手術の“trimodality治療”を行っている。この際に術前診断については、リンパ節転移診断は、超音波気管支内視鏡下針生検(EBUS-TBNA)で行い、正確で侵襲の少ない術前病期分類を心掛けている。
 以上の様な取り組みによって、局所進行肺癌についても積極的に拡大手術を行って腫瘍の完全切除に努め、予後の改善を図っている。

④ 胸部外傷
 交通事故や転落など多発外傷では胸部外傷を伴うことが多く、肋骨骨折、血胸、気胸、肺挫傷(肺の打撲)等をきたす。現在は胸腔ドレーン挿入のみで加療が可能な、気胸や軽度の血胸は、救急医によって治療される。しかし、開胸手術が必要な、血胸や開放性損傷の場合は、救急医と連携して積極的な緊急手術を行っている。また、可能であれば胸腔鏡下手術(VATS)での肺や横隔膜の損傷部修復行っている。多発外傷では腹部臓器、つまり腸や肝臓などを同時に損傷している場合もあり、この場合でも、当科は総合外科であるため、腹部・消化器外科の専門家と治療を協同で円滑に行なうことができる。

⑤ 胸壁腫瘍
 胸壁腫瘍は、肺癌・悪性縦隔腫瘍の胸壁浸潤や転移性腫瘍が多く、切除後は何らかの組織や材料で補填することが必要である。呼吸器班は、胸部外科として胸壁腫瘍の手術にも関わる。孤立性線維性腫瘍(SFT)やデスモイドなどの稀な腫瘍に対する手術、肺癌の胸壁浸潤に対して、複数の肋骨にまたがる腫瘍には、肋骨を含む胸壁切除と各種人工材料や筋皮弁(人体の筋肉や皮膚を他の部位に移動させる)技術を応用した切除後の再建を行なっている。また心膜や横隔膜も切除後に欠損が大きい場合は、人工材料でしっかりと再建している。周囲組織に広範に浸潤する腫瘍は、安全な完全切除と、美しい再建を心掛けている。

⑥ 口腔ケアと嚥下、栄養管理
 口腔ケアについては、合同カンファランスによる患者状態の話し合いを中心に、様々な分野の医療従事者と連携して治療、看護を行っている。周術期管理の取り組みでは、手術の前日に、周術期航空管理センター外来で徹底して専門的口腔衛生処置を行い、手術後は翌日に病棟やICU、救急救命センターに往診し、ベッドサイドで口腔ケアを行っている。嚥下機能が低下している患者は術後の合併症が起こりやすいことから、嚥下機能強化のために術前、術後に歯科(摂食・嚥下リハビリテーションセンター)による咀嚼、嚥下機能訓練を行い、誤嚥の防止に努めている。
 また、栄養状態と術後の回復には密接な関係があり、栄養状態が悪いと、術後の回復が遅れ、術後感染症や合併症を引き起こす。そのため、術後、長期の栄養管理が必要となる患者には栄養サポートチーム(Nutrition Support Team;NST)による支援を行っている。この支援には、患者の栄養状態の評価、栄養管理の評価と指導、栄養管理に伴う合併症の予防と早期発見、医療関係者への助言等が含まれる。この様な取り組みは、患者の回復と早期退院に寄与している。

⑦ Photodynamic therapy (PDT)
 光線力学的治療法(Photodynamic Therapy;PDT)とは、癌に集積性を示す光感受性物質とレーザー光照射による光化学反応を利用した局所的治療法である。PDTは従来のレーザーによる光凝固等の物理的破壊作用とは異なり、低い光エネルギーで選択的に癌病巣を治療可能で、正常組織への障害が非常に少ない低侵襲な治療法と考えられる。光感受性物質を静注後,腫瘍内に選択的に集積された薬剤が,レーザー光照射により光線力学的反応を生じ、励起状態に遷移する際のエネルギー転換の結果,活性酸素を生ずる。その結果,直接的に腫瘍、あるいは腫瘍血管を障害して抗腫瘍効果が得られると考えられている。
 中心型早期肺癌は,『肺癌取り扱い規約』では,病巣が気管から亜区域支まで,病巣の末梢辺縁が内視鏡的に可視できること,病巣の長径が2cm以下であること,組織学的に扁平上皮癌であることとされている。このような中心型早期肺癌に対して,PDTは大変良い適応である。
 厚生労働省から認可を受け,保険収載されている光感受性物質として、フォトフリンとレザフィリンの2種類がある。我々の施設では、現在、日光過敏症が軽度で、静脈投与後早期(3~6時間)にレーザー照射を施行可能なレザフィリンを使用して治療を行い、良好な成績を得ている。

