本文へ移動 サイトメニューへ移動

ロボット支援根治的膀胱全摘除術

病名・病態

膀胱がんは膀胱内に発生する悪性腫瘍であり、痛みなどの他の症状を伴わない肉眼的血尿(無症候性肉眼的血尿)が症状として最も多く、頻尿、残尿感などの膀胱刺激症状を認めることもあります。また、膀胱がんは膀胱内、さらには尿管、腎盂まで含めた尿路内腔全体に多発、再発しやすいという特徴があります。喫煙は最も重要なリスク因子であり、喫煙者は非喫煙者に比較して2-5倍、膀胱がんの発症リスクを高めると言われています。罹患数の男女比は4:1であり男性に多く、比較的高年齢層に発症することが多いです。

目的・必要性・有効性(過去の実績を含む)

膀胱がんが膀胱壁に深く浸潤している場合(筋層浸潤性膀胱がん[StageⅡ・Ⅲ])や、壁に深く浸潤していなくても(筋層非浸潤性膀胱がん[StageⅠ]であっても)非常に悪性度が高い場合には、全身麻酔下に膀胱の摘出(膀胱全摘除術)が必要になります。また、膀胱がんの再発を繰り返す場合にも膀胱全摘除術が考慮されます。ただし、遠隔転移を有する場合[StageⅣ]は同手術のみでは根治は望めないので基本的には適応になりません。

筋層浸潤性膀胱がんや悪性度の高い膀胱がんに対する根治的膀胱全摘除術は、現時点ではがんを根治できる可能性が最も高い治療です。ただし、侵襲の高い手術でもあり治療に耐えられる体力が必要となります。

今回の治療における当院の実績について

当院では2014年より腹腔鏡下膀胱全摘除術を開始し、これまで100例以上の手術経験を有しています。ロボット支援膀胱全摘除術も2018年11月より開始しました。

当院の設備・体制について

当院泌尿器科では2014年9月よりロボット支援手術を開始し、これまでに1,000例以上のロボット支援手術を行ってきました。現在、日本で使用できる手術支援ロボットの最新機種である“ダヴィンチXi”が導入されております。また、ロボット支援手術に精通したスタッフ(泌尿器科医、麻酔科医、手術室看護師、臨床工学技士等)が揃っています。

術者の専門的資格及びこれまでの経験について

当院泌尿器科には日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会が認定した泌尿器科腹腔鏡技術認定医がおり、執刀医もしくは指導的助手として手術を担当します(2023年6月時点で6名)。また、ロボット支援手術に熟練し指導的立場にある泌尿器ロボット支援手術プロクターの資格を有する医師も複数所属しております(2023年6月時点で4名)。


根治的膀胱全摘除術では、膀胱を全部取ってしまう(膀胱摘除)(図1)とともに微小な転移の可能性のあるリンパ節を同時に切除します(リンパ節郭清)(図2)。さらに、膀胱を取り去ってしまうと、新たに尿を体外に導くための通路を再建しなければなりません。この「尿路を再建する手術」は「尿路変向術」(図3)と呼ばれ、根治的膀胱全摘除術を施行した場合、一部の患者を除いては引き続き必ず施行しなければならない手術です。このように、根治的膀胱全摘除術は、膀胱摘除+リンパ節郭清+尿路変向という3つの手術操作で成り立ちます。

これまで最も多く行われてきた術式は開腹手術です。開腹手術とは、皮膚を大きく切開して行う手術のことです。膀胱がんに対する開腹手術は国内外を問わず広く行われていますが、手術中の出血量が多く輸血を要する可能性が高いこと、手術時間が長いこと、傷の大きさが約20cmと大きく術後の痛みが強いこと等の問題点があげられます。また、術後の痛みが比較的強いため回復に時間を要し、社会復帰までに時間がかかる傾向にあります。この開腹手術の欠点を克服するために考案されたのが腹腔鏡手術です。腹腔鏡手術では出血量が減少し、術後の痛みが軽減し、結果として早期の社会復帰が期待できる非常に利点の多い術式ですが、技術的に難しいということが欠点でした。ところが、2012年4月に前立腺がんのロボット支援手術に保険が適用されるようになって以来、前立腺がんのロボット支援手術に習熟した術者が数多く育ち、2018年4月より膀胱がんに対してもロボット支援手術を腹腔鏡下膀胱全摘除術に行うことが保険適用となりました。手技的には、腹腔鏡手術と類似の操作をロボット支援下に行うものですが、従来の腹腔鏡下手術では困難な鉗子操作が可能になり、より繊細で、正確な手術を行うことができ、根治性、機能温存においてより優れていると考えられています。

