ロボット支援腎尿管全摘除術
病名・病態
腎盂がん・尿管がんのほとんどは膀胱がんと同様に尿路上皮に発生する悪性腫瘍ですが、膀胱がんに比してまれであり、発生頻度は全尿路上皮がんの5-10%程度です。症状は肉眼的血尿を認めることが多く、腫瘍による尿路の閉塞を認めた場合は腰背部痛や腎盂腎炎に伴う発熱を契機に診断されることもあります。また、腎盂がん・尿管がんは、腎盂尿管内はもちろん、膀胱内も含めた尿路内腔全体に多発、再発しやすいという特徴があります。喫煙は最も重要なリスク因子であり、喫煙者は非喫煙者に比較して3倍発症リスクを高めると言われています。罹患数は男性が女性より約3倍多く、50-70歳代に発症することが多いです。
目的・必要性・有効性(過去の実績を含む)
腎盂がん・尿管がんが限局したものであり、周囲臓器へ浸潤及びリンパ節や遠隔部位への転移がない場合に、全身麻酔下の腎盂・尿管の摘出(腎尿管全摘除術)が標準治療になります。ただし、単発でサイズが小さく、悪性度の低いような場合は、尿管鏡下のレーザー切除術などの腎温存手術も考慮されることがあります。また、深く浸潤している場合には同手術に先行して化学療法を行う場合があります。
同手術は侵襲の高い手術であり治療に耐えうる体力を要するため、年齢や全身状態、併存疾患などを考慮したうえで選択する必要があります。
今回の治療における当院の実績について
当院では2023年12月の時点で200例以上の腹腔鏡下腎尿管全摘除術を行ってきました。2022年4月より本術式(ロボット支援腎尿管全摘除術)が保険適用となり、2023年7月より当院でも実施可能となりました。腎盂がん・尿管がん診療ガイドライン(2023年版)では、腎尿管全摘除術後の5年生存率は43-75%と報告されています。当院で過去10年間に実施した腎尿管全摘除術後の5年生存率も70%でした(2023年6月1日現在)。
当院の設備・体制について
当院泌尿器科では2014年9月よりロボット支援手術を開始し、2023年時点で1,100例以上のロボット支援手術を行ってきました。現在、日本で使用できる手術支援ロボットの最新機種である“ダヴィンチXi”が導入されております。また、ロボット支援手術に精通したスタッフ(泌尿器科医、麻酔科医、手術室看護師、臨床工学技士等)が揃っています。

術者の専門的資格及びこれまでの経験について
当院泌尿器科には日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会が認定した泌尿器科腹腔鏡技術認定医がおり、執刀医もしくは指導的助手として手術を担当します(2024年1月時点で7名)。また、ロボット支援手術に熟練し指導的立場にある泌尿器ロボット支援手術プロクターの資格を有する医師も複数所属しております(2024年1月時点で4名)。

腎尿管全摘除術は、腎臓と尿管(膀胱の一部を含む)を摘出する手術です。腎臓の遊離および下部尿管処理(膀胱壁の部分切除及び縫合・閉鎖を含む)の2つのパートにわけて手術を行います。腎臓は腎動脈、腎静脈を切断し、腎臓の周囲脂肪を付けた状態で腎臓を遊離します。臓器摘出の際は、創の一部を5-7cm に広げてその創部から、腎臓と尿管を袋に入れた状態で取り出します。また、一部の症例では、診断及び微小転移の切除目的に所属リンパ節の郭清を追加で行う場合もあります。
