ロボット手術
ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺摘除術
病名・病態
前立腺がんは前立腺内に癌が発生する病気です。早期に発見できれば治癒することが可能で、多くは比較的ゆっくり進行します。加齢に伴って増加しており、罹患数は男性のがんの中で最も多くなっています。前立腺がんの発症には男性ホルモンが大きく関係していることが知られていますが、その他にも加齢、遺伝、欧米化した食生活なども関係していると考えられています。
初期では自覚症状がほとんどないため、発見が遅れることがあります。進行すると骨や他の臓器に転移することがあるため、早期に発見し治療を行うことが重要です。前立腺がんが進行すると、排尿障害、排尿時痛、血尿などの症状を伴うこともあります。
前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSAが高値の場合、精密検査として前立腺生検を行います。そこで前立腺がんが検出されると確定診断に至り、手術や放射線治療などの治療法を検討することになります。
目的・必要性・有効性(過去の実績を含む)
本手術は、限局性前立腺がんに対する治療法のひとつです。期待余命10年以上の低~中間リスク限局性前立腺がんの方に推奨されていますが、高リスクの限局性前立腺がんの方に対しても適応があります。本手術は限局性前立腺がんの根治を目指すことを目的としており、症例毎に神経温存やリンパ節郭清を行うかどうかを検討します。また、手術で摘出した前立腺やリンパ節などの検体は病理検査へ提出し、正確な病理診断を行うことができます。
今回の治療における当院の実績について
当院では、前立腺がんに対して2010年より腹腔鏡下根治的前立腺摘除術を開始しました。2014年6月からはロボット支援根治的前立腺摘除術を開始し、2023年10月の時点で780例以上の手術経験を有しています。
当院の設備・体制について
当院泌尿器科では2014年9月よりロボット支援手術を開始し、2023年10月の時点で1,100例以上のロボット支援手術を行ってきました。現在、日本で使用できる手術支援ロボットの最新機種である“ダヴィンチXi”が導入されております。また、ロボット支援手術に精通したスタッフ(泌尿器科医、麻酔科医、手術室看護師、臨床工学技士等)が揃っています。

術者の専門的資格及びこれまでの経験について
当院泌尿器科には日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会が認定した泌尿器科腹腔鏡技術認定医がおり、執刀医もしくは指導的助手として手術を担当します(2023年10月時点で7名)。
また、ロボット支援手術に熟練し指導的立場にある泌尿器ロボット支援手術プロクターの資格を有する医師も複数所属しております(2023年10月時点で4名)。

前立腺がんに対する前立腺摘除術は国内外を問わず広く行われていますが、開腹手術では手術中の出血量が多くなる可能性が高いこと、手術時間が長いこと、傷の大きさが約10cm前後と大きく術後の痛みが強いこと等の問題点があげられます。そのため回復が遅く、社会復帰に時間がかかる手術であるとされています。この開腹手術の欠点を克服するために考案されたのが腹腔鏡手術です。腹腔鏡手術では出血量が減少し、術後の痛みが軽減し、結果として早期の社会復帰が期待できる非常に利点の多い術式と考えられましたが、技術的に操作性の限界があるというのが欠点でした。2012年4月に前立腺がんに対し日本で初めてロボット支援前立腺摘除術が保険適用され、その有用性が認知されるようになりました。
当院では2014年9月より本手術を開始しており、これまで780例以上の手術実績があります(2023年10月時点)。手技的には、腹腔鏡手術と類似の操作をロボット支援下に行うものですが、従来の腹腔鏡下手術では困難な操作が可能になり、より繊細で、正確な手術を行うことができ、根治性、安全性においてより優れていると考えられています。
従来の手術による開腹手術や腹腔鏡手術に比べて、以下の点で優れていると考えられています。
- 傷が小さく痛みが軽度。
- 術後の回復が早い。
- 出血量が少ない。
- より繊細で、正確な手術を行うことができる。
治療内容・注意事項(予想される経過)
ロボット支援前立腺摘除術の手順
- 全身麻酔下に手術を行います。
- 頭低位で固定します。
- 腹部に穴をあけて腹腔鏡操作のための器具(ポート)を設置します(切開穴は5-12mmで、全部で6ヶ所、真中は臍上)。
- 設置したポートや鉗子に手術ロボット・ダヴィンチXi手術システムを装着します(ドッキングといいます)。
- 前立腺前面を剥離し、膀胱との間を離断します。
- 精嚢および精管の剥離、前立腺と直腸前面との間(尾側、尿道方向へ)を剥離します。
- 尿道を切断し、前立腺を遊離します。
- 膀胱と尿道を吻合します。その際、新しい尿道カテーテルを留置します。
- 病状に応じて骨盤内のリンパ節を摘除します。あなたの病状の場合はリンパ節郭清を施行(します・しません)。
- ドレーン(管)を留置し、前立腺を摘出した後に閉創します。
手術時間は約4-5時間程度、リンパ節郭清も行う場合はさらに約2-3時間程度かかります。
一般的な術後経過
- 前立腺を摘出した周囲に入れておくドレーンが腹部に入っていますが、手術後2-5日で抜去します。(状態に応じて留置期間が長くなることもあります)。
- 尿道カテーテルは手術後4-6日留置し、造影検査で吻合が問題ないことを確認してから尿道カテーテルを抜去します。吻合が不安定な場合は、しばらく尿道カテーテルを留置します。
- 術後翌日よりベッドに座るところからはじめ、できるだけ早く歩行していただきます。
- 術当日は絶飲食ですが、翌日以降、病態に応じて水分、食事を摂ることができます。
- 術後数日は感染がなくても発熱がみられることがあります。