従来の手術による開腹手術や腹腔鏡手術に比べて、以下の点で優れていると考えられています。

  • 傷が小さく痛みが軽度。
  • 術後の回復が早い。
  • 出血量が少ない。
  • より繊細で、正確な手術を行うことができる。

治療内容・注意事項について(予想される経過)

具体的な手術の方法

1. 膀胱全摘除術

膀胱全摘除術の切除範囲を図1に示します。男性では、膀胱とともに精嚢、前立腺を摘出します。女性では通常、子宮、卵巣および腟の一部を膀胱とともに摘出します。尿道やその近くまでがんが及んでいる場合は尿道も摘出します。男性では尿道の摘出の際に、陰嚢と肛門の間に4cm程度の創が入りますが、陰茎の形は保たれます。ただし、尿路変向術を自然排尿型代用膀胱(後述)とする場合には尿道の摘出は行いません。

図1. 摘除範囲

2. リンパ節郭清

膀胱全摘除術の際には、通常骨盤内のリンパ節を取り除きます(リンパ節郭清)(図2)。状況によって郭清する範囲は調整し、郭清を行わない場合もあります。

図2. リンパ節郭清の範囲

3. 尿路変向

膀胱摘除後は、尿を体外へ出すために尿路変向術が必要になります(図3)。尿路変向としては、主として(1)尿管皮膚ろう、(2)回腸導管、(3)自然排尿型代用膀胱の3種類があります。以下に、各尿路変向の概要を説明します。

(1)尿管皮膚ろう

尿管の断端をそのまま皮膚に開口させる方法で、ストーマ(尿の排泄口)ができるためパウチと呼ばれる尿を溜める装具を皮膚に貼り付ける必要があります。高齢者や合併症のため複雑な尿路変向ができない場合に選択肢となります。

(2)回腸導管

小腸(回腸)の一部を、導管として使う方法です。腸の蠕動運動を利用して尿を体外へ出します。尿はストーマから流れているため、パウチという尿を溜める装具を皮膚に貼りつけておく必要があります。古くからある方法(1950年頃に始めて報告された術式)ですが、手術手技が比較的簡単であることや合併症が少ないことから、現在も利用されることが最も多く一般的な方法です。

(3)自然排尿型代用膀胱

小腸で作成した新膀胱を尿道に吻合してつくります。この方法では、尿道より排尿することが特徴です。術後はストーマがなく尿を溜める装具をつける必要がないため、ボディイメージが保たれます。しかし、本来の尿意は失われるため、時間を決めて排尿する必要があります。また、術後自力での排尿が困難な場合もあり、その場合は自己導尿とよばれる手技が必要となります。

図3. 尿路変向術の種類

当科では、すべての手術の経験があり、患者さんの病状や全身状態、患者さんの希望を伺って納得した治療を受けていただけるよう努力しています。(尿路変向術の詳しい解説は別紙を参考にしていただくとともに、主治医や看護師にご相談ください。)

ロボット支援根治的膀胱全摘除術の手順

  1. 全身麻酔下に手術を行います。
  2. 仰臥位(天井に顔をむける体位)から25°頭を低くします。
  3. お腹に1~2cmの穴を6個あけて手術を始めます。
  4. 骨盤内のリンパ節を摘除します。
  5. 男性では精嚢、前立腺も含めて摘除します。女性では子宮、卵巣の合併切除を行う場合があります。尿路変向術の種類によっては尿道を摘除します。
  6. 膀胱を摘除した後、臍付近に約5-6cm程度切開し尿路変向術を行います。
  7. 女性の場合は膣より膀胱を取り出し、臍付近の切開を行わない場合があります。
  8. 手術した場所にたまった液体の排除や術後の観察のためにドレーンという管を留置します。