これまで最も多く行われてきた術式は開腹手術です。開腹手術とは、皮膚を大きく切開して行う手術のことです。腎盂がん・尿管がんに対する開腹手術は国内外を問わず広く行われていますが、術中の出血量が多く輸血を要する可能性が高いこと、創部のサイズが大きく術後の痛みが強いこと等の問題点があげられます。また、術後の痛みが比較的強いため回復に時間を要し、社会復帰までに時間がかかる傾向にあります。この開腹手術の欠点を克服するために考案されたのが腹腔鏡手術です。腹腔鏡手術は出血量の減少、術後疼痛の軽減により、早期の社会復帰が期待できる非常に利点の多い術式ですが、技術的に難しいということが欠点でした。2012年4月に前立腺がんのロボット支援手術が保険適用されるようになって以来、ロボット支援手術に習熟した術者が数多く育ち、2022年4月より腎盂がん・尿管がんに対してもロボット支援手術を腹腔鏡下腎尿管全摘除術に応用することが保険適用となりました。手技的には、腹腔鏡手術と類似の操作をロボット支援下に行うものですが、従来の腹腔鏡下手術では困難な鉗子操作が可能になり、より繊細で、正確な手術を行うことができ、根治性、機能温存においてより優れていると考えられています。
従来の手術による開腹手術や腹腔鏡手術に比べて、以下の点で優れていると考えられています。
- 傷が小さく痛みが軽度。
- 術後の回復が早い。
- 出血量が少ない。
- より繊細で、正確な手術を行うことができる。
治療内容・注意事項について(予想される経過)
具体的な手術の方法
1. 腎臓の遊離
腎尿管全摘除術の切除範囲を図1に示します。体位は病変が左であれば右下側臥位、病変が右であれば左下側臥位です。腹部に4-7箇所のポート(器械を入れる穴)を設置し、炭酸ガスを用いて気腹し、内視鏡器具を用いて経腹膜的もしくは経後腹膜的に腎を遊離します。具体的には、経腹膜的なアプローチの場合、まずは腎を周囲の臓器から剥離しますが、左右で腎に隣接する臓器が異なります。病変が左の場合、脾臓・下行結腸・膵臓を、右の場合、肝臓・胆のう・上行結腸・十二指腸を剥離・脱転し後腹膜腔を展開します。後腹膜的なアプローチの場合は、外側円錐筋膜を切開し腎後面を受動します。その後、いずれのアプローチの場合であっても、腎動静脈を確実に露出させクリップや自動縫合器で処理し腎を周囲と剥離し遊離します。
2. 下部尿管処理(膀胱壁の部分切除及び縫合・閉鎖を含む)
尿管を膀胱粘膜が露出するまで膀胱側へ剥離します。尿管口が確認できたら尿管口周囲の粘膜を切開します。尿管を膀胱から切離し、腎・尿管をまとめて袋に入れ、膀胱を縫合・閉鎖します。最後に止血を確認し摘出部位にドレーンを留置します。

図1. 摘除範囲
(引用)国立がんセンター 東病院
3. リンパ節郭清
腎尿管全摘除術の際には、腎盂がん・中~上部尿管がんの場合、主に腎門~傍大動脈、下大静脈のリンパ節を取り除きます。また、下部尿管がんの場合、主に骨盤内のリンパ節を取り除きます(図2)。状況によって郭清する範囲は調整し、郭清を行わない場合もあります。

図2. リンパ節郭清の範囲
(引用)泌尿器ケア2012.(17)8
ロボット支援腎尿管全摘除術の手順
- 全身麻酔下に手術を行います。
- 病変が左の場合、右下側臥位、病変が右の場合、左下側臥位になります。
- お腹に0.5-2cmの穴を4-6個あけて手術を始めます。
- 経腹膜的アプローチの場合、腎の周囲臓器を脱転・剥離します。後腹膜アプローチの場合、外側円錐筋膜を切開し腎後面を受動します。
- 腎動静脈をクリップや自動縫合器で処理し腎を周囲と剥離し遊離します。
- 尿管を膀胱側へ剥離をすすめ、尿管を膀胱から切離します。
- 膀胱粘膜と筋層を2層縫合します。
- 腎・尿管をまとめて回収袋にて体外へ取り出します。
- 一部のハイリスク症例(サイズが大きい、多発、生検にて悪性度が高い、画像にて浸潤がある場合など)ではリンパ節郭清を行います。(順序は前後する場合があります。)
- 手術した場所にたまった液体の排除や術後の観察のためにドレーンという管を留置します。