⑧ 臨床肺移植
 当科は1966年(昭和41年)に日本で2例目、世界で6例目の肺移植を行なった施設であり、2005年5月に脳死肺移植実施施設に認定されました。2008年に本県初の生体肺移植を実施、2009年に2例目の生体肺移植を行いました。そして2010年11月には本県で初めての脳死肺移植を実施しました。2015年10月までに合計9例目 脳死6例(4例片肺、2例両肺、生体肺葉3例)の肺移植を行っています。現在6名の患者さんが日本臓器移植ネットワークに登録し、肺移植の待機中です。
気道ステント

 腫瘍(肺癌、食道癌、甲状腺癌など)の進行による気道狭窄に対し、窒息の回避やQOLを改善させることで原疾患に対し治療が行える症例に対しては、気管・気管支ステント(金属・シリコン)を留置しています。また悪性腫瘍のみではなく、良性気道狭窄(複雑気管支形成後の狭窄、気管軟化症など)に対してもステント挿入は可能です。

癌により閉塞した気管 シリコンステント留置により気管が開通
癌により閉塞した気管 シリコンステント留置により気管が開通

 近年導入された3Dプリンターを用いて最適なステントを作成し、より安全確実なステントの挿入を行っています。気道ステント挿入はおおむね安全に行える手技ですが、ステント適応自体の問題や、時として人工心肺が必要な場合があること、術後の集中治療管理が必要な場合もあることもあります。全ての診療科が揃い豊富なスタッフと経験を有する当院へぜひご紹介ください。

3Dプリンターで作成した気管支を元にステントを作成
3Dプリンターで作成した気管支を元にステントを作成
術後疼痛対策

 写真は当科で施行している代表的な開胸法です。開胸術後疼痛は未だ多くの患者さんを悩ます合併症の1つで様々な原因が考えられていますが、肋間神経の障害が最も原因に寄与していると考えられます。

術後疼痛対策

 当科では胸腔鏡下手術が開胸手術と比較して、有意に肋間神経損傷を減少させることをNeurometer®により客観的に評価しました。また通常使用するやや太い径の胸腔ドレーンもこの肋間神経損傷の原因となっていることがわかっており、可能であれば細径の胸腔ドレーンを用いるようにしています。
 近年の試みとして術後早期から、神経障害性疼痛に有効なプレガバリンの投与を行う臨床試験を開始しました。また硬膜外麻酔が挿入できない症例に対しては、麻酔科と協力して持続傍脊椎神経ブロックを行うなど、更なる術後疼痛の減少に努めています。
高齢者肺癌

 高齢化社会の進行と周術期管理の向上により、80歳以上の高齢者に対して手術を行うことは決して稀ではなくなりました。ただし若年者と比較すると心肺機能の低下、併存症(肺気腫、高血圧、糖尿病、腎機能低下)などリスクも多くなります。そのため外来からの全身状態の評価、併存症への介入、呼吸リハビリ、口腔ケアなど多方面からなアプローチを行っております。このような経験豊富なチームが揃っておりますので、ご高齢の患者さんに手術適応等があるか判断に悩まれるときには、ご遠慮なくご紹介ください。
呼吸器外科の診療・治療実績
2000年1月から2009年12月年までの10年間に切除した原発性肺癌807例の病理進行度別5年生存率
切除例全体で67.8%, 最終(病理)病期別ではStage IA 85.4%, IB 73.6%, IIA 55.5%, IIB 48.3%, IIIA 34.1%, IIIB 33.3%, IV 25.0%.

原発性肺癌全症例の5年生存率 最終(病理病期別)生存率
原発性肺癌全症例の5年生存率 最終(病理病期別)生存率
このような症状のある場合はご相談ください
レントゲンがなくても結構です。診断、治療方針に悩む症例があってもいつでもお相談ください。
文責:呼吸器外科 山崎直哉