手術時間はおよそ6-9時間を予定しています。
術中の血圧・酸素化などの全身状態により必要に応じて血液検査等の検査を実施することがあります。

一般的な術後経過

  • 手術した場所に入れておく管(ドレーン)と尿管に入れた管(尿管カテーテル)がおなかに入っています。
  • 尿管皮膚ろうと、回腸導管の場合には、腹部にパウチ(集尿袋)が貼付されます。自然排尿型代用膀胱の場合は尿の管(尿道カテーテル)が入っています。
  • 術後数日でベッドに座るところからはじめ、歩行していただきます。
  • 腸の動きがよければ、数日で水分を、4-5日で食事を摂ることができます。
  • 術後数日は感染がなくても発熱がみられることがあります。
  • ドレーンは手術後4-5日で抜去します。(状態に応じて長くなることもあります。)
  • 手術後7日目に(必要があれば)抜糸します。
  • 手術2週間後に尿管カテーテルを抜去します。自然排尿型代用膀胱の場合は2-3週間で尿道カテーテルを抜去します。
  • 尿管皮膚ろうと、回腸導管の場合にはストーマの管理ができれば、自然排尿型代用膀胱の場合は排尿に問題がなければ退院できます。
  • 退院後は外来でストーマや排尿の状態、再発の有無を観察します。

上記はあくまで順調な経過の場合です。経過には個人差があります。また一定の割合で合併症を併発することが知られており、治療を要する場合があります。万一合併症が発生した場合は、担当医から逐次ご説明し、保険診療で治療を施行いたします。

副作用・合併症・偶発症の危険性と発生率およびその発生率の対応

(以下に示すデータ:2023年11月7日現在)

手術中

発生率 対応
出血 数% 手術は、血管を処理しながら慎重に行いますが、それでもある程度の出血が予想されます。一般的に、開腹手術に比べて腹腔鏡手術やロボット支援手術では出血量は少なく、術前に貧血がなければ輸血を要する症例は0.4%程度と報告されています。ただし、予想以上の出血があった場合には輸血が必要になる場合や、開腹手術に移行する場合があります。術前に化学療法を施行した場合は貧血が亢進している場合があり、輸血が必要となる確率が高くなります。
周囲臓器損傷 約1% 膀胱と前立腺は直腸と隣あわせのため、「腫瘍病巣」の拡がり具合や癒着、さらには手術の操作などにより、やむを得ず直腸に損傷をきたすことがあります。万が一損傷した場合には、小さい損傷ではそのまま縫合して様子をみますが、損傷部位が大きい場合には一時的に人工肛門をつくらなければならない場合もあります。腹腔鏡を用いても開腹手術でも周囲の臓器損傷の危険性は同様にありますが、臓器損傷が起こった場合には腹腔鏡手術から大きな切開をおく開腹手術に移行する場合があります。
ガス塞栓 約0.001% 手術用ガス(二酸化炭素)が血管の中に入って血流の悪化を惹起するもので、まれではありますが突然の血圧低下や不整脈を伴う危険な合併症です。ガス塞栓を疑った場合は即座に手術用ガスを止めた上で純酸素を吸入する必要があります。その後、血圧・酸素化などの全身状態が改善し、手術継続が可能であれば、開腹手術へ移行する場合があります。
皮下気腫 0.3-3% 腹腔内に注入する手術用ガスが皮膚の下にたまることがあります。通常は経時的に自然に吸収されますが、頚部まで皮下気腫が広がり気道の圧排による呼吸不全が考えられる場合は、気道確保が必要なため、術後も気管挿管を維持し麻酔からの覚醒が遅れる場合があります。

極めてまれですが、手術支援ロボットや他の手術関連の機器不良のために、麻酔をかけた後に手術が開始できないことがあります。また、手術中引き返すことが出来ない時点で機器不良等が発生し、本手術が続行不可能になることも非常に低い確率ですがありえます。その場合、通常の腹腔鏡下手術で続行することを試みますが、それでも不可能な場合は、開腹手術へ移行します。