手術時間はおよそ5-7時間を予定しています。
術中の血圧・酸素化などの全身状態により必要に応じて血液検査等を実施することがあります。
一般的な術後経過
- 手術した場所に入れておく管(ドレーン)と尿道に管(尿道カテーテル)が入っています。
- 手術翌日よりベッドに座るところからはじめ、歩行していただきます。
- 手術翌日より水分を、手術翌々日より食事を摂ることができます。
- 術後数日は感染がなくても発熱がみられることがあります。
- ドレーンは手術3-5日後に抜去します。(状態に応じて長くなることもあります。)
- 手術5-7日後に膀胱造影を行います。膀胱を縫合した部位が完全に閉鎖しているかを確認するために行います。閉鎖していれば尿道カテーテルを抜去し、閉鎖していなければ尿道カテーテルを留置したまま経過をみます。再度数日後に膀胱造影を行い尿道カテーテルが抜去できるかどうかを判断します。(尿道カテーテル留置の状態で退院し、外来にて膀胱造影を行う場合もあります。)
- 術後の経過が良好であれば術後7-10日程度で退院可能となります。
- 退院後は、外来で定期的に再発の有無を確認します。
上記はあくまで順調な経過の場合です。経過には個人差があります。また一定の割合で合併症を併発することが知られており、治療を要する場合があります。万一合併症が発生した場合は、担当医から逐次ご説明し、保険診療で治療を施行いたします。
副作用・合併症・偶発症の危険性と発生率およびその発生率の対応
(以下に示すデータ:2023年12月28日現在)
手術中
発生率 | 対応 | |
---|---|---|
出血(輸血を要する出血の発生率) | 数% | 手術は、血管を処理しながら慎重に行いますが、それでもある程度の出血が予想されます。一般的に、開腹手術に比べて腹腔鏡手術やロボット支援手術では出血量は少なく、術前に貧血がない場合に輸血を要する症例は0.4%程度と報告されています。ただし、予想以上の出血があった場合には輸血が必要になる場合や、開腹手術に移行する場合があります。術前に化学療法を施行した場合は貧血が亢進している場合があり、輸血が必要となる確率が高くなります。 |
周囲臓器損傷 | 数% | 右腎は肝臓・胆のう・上行結腸・十二指腸・下大静脈、左腎は脾臓・下行結腸・膵臓・腹部大動脈と隣接しています。また、両腎とも副腎や腎動静脈と隣あわせのため、「腫瘍病巣」の拡がり具合や癒着、さらには手術の操作などにより損傷をきたすことがあります。万が一損傷した場合には、外科や心臓血管外科と連携し対応いたします。腹腔鏡を用いても開腹手術でも周囲の臓器損傷の危険性は同様にありますが、臓器損傷が起こった場合には腹腔鏡手術から大きな切開をおく開腹手術に移行する場合があります。 |
反対側の尿管口の損傷 | 数% | 膀胱壁を摘出したり修復する際に、摘出する側と反対の尿管口を損傷したり縫合閉鎖してしまう可能性も否定できません。十分に確認をするように心がけています。万が一損傷した場合には、術中または術後に、可能であれば尿管ステントの留置もしくは経皮的腎瘻造設術を行うことがあります。その後、尿管と膀胱を吻合するための再手術を行う場合があります。 |
ガス塞栓 | 約0.001% | 手術用ガス(二酸化炭素)が血管の中に入って血流の悪化を引き起こすもので、まれではありますが突然の血圧低下や不整脈を伴う危険な合併症です。ガス塞栓を疑った場合は即座に手術用ガスを止めた上で純酸素を吸入する必要があります。その後、血圧・酸素化などの全身状態が改善し、手術継続が可能であれば、開腹手術へ移行する場合があります。 |