- 手術後約1週間で退院となります。
上記はあくまで順調な経過の場合です。経過には個人差があります。また一定の割合で合併症を併発することが知られており、治療を要する場合があります。万一合併症が発生した場合は、担当医から逐次ご説明し、保険診療で治療を施行いたします。
副作用・合併症・偶発症の危険性と発生率およびその発生時の対応
(以下に示すデータ:2023年11月7日現在)
手術中
発生率 | 対応 | |
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出血 | 数% | 手術は慎重に行いますが、それでもある程度の出血が予想されます。一般的に、開腹手術に比べて腹腔鏡手術やロボット支援手術では出血量は少ないものの、予想以上の出血があった場合には輸血が必要になる場合や、開腹手術に移行する場合があります。 |
周囲臓器損傷 | 約1% | 1-2%程度の頻度で直腸や尿管を損傷することがあります。通常手術中に修復できますが、直腸の損傷ではごくまれに一時的な人工肛門が必要になることがあります。全国的に見ても1%に直腸合併症が認められています。 |
開腹手術への移行 | 約5% | 腹腔鏡手術では操作が難しい場合、出血、他の臓器の損傷、高度の癒着や手術合併症により安全性が確保出来ない場合は、開腹手術へと変更することがあります。 |
ガス塞栓 | 約0.001% | 手術用ガス(二酸化炭素)が血管の中に入って血流の悪化を惹起するもので、まれではありますが突然の血圧低下や不整脈を伴う危険な合併症です。ガス塞栓を疑った場合は即座に手術用ガスを止めた上で純酸素を吸入する必要があります。その後、血圧・酸素化などの全身状態が改善し、手術継続が可能であれば、開腹手術へ移行する場合があります。 |
皮下気腫 | 0.3-3% | 腹腔内に注入する手術用ガス(二酸化炭素)が皮膚の下にたまることがあります。通常は経時的に自然に吸収されますが、頚部まで皮下気腫が広がり気道の圧排による呼吸不全が考えられる場合は、気道確保が必要なため、術後も気管挿管を維持し麻酔からの覚醒が遅れる場合があります。 |
極めてまれですが、手術支援ロボットや他の手術関連の機器不良のために、麻酔をかけた後に手術が開始できないことがあります。また、手術中引き返すことが出来ない時点で機器不良等が発生し、本手術が続行不可能になることも非常に低い確率ですがありえます。その場合、通常の腹腔鏡下手術で続行することを試みますが、それでも不可能な場合は、開腹手術へ移行します。
手術後
発生率 | 対応 | |
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尿失禁 | 10%以下 | 従来の開腹下あるいは腹腔鏡下での手術では、尿道カテーテル抜去直後には90%以上の方が尿漏れ(尿失禁)を経験します。しかし、およそ9割の方は3カ月以内に改善します。ロボット手術では、術後尿失禁発生率の減少と早期改善が期待されています。 |
性機能障害 | 勃起神経温存しない場合はほぼ必発 | 原則として両側の勃起神経は前立腺と一緒に切除しますが、がんの浸潤が限られた方で希望がある場合、勃起神経の温存を目指すことも可能です。ただし、100%回復する保証はできません。 |
膀胱尿道吻合部狭窄 | 数% | 膀胱と尿道の吻合部が狭くなり、排尿困難感が強くなることがあります。排尿困難が高度な場合には内視鏡的に広げることもあります。 |
皮下気腫 | 0.3-3% | 二酸化炭素が皮膚の下にたまって不快な感じのすることがありますが、数日で自然に吸収されます。 |
深部静脈血栓症による肺梗塞 | 約0.03% | 手術中・手術後に足や骨盤の静脈に血栓をきたすことがあります。できてしまった血栓が肺・心臓・脳などに入り梗塞をおこすことがあります。これは非常に生命に危険な合併症です。これを予防するため、術中から術後にかけて下肢に弾力性のある包帯を巻き、足をマッサージする装置を装着するなどの予防処置をします。 |
感染症 | 2-35% | 傷の感染や腹膜炎、骨盤内の感染がおこることがあります。また、尿路の感染症をきたすこともあります。薬が効きにくい細菌に感染すると創の治りが遅れることがあります。感染部位によっては重篤になることもあります。感染をきたした場合、抗菌薬の使用や処置が必要になります。 |
腸管の合併症 | 10-22% | 手術後に腸閉塞という状態がおこる可能性があります。これは、腸管の麻痺がつづく場合は鼻から胃・腸管までチューブを留置する処置が必要になります。腹腔鏡手術、開腹手術でも同様に起こりえますが腹腔鏡を用いると腸管の麻痺の期間などが短縮されると報告されています。腸閉塞や縫合不全が高度になると、開腹手術を行って癒着の解除や修復手術が必要になることがあります。 |
創ヘルニア、傍ストーマヘルニア、鼠径ヘルニア(脱腸) | 約1% | 創の下の筋膜がゆるんで、腸が皮膚のすぐ下に出てくる状態で、再手術が必要になることがあります。 |
これらの合併症は、従来行ってきた腹腔鏡手術と比較し、ロボット支援手術で同等もしくは低頻度であるとされています。
その他
直接手術に関連しない合併症:まれに脳梗塞,肺梗塞,狭心症,心筋梗塞など主として高齢者に多い血管疾患が発症することがあります。いつでも起こりうることが、偶然、入院中、もしくは手術中に発症するものです。手術を直接の原因とするものではありませんが、診断次第、迅速に対処いたします。
本人の立場で医療チームが判断し、患者にとって最善と思われる選択を行います。ここに記載した以外の不利益や、それ以外の予想できないが有害事象・合併症が出てくることがあるかもしれません。何か変わったことや気付いたことなどがありましたら、医師にお知らせください。診察・検査を行い、患者さんにとって適切な治療を行います。また、緊急となる状況が発生した場合は、迅速に必要な処置を行います。