手術後

発生率 対応
皮下気腫 0.3-3% 手術用ガスが皮膚の下にたまって不快な感じがすることがありますが、数日で自然に吸収されます。
深部静脈血栓症による肺梗塞 約0.03% 手術中・手術後に足や骨盤の静脈に血栓をきたすことがあります。できてしまった血栓が肺・心臓・脳などに入り梗塞をおこすことがあります。これは非常に生命に危険な合併症であり、経皮的心補助装置、いわゆる人工心肺を導入しなければならない状況に陥る場合があります。これを予防するため、術中から術後にかけて下肢に弾力性のある包帯を巻き、足をマッサージする装置を装着するなどの予防処置をします。また、術後はできるだけ早く、座る、立つ、歩くなど動くことが予防の基本になります。万が一、深部静脈血栓ができてしまった場合は抗凝固薬を開始することになります。
感染症 2-35% 尿路変向術にて腸管を利用した場合、その内容液中の細菌によって傷の感染や腹膜炎、骨盤内の感染がおこることがあります。また、尿の通過障害や尿管の蠕動不良による腎盂腎炎などの尿路感染症や、皮膚の縫合部の感染をきたすこともあります。
感染をきたした場合、抗菌薬の使用や処置が必要になります。抗菌薬が効きにくい細菌に感染すると治りが遅れることがあります。感染部位によっては重篤になることもあります。
腸管の合併症 10-22% 手術後に腸閉塞という状態がおこる可能性があります。多くの場合が術後の一過性の腸管麻痺によるもので、発症頻度は同手術の術後合併症としては高頻度ではありますが、開腹手術と比較するとロボット支援手術では腸管の麻痺の期間などが短縮されると報告されています。対応としては絶飲食の上、腸管の蠕動を促す薬剤を使用します。さらには、鼻から胃・腸管までチューブを留置する処置が必要になる場合もあります。また、腸管の縫合不全も起こりうる合併症になります。腸閉塞や縫合不全が高度になると、開腹手術を行って癒着の解除や修復手術が必要になる場合があります。
【自然排尿型代用膀胱の場合】
尿道と膀胱の吻合部の狭窄
約15% 膀胱と尿道の吻合部が狭くなり排尿困難感が強くなることがあります。排尿困難が高度な場合には内視鏡的に拡張することがあります。
【自然排尿型代用膀胱の場合】
尿失禁
90%以上 手術操作により、括約筋(おしっこを止めておく筋肉)の働きが低下するため、90%以上の方が尿もれ(尿失禁)を経験します。期間は人によって異なりますが、通常の生活に戻ることが回復を早めます。1年後までに約90%の方が日常生活に支障がない程度まで回復します。
勃起障害 ほぼ必発 通常、膀胱を摘出すると勃起神経も摘出してしまうため、手術後は勃起できなくなりますが、腫瘍の進行度やご本人の希望により勃起神経を温存する手術も可能です。
ただし、100%回復する保証はできません。腹腔鏡手術、開腹手術のいずれでも同様です。
創ヘルニア、傍ストーマヘルニア、鼠径ヘルニア(脱腸) 約1% 創の下の筋膜がゆるんで、腸が皮膚のすぐ下に出てくる状態で、再手術が必要になることがあります。

これらの合併症は、従来行ってきた腹腔鏡手術と比較し、ロボット支援手術で同等もしくは低頻度であるとされています。

その他

万全の注意を払って手術を行いますが、実際の手術では上記以外にも予想し得ない合併症が起こることがあります。万一合併症が起こった場合には、速やかに適切な対応をいたします。
直接手術に関連しない合併症:まれに脳梗塞,肺梗塞,狭心症,心筋梗塞など主として高齢者に多い血管疾患が発症することがあります。いつでも起こりうることが、偶然、入院中、もしくは手術中に発症するものです。手術を直接の原因とするものではありませんが,診断次第、迅速に対処いたします。

本人の立場で医療チームが判断し、患者にとって最善と思われる選択を行います。ここに記載した以外の不利益や、それ以外の予想できないが有害事象・合併症が出てくることがあるかもしれません。何か変わったことや気付いたことなどがありましたら、医師にお知らせください。診察・検査を行い、患者さんにとって適切な治療を行います。また、緊急となる状況が発生した場合は、迅速に必要な処置を行います。