皮下気腫 | 0.3-3% | 腹腔内に注入する手術用ガスが皮膚の下にたまることがあります。通常は経時的に自然に吸収されますが、頚部まで皮下気腫が広がり気道の圧排による呼吸不全が考えられる場合は、気道確保が必要なため、術後も気管挿管を維持し麻酔からの覚醒が遅れる場合があります。 |
極めてまれですが、手術支援ロボットや他の手術関連の機器不良のために、麻酔をかけた後に手術が開始できないことがあります。また、手術中引き返すことが出来ない時点で機器不良等が発生し、本手術が続行不可能になることも非常に低い確率ですがありえます。その場合、通常の腹腔鏡下手術で続行することを試みますが、それでも不可能な場合は、開腹手術へ移行します。
手術後
発生率 | 対応 | |
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皮下気腫 | 0.3-3% | 手術用ガスが皮膚の下にたまって不快に感じることがありますが、数日で自然に吸収されます。 |
深部静脈血栓症による肺梗塞 | 約0.03% | 術中・術後に足や骨盤の静脈に血栓をきたすことがあります。できてしまった血栓が肺・心臓・脳などに入り梗塞をおこすことがあります。これは非常に生命に危険な合併症であり、経皮的心補助装置、いわゆる人工心肺を導入しなければならない状況に陥る場合があります。これを予防するため、術中から術後にかけて下肢に弾力性のある包帯を巻き、足をマッサージする装置を装着するなどの予防処置をします。また、術後はできるだけ早く、座る、立つ、歩くなど動くことが予防の基本になります。万が一、深部静脈血栓ができてしまった場合は抗凝固薬を開始することになります。 |
感染症 | 数% | 感染防止のための数々の措置をとっていますが、創部の感染や腹膜炎、骨盤内の感染を起こす場合があります。感染をきたした場合、抗菌薬の使用や処置が必要になります。抗菌薬が効きにくい細菌に感染すると治りが遅れることがあります。感染部位によっては重篤になることもあります。 |
腸管の合併症 | 数% | 術後に腸閉塞という状態がおこる可能性があります。多くの場合が術後の一過性の腸管麻痺によるものです。開腹手術と比較するとロボット支援手術では腸管の麻痺の期間などが短縮されると報告されています。対応としては絶飲食の上、腸管の蠕動を促す薬剤を使用します。さらには、鼻から胃・腸管までチューブを留置する処置が必要になる場合もあります。外科的処置が必要になる場合もありますが非常にまれです。 |
創ヘルニア、傍ストーマヘルニア(脱腸) | 約1% | 創の下の筋膜がゆるんで、腸が皮膚のすぐ下に出てくる状態で、再手術が必要になることがあります。 |
これらの合併症は、従来行ってきた腹腔鏡手術と比較し、ロボット支援手術で同等もしくは低頻度であるとされています。
その他
万全の注意を払って手術を行いますが、実際の手術では上記以外にも予想し得ない合併症が起こることがあります。万一合併症が起こった場合には、速やかに適切な対応をいたします。
直接手術に関連しない合併症:まれに脳梗塞、肺梗塞、狭心症、心筋梗塞など主として高齢者に多い血管疾患が発症することがあります。いつでも起こりうることが、偶然、入院中、もしくは手術中に発症するものです。手術を直接の原因とするものではありませんが、診断次第、迅速に対処いたします。
本人の立場で医療チームが判断し、患者さんにとって最善と思われる選択を行います。ここに記載した以外の不利益や、それ以外の予想できないが有害事象・合併症が出てくることがあるかもしれません。何か変わったことや気付いたことなどがありましたら、医師にお知らせください。診察・検査を行い、患者さんにとって最善と思われる適切な治療を行います。また、緊急となる状況が発生した場合は、対処する緊急処置を行います。